第四章 第二十一話 「決戦の地、黒殻城砦」
久方ぶりに復帰です。
颯天達は空を翔けていた。
(これは面白い感覚だな)
颯天の視界に広がるのは鮮やかな青。だがそれは空ではなく澄んだ水の中で。
さらに言えば水中を翔けているのは颯天達が乗っている海馬と呼ばれる見た目は地上にいる馬とほとんど同じ。だが違う点もあった。
それは土の代わりに水を蹴る為に蹄の部分が魚のヒレようになっていて。そして、颯天達がいるのは確かに海中だ。だが、海馬が翔ける場所は水底である地面よりはるか上で。颯天達からしてみればそれは未体験で未知の感覚だった。
そんな中、颯天たちを先導するように先頭を走っていたクラウディアが速度を落とし颯天と並ぶと口を開いた。
「いや~、昨日は本当に悪かったわね!」
「それは散々ネプチューンからも謝罪されたから別にいいが‥‥、というか覚えていたのか?」
それは、昨日の宴の席の際に起きた事故で、そのせいで颯天は居心地の悪い思いをしてしまったのは、まぎれもない事実だった。
「ええ。だって私、酔っちゃってもしっかりと覚えているタイプだから」
「なら、なおさら絡まないでほしかったよ」
宴会の席でクラウディアは一人で酒樽を二つ空けたのだが、しっかりと酔いが回ったクラウディアが颯天に体を密着させながら絡んで来てしまい。
そしてその様子に表情は笑っているが目が笑っていない白夜と伏見はジト目で見てくるという状況になった事で、クラウディアがネプチューンによって連れていかれるまで居心地の悪い時間を過ごす羽目になったのだ。
「あはは、それに関しては本当にごめん。お酒が入ると私ってどうも誰かに抱き着く癖があるのよねぇ」
「酒の席で飲むなとは言わない。だがそこまで飲むなと言いたいところだけどな。にしても仮にも王族のアンタが異性に抱き着くのはまずいんじゃないのか?」
颯天としては、なぜ自分に抱き着いてきたのかがいまいち理解は出来なかったが、部外者の人間に抱き着く事でクラウディアに不利に働く事がないか心配しての発言だったが。
「それは大丈夫よ」
あっけからんとクラウディアはそう断言した。その言葉に颯天は驚きを隠すことなく聞き返した。
「そうなのか?」
「ええ。寧ろ周りからすれば私が抱き着いたことで、貴方は安全だって証明されたってことになるのよ?」
「…どういうことだ?」
颯天の質問にクラウディアは笑いながら教えてくれた。
この国の防衛を担う以前の幼いころから、クラウディアの本能的とも呼べるその直感とも呼べる感覚は鋭かった。そして酒に酔った状態では無意識下での枷が一時的に外れる事でより本能的感覚が鋭くなることで敵か味方かを判別する事が出来てしまう、という事らしかった。
「じゃあ、あれのお陰で俺は少なくともあの場にいた人たちに警戒されることはなくなるのか?」
「まあ、全員じゃないでしょうけどね。でも私が抱き着くだけじゃなくて直ぐに離れなかったって事で貴方は安全って私が認めたことになるのよ」
「そういうものなのか」
颯天はクラウディアの事を知らない。故にその言葉を取り敢えず信じるほかなく。故に納得するほかなかったが。
「でも、抱き着くなんて今まで一度もなかったんだけどな‥‥」
小さくつぶやいたクラウディアのそれは、颯天に聞こえることなく水の中へと消える。
お酒を飲む事で敵意ある者を見つけ出す。それが出来る事に気づいて以来、クラウディアはその能力を幾度となく使ってきた。そして、確かにクラウディアは抱き着く癖があった。だが、そこは王女としての品位を保つために我慢していた。そのお陰であのような場所で抱き着くなどという事は一度もなかった。
(どうしてなんだろう…?)
実はあの後にネプチューンからもどうして抱き着いたのか聞かれていたのだが、それに対しての答えをクラウディアは持ち合わせおらず、ネプチューンと一緒に首を傾げるという一幕もあったりしたが。
(まあ、別にいいか)
酒の席で普段よりも飲んでいた事で理性が緩んでしまったのだろう、そうクラウディアは自分の中で思うことにした。
海馬で翔けていた颯天達の眼にまだ遠くだが建物のようなものが見えてきた。そして、それは近づいていく毎にその大きさはより鮮明となるが。遠目で見た限りでそれは半球のような形だったが、近くで見たそれは想像よりもはるかに大きく、材質は石に似た何かで作られているようでよく見れば同色の窓が幾つもあるが、それでもそれはどう見てもただの壁のようにしか見えなくて。
「これが、砦?」
颯天達が抱いた感想を伏見がそう代弁して。
「あははっ!まあ、初めて見たらそう思っちゃうよね。そういう私も最初のころはそう思ったよ」
そう言いながら海馬を砦の前まで進ませたクラウディアは一度だけ颯天達を見ると再び前を向く。
「開門!」
澄んだその声が辺り一帯へと透ると、一切の裂け目さえなかったはずの壁に裂け目が生じたかと思うと、それはゆっくりと内側へと開いていき。そこには左右に整然と並ぶ兵士たち。そして、その裂け目の一番奥に一人の女性が立っていた。
「ようこそ黒殻城砦へ、来訪者様方」
そして、その女性はまるで颯天達の来訪を予見していたかのようにそう言った。
「アイスったら、相変わらず仰々しんじゃない?」
「これくらいは普通だ。それに頭がフランクで他のものまでそうと思われるわけにはいかないからな。なあ、クラウディア?」
第一印象は大切だろう?とまるで宴での自分の行いを既に知られている、否。理解している自身の半身の言葉にクラウディアは自身の頬が引き攣るのを自覚した。
「ああ~もう、分かった分かったわよ」
「なら、最後の締めはお前に託そうか」
何と無しに背中越しでもクラウディアがアイスと名乗った女性とのやり取りからして近しい関係である事を感じさせたが。そんな中でクラウディアの纏っていた雰囲気が変わった。
そして振り返ったクラウディアは颯天達の知っているクラウディアではなかった。
「遠き路の最中にて、救国のために訪れし共に戦わんとする者を我らは心より歓迎する!」
それは、王女としての姿ではなく。多くの兵たちの命を預かる軍の長としてのクラウディアの姿がそこにあった。
ゆっくりとですが、進めていきます。長く間が空いてしまいすみませんでした。