第四章 第二十二話 「神獣の繭」
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「どう、見直したかしら?」
そう言った表情はまるで先程のが幻化のような颯天達が知る顔で笑うクラウディア。そしてその様子に苦笑を浮かべながら女性は颯天達へと近づいく。
「それじゃあせっかく格好を受けても閉まらいないだろう、クラウ?」
「そんなことはないわよ。颯天だって驚いてくれたわよね~?」
「まあ‥‥な」
本当に、先程までの表情と雰囲気が嘘のように霧散したクラウディアに颯天は困ったとばかりに笑った。そんな状況に救いの手を差し伸べたのもまた先程の女性だった。
「客人を、いや共に戦う仲間を困らせるんじゃないぞ、クラウ。それより報告では聞いてはいるが、面と向かっては初めてだからな。紹介をしてもらえないか?」
「ああ、そうだったわね。颯天、彼女はアイリスティン。アイリスティン・オルカムーンよ。我が国の宰相の娘でこの黒殻城砦の軍師にして私の半身で右腕よ」
自分ではないのに、まるで自分の事のようにクラウディアは胸を張る。そんなクラウディアの様子に困りながらもどこかまんざらでもない様子のアイリスティンは改めて自ら名乗る。
「んんっ! アイリスティン・オルカムーンだ。私の事はアイスと呼んでくれ」
照れていたことをごまかすように咳ばらいをし、しかし隠しきれていない自己紹介をした長髪の女性、アイス。切れ長で少し吊り上がり気味の眼に軍師に相応しい沈着にして聡明さと冷酷さを内包する金色の瞳。そして腰まで伸びる髪は光を受けてまるで月長石のような光を反射し淡い水色に輝いていた。
(理知で冷静沈着。クラウディアとは対照的に見えるけど‥‥)
二人は似た者同士だな、一目見ただけで颯天はそう感じた。クラウディアを虎と表現するならアイスは鯱と表現するのが相応しく、まさに月と太陽のような関係なのかもしれないと思わされた。颯天がそんなことを考えている横では伏見に白夜、そしてフランの軽い自己紹介を終えたところでとアイスが口が提案をした。
「さて、何時までもここでしゃべって兵士たちの時間を割くわけにはいかないからな。話は奥に向かいながらでしないか?」
特に断る意味もない提案に颯天達は頷き。
踵を返したアイスは話している間も微動だにしない兵士たちの間を歩いていく。そしてそれを追いかけるようと颯天の横をすれ違いの時にチラッと颯天を見るとそのままアイスの後ろを付いていき、颯天達もそれに続いて歩き始めた。
「この城砦も、城のように生きているのか?」
そんな中での颯天のこの問いにアイスは驚いたとばかりに振り返った。
「そうだが、良く分かったな。クラウが教えたのか?」
「いいえ、私は教えていないわ。だから私も驚いているでしょ?」
「そうだな。お前は表情に出やすいからな」
え、うそ!? と驚いているクラウディアをわき目にアイスは頷き颯天の質問に答える為に話を続ける。
「この城砦は現在は全部で十層の外殻で構成されているんだが。内殻と外殻がそれぞれ五層ずつの合計で十の外殻で形成されているんだ」
「ちょ、無視しないでよ!?」
「ああ、気にしないでいいぞ。いつも通りだからな」
スルーされたことにクラウディアは頬を可愛らしく膨らませて抗議するが、その抗議は誰に相手されることもなく再びスルーしながらアイスは説明を続ける。
「という事は、俺たちがさっきまでいたところが外殻という事か?」
「ああ。そして我々がいま向かっている場所は最深部、内殻の第一層だが。歩いて向かえば日が昇ってしまう。だから、我々はこれを使っている。」
そうして先頭を歩いていたアイスの足が止まり颯天達にも見えるように横に移動したことで見えたそれは、貝の表面に揺れる光を反射する水面がそこにあった。そして、同じようなものを颯天は既に体験していた。
「水鏡か?」
「やはり知っていたか。だが、少し違う。こちらはあれほどの距離は転移する事できない。これはこの殻の内側の特定の場所にだけ転移することができるんだよ」
そう笑いながらアイスは水面に向けて歩いていき、その体はまるで水面に吸い込まれるように消えて、その背中を追うように水鏡に近づく。揺れる水面の向こう側には颯天達をみているアイスがいて。
「それじゃあ、お先に!」
そう言うとクラウディアは水面の向こうへと消えていき、それを見た颯天達もそれぞれ水面をくぐる。
その先にあったのは、先程までと打って変わった豪奢でありながらも華美ではない内装で、寧ろどこか荘厳にして神秘的にさえ感じるであろう空間は、どこか重苦しい空気が漂っていた。
「ここが最深部という訳か」
「ああ。金剛宮と私たちは呼んでいる最深部にある神殿。普段であれば清涼な空気を感じる祈りの場なのだがな。今はこの通りという訳さ。そして」
そう言いアイスは大きな杯を掲げる白い女神の像の下で祈りを捧げるように手を組む。
「我らは、母より海に抱かれ生まれ守り人。母なる太祖たる女神の子孫にて封印を守り者。その巫女の半身たる我が願いを聞き届けられよ」
アイスの祈りの祝詞が進むと辺りの重苦しかった空気が薄れ、代わりに清らかで澄んだ空気が颯天達の全身を膜のように包んだ。そしてその様子にアイスは頷く。
「うむ。これでいいだろう」
「アイス、これは?」
「これは聖灯。この地に伝わる守護の術でな。女神様の力をほんの僅かばかりお借りし纏う事で周囲の澱みを浄化することが出来るんだ。そして、これから向かう先にはこれを纏っていないと入ることが出来ないんだ」
振り返り、颯天達の状態を確認したアイスはそう言うと足元にあった石板に手を乗せると石板が淡い光を放つ。
「見せよう。これが今のこの地の底にある光景を」
颯天達の足元に魔法陣が浮き上がると床が徐々に下へと下降し始める。それはエレベーターほどは早くはなかったが、何らかの守りが効いているのか浮遊感に襲われることもなく颯天達は床が止まるのを待っている時だった。
「突然だが、君たちはこの先には何があると思う?」
「本当に突然だな」
「悪い。だが覚悟を聞いていなければ恐怖に飲まれるかもしれないからな?」
それはアイスも分かっているようで、そしてその様子をクラウディアは何も言うことなくただ見守る。まるで、改めて覚悟を問うているかのようで。
(覚悟も何も、今更だろ)
苦笑を浮かべながら颯天は何も言わずに伏見を見ると伏見も無言でうなずき、続いて白夜を見ると不敵な笑みを浮かべながら頷き。そして自分も忘れるなとばかりに伏見の方で胸を張るフラン。そんな彼女たちの姿を見た後、アイスを見返すことで気付いた。
(見過ごせないか‥‥。ああなら、助けてやるさ)
アイスの眼の中に見えた巧妙に隠し抑えられていた感情、恐怖を見た颯天は自身の覚悟はより強固な‘‘決意„へと変わるのを自覚した。
「大丈夫だ。俺は、いや俺達は逃げない」
「‥‥本当か?」
アイスは、軍師だ。万の軍勢を指揮する群体における司令塔。つまり自分の一手で多くの命を奪う。故にそこには多くの葛藤があった。もちろん今回の戦いにおいて兵士は選りすぐりの精鋭をもってあたることになっている。もちろんアイスに対しての彼らの信頼は厚い。武においては並ぶ者がいないと言われる最強の個であるクラウディアに、知の力で並び立つ知将それがアイリスティン・オルカムーン。
だがそんな彼女ですら恐怖を抑えきれない相手に対して彼らは‥‥。
「彼らなら大丈夫よ。アイリスティン・オルカムーン。だから私を、彼らを、そしてあなた自身を信じなさい」
アイスはクラウディアを見る。その眼には言葉にせずとも伝わる覇気と信頼が籠っていた。そして、その瞳に宿る信頼には応えたい
「ああ、そうだな」
アイスはクラウディアを見る。その眼には言葉にせずとも伝わる覇気と信頼が籠っていた。
そうしているといつの間にか足元の揺れは止まっており、辺りは仄かに岩に生える苔が光を放つ空間で。
「ー、ーーー!!---」
それは空耳のようにしかし勘違いではない咆哮というなの叫びで。
「行こう。この先だ」
その叫び声に鎮痛な表情を浮かべながら先導するクラウディアとアイスにつられて、颯天達はたどり着いた。
そこにあったのは元は純白であったであろう繭に覆われた巨大な何か。だがその繭は崩れ去りその隙間から見えるそれはまるで漆黒に染まりつつあることを拒むかのように、悲鳴を上げていた。
「こいつが」
「ああ。我々はこれを神獣の繭と呼んでいる、この国に迫る危機の正体だ」
それは、亀のような甲羅を背中に背負った巨大なドラゴンの姿だった。
引き続き、話の続きを書きだしていきます。マイペースになるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。