表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/23

第18話:新しい朝の光

翌朝。


さくらは鳥のさえずりと、階下から漂う、お味噌汁のいい匂いで目を覚ました 。

怒鳴り声も、緊張した空気もない、穏やかな朝。


何年ぶりだろう、こんなふうに目が覚めるのは。


恐る恐る体を起こすと、

枕元には真新しい子供用の歯ブラシと、タオルが置いてあった。


部屋の窓辺では、

朝日を浴びてキラキラと輝く大きなガラスの金魚鉢の中で、

ポテトが、気持ちよさそうに浮かんでいた。


さくらが昨日まで持ち歩いていたビニール袋とは

比べ物にならない、広くて立派なお城だ 。


「おはよう、さくらちゃん!新しい僕たちのお城からの眺めは最高だよ!」


ポテトの元気な声に、さくらは、「うん、おはよう」と小さく笑った。

昨日までの冒険が、まるで遠い昔のことのように感じられる。


階下に降りると、エプロン姿のおばあちゃんが


「あら、起きたのかい。よく眠れたかい?」


と、優しい笑顔で迎えてくれた。


昨日の涙には一切触れず、ただ温かい朝食を、

食卓に並べてくれる。


湯気の立つご飯、豆腐とわかめのお味噌汁、

ふっくらと焼かれた玉子焼き。


さくらの目の前に置かれたお茶碗は、

可愛らしいピンク色のうさぎの柄だった。


「さあ、たくさんお食べ。大きくなるんだよ」


さくらは恐る恐る、箸を手にした。


昨日まで、食べ物には毒が入っているような気がして喉を通らなかったのに 、

おばあちゃんの作ってくれたご飯は、とても美味しそうに見えた。


一口食べると、じんわりと優しい味が口の中に広がる。

凍っていた心が少しずつ、溶けていくのが分かった。


「…おいしい」

ぽつりと呟く。


おばあちゃんは、「そうかい、よかった」と、

自分のことのように嬉しそうに目を細めた。


朝食の後、

おばあちゃんは「少し、外の空気を吸おうかね」と、さくらを裏庭に誘った。


そこは、さくらが今まで見たこともないような、緑いっぱいの世界だった。


真っ赤に実ったトマト、大きく育ったきゅうり、

色とりどりの花々が咲き乱れている。


「すごい…!」


「みんな、さくらちゃんが来るのを待ってたんだよ。

 この子たちに、お水をあげてくれるかい?」


おばあちゃんから、小さなじょうろを手渡される。


さくらは、ポテトの入った

新しいお城(持ち運び用の小さな水槽)を畔道に置くと

一つ一つの野菜や花に、水をやり始めた 。


「見て、さくらちゃん!本物のジャングルみたいだ!僕たち、探検家だね!」

ポテトが興奮気味に言うと、さくらは「あははっ」と、大きな声を上げて笑った。


そんなさくらの笑い声を聞いたのは、ポテトもはじめてだった。


「よかったね。さくらちゃん」


土の匂い、草の感触、温かい太陽の光。


そのすべてが、さくらの心を癒していく。


お母さんのヒステリックな声も、

【悪い声】の囁きも、この優しい世界では聞こえてこない 。



午後は、家の縁側で過ごすことが多くなった。

おばあちゃんが淹れてくれた麦茶を飲みながら、

二人で並んで、庭を眺める。


時々、おばあちゃんが昔の話をしてくれた。


「あの隅っこにある柿の木はね、さくらのお母さんが生まれた年に植えたんだよ」

「ママが…?」

「そうだよ。あの子も小さい頃は、この庭で泥んこになって遊んでたんだ」


おばあちゃんは、決してアヤを悪く言わなかった。

ただ、遠い目をして、懐かしむように語るだけだった。


その穏やかな口調が、さくらの心から

母親への恐怖を少しずつ、取り除いていった。


ある日、さくらは押し入れの奥から古いアルバムを見つけた。


中には、自分と同じくらいの歳の、

笑顔の母の写真がたくさんあった。


「ママだ…。笑ってる…」


隣で見ていた、ポテトが囁く。


「さくらちゃんにそっくりだね。きっと、この頃はまだ、

 悲しい魔法にかかってなかったんだよ」


さくらは、写真の中の母の笑顔を、指でそっと撫でた。



夜になると、おばあちゃんはさくらをお風呂に入れてくれた。

庭で採れたハーブを入れたお風呂は、とてもいい香りがする。


そしてベッドに入ると、必ず絵本を読んでくれた。

優しい声で語られる物語は、さくらを穏やかな眠りの世界へと誘う。


「おばあちゃん、もう一回読んで」

「はいはい。じゃあ、これが最後の一回だよ」


おばあちゃんは嫌な顔一つせず、何度も、

同じ物語を読んでくれた。


さくらは、その声を聞いているうちに、

いつの間にか、すうっと眠りに落ちるのだった。


ある夜、さくらはふと目を覚ました。

隣で眠っているはずのおばあちゃんが、

静かに、さくらの頭を撫でていた。


「大丈夫だよ、さくら。もう、怖いことは何もないからね。

 おばあちゃんが、ずっと、そばにいるから」


その声は、深く、温かい、無条件の愛に満ちていた 。


さくらは、ようやく安心して眠れる場所にいることを実感し、

再び、安心して夢の世界へと沈んでいった。


ポテトもまた、月明かりに照らされた水槽の中から、

その光景を静かに見守っていた。


騎士と姫がたどり着いたゴールは、

傷ついた心を癒し、失われた時間を取り戻すための、

魔法に満ちたお城。


さくらとポテトの、本当の冒険は、

まだ始まったばかりなのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ