接待ゴルフ。それはゴルフのスコアで争うのではなく、いかに取引先を満足させるかが争点の、スポーツとは裏腹の、陰謀蠢く秘密遊戯なのだ――
「ふんふんふーん♪」
思わず鼻歌が漏れてしまう。
だって今日は金曜日。あと少しでお休みが待っている、はなきんでデーターランドな日だもん。ディスコでぶいぶい言わせちゃおうかなぁ♪
「……ゆかりちゃん。君はいつの人間かなぁ?」
「あ、主任。心の声が聞こえちゃいました? あはは」
隣の席からツッコミを入れてきた中島主任に向かって笑って誤魔化す。だって金曜日だもん。ちょっとぐらいはいいよね。きっと西岡さんだって許してくれるはず――
「ほう。楽しそうだな」
「ぎゃぁぁ」
いつの間にか背後に発っていた西岡さんから、青い炎が立っている。明らかに許してくれなさそうな雰囲気だ。しかも主任はいつの間にかいないしっ。
けれど西岡さんは、そんなあたしを前にして、いつもの口調で言った。
「ときに立花君。君はゴルフの経験はあるか」
「……へ。ゴルフですか?」
なぜ唐突にゴルフの話題が出るんだろう?
疑問に思いつつも、あたしは胸を張って自慢げに答えた。
「ふっふっふ。自慢じゃないですけど、そこそこのものですよ。なんてたって、『ゴルみん』でワールドツアー級の判定ですからっ」
あたしの言葉に、西岡さんがなぜか大きなため息をついた。
「まぁ良い。君にゴルフの腕は求めていない。ただ、先方がぜひ君と一緒に、ということなのだ」
「先方?」
こくりと首を傾げるあたしに、西岡さんが言い放った。
「そう。これから話すのはただのゴルフではない。『接待ゴルフ』だ」
「せ、接待ゴルフっ!」
噂には聞いていた言葉だけど、まさか実在するとはっ。
「うむ。それがどういう意味か分かっているかね?」
「は、はい……」
接待ゴルフ。
それはゴルフのスコアで争うのではなく、いかに取引先を満足させるかが争点の、スポーツとは裏腹の、陰謀蠢く秘密遊戯なのだ――
…………
「あららー。悪戯な風が」
「はっはっは。若い娘のミニスカート姿はいいねぇー」
「やぁん。社長さんったら、ば・ぁ・で・ぃ・い」
とか――
「社長さん。ナイスパットインですっ」
「はっはっは。この調子で、今夜は君の穴に入れちゃおうかなぁー」
「いゃん。社長さんったら、ホールインワン♪」
…………
「――てな展開にっ?」
ラウンド後のお供に、アルバトロスな夜を迎えちゃうのっ?
「……何を考えているのか知らぬが、先方は女性の方だぞ」
「ふぇっ。そうなんですか?」
ていうか、あたし声に出して言っていたわけじゃないんだけど、そんなに顔に出ていたのかな。
「うむ。若いのにやり手の女性社長だ。年も私とほとんど変わらないくらいだ」
「へぇ」
なるほど。男ばかりの社会で働いているから、接待ゴルフのときくらいは同じ女性も一緒にいてくれた方が良い、ってことかな。あたしも似たような境遇なので、その気持ちはよーく分かる。
「それで今度の日曜日にゴルフをすることになったのだ」
「日曜日、ですか……」
あたしは考えてしまう。
別に特別な予定が入っているわけじゃないけれど、やっぱりお休みの日はゆっくり休んで英気を養いたいし……
「もちろん、休日手当は出る」
「はいっ。よろこんで行かせていただきます!」
あたしは即答した。
休日も西岡さんと一緒というのはアレだけど、会社の経費でゴルフが出来て、しかもお金がもらえるなら、断る理由はなかった。
……んだけど。
☆ ☆ ☆
「……で、ここはどこですか?」
「どこ、とは? ゴルフ場に決まっているだろう」
「日本の普通のゴルフ場に、あんなでっかい怪鳥は飛んでいませんっ!」
日曜日。
あたしたちはいったん会社に出社して、着替えと用具の準備したあと、エレベーターに乗った途端、なぜかあり得ないスピードで落下して……気づいたら、異世界に来ていた。
ゴルフ場に行く前から着替えや準備をさせられたから、何か嫌な予感はしていたんだよ!
「普通のゴルフ場は金がかかるが、ここなら無料だと言うのが社長のお考えだ」
「暗に普通のゴルフ場じゃないって言っちゃってるしっ!」
やはりあの人の差し金か。
まぁ確かに、異世界なのを除けば、目の前には、芝生や木々や草むらや、砂場に池が良い感じに広がっていて、ゴルフ場になりそうな場所だけど。
「……でも、相手先の社長さんはどうやって呼ぶんですか?」
「心配ない。ちゃんと迎えの車を寄越している」
「その車は? その車は大丈夫なのっ? 主に安全面っ」
あたしは西岡さんに詰め寄る。
するとその時、突然西岡さんの背後に、西岡さんと同い年くらいの綺麗な女性が、突然何の前触れもなく姿を見せた。
「あら? ここは……。わたくしは確か車に乗っていて……」
「やっぱり大丈夫じゃなかったっ!」
「上井社長。本日は日曜日にも関わらず、ご足労いただき、ありがとうございます」
あたしのツッコミはしっかり無視されて、西岡さんがすかさず挨拶する。
社長さんはイメージしていたとおり、美人さんでやり手の女社長って感じの人だった。
「上井社長。こちらは私の部下の立花です。本日は一緒にお供させていただきます」
西岡さんに紹介され、あたしも慌てて挨拶を交わす。
「は、初めまして。立花ゆかりと申します。本日は……」
「キマシタワーっ!」
「ふぇっ?」
「ごほん。いえ、初めまして。立花ゆかりさん。本日はよろしくお願いいたしますわ」
「あ、あの……今なんか変な叫び声が聞こえたような……」
「さぁ、気のせいではないでしょうか? ……じゅるり」
「じゅるりっ?」
「いえ。何でもありませんわ。おほほ。ゆかりさんとは是非一度、アルバトロスな夜を迎えたいですわね」
アルバトロスな夜が来たよっ!
怖い。この人、西岡さんと別の意味で怖いよ。最初にイメージしていた男性親父な社長さんじゃないのに、貞操の危機を感じるよ!
「では早速、プレイを始めましょう」
そんなあたしたちの様子にも関わらず、マイペースに西岡さんが言った。
ふぅ。今回ばかりは西岡さんに助けてもらってしまった。
さすがに西岡さんの目の前で変なことをされることもないだろうし、今はゴルフを楽しむことにしよう。
というわけで、あたしは再びゴルフ場(異世界)を確認する。
異世界とはいえ、一応ゴルフのプレイ地に選ばれただけあって、それなりの立地だ。
適度な芝生に木々に、池やバンカー用の砂場まで。
そして――
「あ、可愛い」
足下を見たあたしは、思わず声が出てしまった。
あたしたちのすぐ前の芝生の上に、手のひらサイズの丸くて白い物体が三つ転がっていた。ちっちゃな顔がついていて、まるで生き物みたい。異世界の生き物でも、こういう可愛い子は大歓迎よ。
あたしはそのうちの一匹を手に取った。
『kuu?』
あたしの手の上で、その生き物が可愛らしく微笑みかけた。
きゃぁぁ。鳴き声も可愛いっっ。
あたしは白くて丸い生き物にそれぞれ、たまちゃん(仮名)、しろちゃん(仮名)、まぁるくん(仮名)と名付けた。
「それでは。まずは社長から」
西岡さんがひょいとあたしの手の上から、たまちゃん(仮名)を取り上げて、上井さんの足下に置く。
「ありがとうございます。それでは」
上井さんがゴルフクラブを構える。
え? まさか、それって……
『Kyu?』
たまちゃん(仮名)が無邪気な笑みをあたしに向ける。
そんなたまちゃん(仮名)めがけて、上井さんがゴルフクラブを振るった。ぎゃぁぁぁ。
『aoki!!』
たまちゃん(仮名)が悲鳴とともに、遠くへ飛んでいく。
「ナイスショット。さすがです。社長」
「ありがとうございます。たまたまですわ」
「あ、ああ……」
「ん? どうした、立花君」
西岡さんが怪訝げな顔をして、まぁるくん(仮名)を拾い上げて自分の足下に置く。そしてゴルフクラブを構えて……って、や、やめて……っ!
『naksjima!!』
まぁるくん(仮名)が悲鳴とともに、遠くへ飛んでいく。
きゃぁぁぁ。まぁるくん(仮名)が!
「うむ。まぁ悪くはないな」
「ナイスショットですわ。さすが西岡さんですわね」
「……あ……ああ……」
「何をしている。さぁ次は君の番だぞ」
西岡さんがあたしにゴルフクラブを手渡す。
あたしの足下には、無邪気に微笑みかける、しろちゃん(仮名)が。
『ku?』
「ご、ごめんなさいーーっ!」
思いっきりクラブを振り抜く。
『ozaki!!』
しろちゃん(仮名)が悲鳴とともに、遠くへ飛んでいく。
「うむ。立花君も意外とやるな」
「ええ。とっても上手ですわ。じゅるり」
ううっ。心が死にそう……。
ゴルフというのはとりあえず順番に打って、次の一打はゴールのカップから一番離れている人から打つ仕組みになっている。
というわけで、第一打の飛距離が一番短かったあたしの番なんだけど。
『ヤメテ…ウタナイデ…』
あたしの足下で、しろちゃん(仮名)がプルプルと震えている。
「さぁ、立花君の番だぞ」
「ごめんなさいっ!」
『hanikami!!』
しろちゃん(仮名)が悲鳴とともに、遠くへ飛んでいく。
「……うむ。やや飛距離が足りなかったかな」
「バンカーに落ちてしまいましたわね。あら、砂の下から何やら凶暴そうな生き物が出てきましたわね」
「きゃぁぁ。しろちゃん(仮名)ーっ」
しろちゃん(仮名)が謎のモンスターに食べられてしまったため、あたしはOB扱いになってしまった。
というわけで、あたしの足下には、新たに用意された白くて丸い生き物が。とりあえず名前は、ぼぉるくん(仮名)に……
って、ぼぉるくんって何よっ。生々しいってっ!
この状況に慣れ始めてしまっている自分自身に、あたしはツッコミを入れた。
――このような感じで、悪夢のようなラウンドは何とか終わった。
総合トップは上井さん。二位は西岡さん。しっかり一打差でトップを譲っているあたり、さすが西岡さんって感じだ。
あたし?
なんと言うか、精神攻撃に耐えられなかったというか……まぁ察してほしい。
「とても楽しかったです。今後も白露商事さんとはいいお取り引きができそうですわ。次のプロジェクトもぜひ、お願いいたしますわ」
「ありがとうございます」
西岡さんがきっちり頭を下げる。
精神的に何度も死にかけたけど、取引が上手くいったのがせめてもの救いだ。もし失敗していたら、週明けの西岡さんが怖いし。
「ところでこの後のことですが……」
「はい。あちらにご用意しております」
西岡さんが示す方向に、人工的な建物が見えた。ゴルフ場の休憩所かな。縦に長くて、塔みたいだけど。
「あれ、何ですか?」
「あれは、キマシの塔だ」
「本当にあったんだ? そんな塔?」
「何でも、女性にしか入れないそうだ」
「何その設定っ? やっぱり、アレなのかっ?」
「あの中には伝説のレズビアンが……」
「ストレートにはっきり言いやがったっ!」
「それでは。週明けから取り引きできるよう、私は契約書の作成のため社に戻ります。立花君。後は頼んだぞ」
おいこら。
逃げるのか。薄情者ーっ。
「ゆかりさん。さぁ参りますわよ。今夜はアルバトロスで寝かせませんわよ」
「いぁやぁぁぁぁ」
こうしてあたしは上井さんに強引につれられてしまった。
「キマシタワーっっ」
………………
…………
……
「おお。立花ゆかりよ。しんでしまうとはなさけない」
気が付くと、あたくしはいつもの白い空間の中におりました。
「ですが、まだ死ぬときではないので特別に……って、いつもと様子が違いませんか?」
そう仰って、女神さまがお美しいお顔を御歪みなされます。
何か御心に触ることがございますのでしょうか。
嗚呼。おいたわしや。
「……あのー。ゆかりさん? 聞いてます……?」
……仕方ありませんわね。
あたくしの愛の力によって女神さまをお元気に差し上げてなさられますわ! おほほほほ。
「ゆかりさん……。あの、目が怖いのですが……」
「おほほ。ご安心なさって。お姉様に教わった指戯で、女神さまを元気つけさせていただきますわ」
「ま、ますわ?」
「ええ。今夜はタイガーでウッズな夜ですわよ♪」
それでは参りましょう。
さん。
に。
いち。
ぜろ。
「キマシタワーっ!」
「きゃぁぁぁ。転生っ! 早く転生をーーっ」
………………
…………
……
気が付くと、あたしは自宅に戻っていた。
よく覚えていないけれど、何か大切なものを失ってしまったような……
まぁ、さんざん迷惑をかけられたあの女神さまを一慌てさせられたから良かったかな。
――良くないって。
立花ゆかり。
??? のレベルが3になった!
浦安鉄筋家族のあの悲鳴をいつか使ってみたいと思っていました。