↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エテルナ ―星の涙と帰る光―  作者: Takeko
第10章 紅の祈り
60/60

カルナの門をくぐって

丘を下るにつれ、カルナの姿は少しずつ大きくなっていった。

赤褐色の城壁。その向こうには無数の屋根が重なり、その合間から何本もの煙突が空へ伸びている。白い煙、灰色の煙。そのさらに奥では、ひときわ太い黒煙が夕暮れの空へたなびいていた。

そして、その根元にある巨大な炉。

遠くから見ても目立っていたそれは、近づくほどに輪郭を増していく。

黒ずんだ石と鉄で組まれた重厚な炉体。その一部から、橙色の光がちらちらと漏れていた。

「……やっぱり、でかいな」

レイは歩きながら、何度目か分からないほど巨大炉を見上げた。

城壁よりもずっと奥にあるはずなのに、その上部は町並みの向こうからはっきりと見えている。

「ガイさんの手帳にあったものですね」

隣を歩くセレスが言う。

「うん。あれだけ大きいなら、近くで見たらすごそうだ」

「まずは宿です」

「分かってるよ」

返事はしたものの、レイの視線はまだ巨大炉へ向いたままだった。

前を行く荷車の車輪が、乾いた音を立てて街道を転がっていく。

そのさらに後ろ。

補給車では、ミラがまだ眠ったままだった。

リアがすぐそばに座り、時折その顔色や呼吸を確かめている。

赤灰の谷を抜けてから随分と時間は経ったが、目を覚ます気配はない。

ただ、呼吸は穏やかで、苦しそうな様子もなかった。

やがて城壁が道いっぱいに迫るほど近づくと、バルドが先頭の荷車から振り返った。

「もうすぐ門だ。ここから先は人が増える。離れるなよ」

「はい!」

レイが答える。

カルナの城門は、フェルナのものよりもはるかに大きかった。

赤い石を積み上げた門壁の上では、槍を持った兵士たちが行き交っている。門の両脇には大きな火鉢が据えられ、夕方の風の中でも炎が力強く揺れていた。

そして、その手前からすでに人の流れができていた。

町へ入ろうとする荷車。外へ向かう商人。背負子に木炭を積んだ男たち。鉱石の入った樽を二人がかりで運ぶ若者。荷馬を引く者の横を、手押し車を押した職人が声を上げながらすり抜けていく。

「道を空けてくれ!」

「そっちの荷、先に倉庫へ回せ!」

「今そっちへ回す!」

あちこちから声が飛び交う。

鉱石を積んだ荷車の隣には、鍋や刃物を箱いっぱいに詰めた商人が並び、そのさらに後ろには布や香辛料を積んだ一団もいた。

レイは思わず目を見開いた。

「……人、多いな」

「カルナは火の位相の中心都市ですから」

セレスも周囲へ目を配りながら答える。

「職人だけではありません。各地から品を買い付けに来る商人も多いのでしょう」

鉄の匂い。

炭の匂い。

荷馬の匂い。

それに、どこか乾いた熱の匂いが混じっている。

フェルナにも人はいた。

けれど、ここでは立ち止まっている者の方が少ない。

誰もが何かを運び、何かを売り、どこかへ向かっていた。

門へ近づくにつれ、町の奥から金属を打つ音まで聞こえてきた。

カン、カン、と一定の間隔で響くもの。

もっと速く、細かな音を連ねるもの。

遠くでは何か重いものを叩きつけるような低い音まで混じっている。

その合間に人々の呼び声と荷車の軋む音が重なり、町全体が休むことなく動いているようだった。

「すごいな……」

レイが呟く。

門前まで来ると、バルドが慣れた様子で門兵と言葉を交わした。

赤い鳥の印を見た兵士も、隊商を知っているらしい。

「赤い鳥か。今回は遅かったな」

「谷で少し面倒があってな」

「また崩れたのか?」

「いや。飛ぶやつに絡まれた」

門兵が眉を上げた。

「よく荷を落とさず来たな」

「まあな」

バルドはそこで、ちらりと後ろを見た。

レイたちと目が合う。

だが詳しく話すつもりはないらしく、それ以上は何も言わなかった。

門の脇では別の兵士が荷車を確認し、その向こうでは商人が通行証を手に何やら早口で説明している。

「次! 荷を見せろ!」

「西門から入る予定だったんだが、道が塞がっててな」

「それはこっちじゃ分からん。ほら、後ろがつかえてるぞ」

慌ただしいやり取りを横目に、赤い鳥の隊商も順番に門をくぐっていった。

レイもその後へ続く。

一歩、城門の内側へ入る。

その瞬間、町の音が一気に近くなった。

鍛冶槌の響き。

荷車の車輪。

呼び込みの声。

笑い声。

どこかで燃える炉の爆ぜる音。

広い通りには人が溢れていた。

大きな荷を抱えた男たちが足早に行き交い、店先では商人が客を呼び込んでいる。その脇を子供たちが走り抜け、向かいの建物からは煤で顔を黒くした職人たちが次々と出てきた。

「鉄鍋、今日の分はこれで最後だ!」

「その斧、明日の朝までに仕上げてくれ!」

「炭が足りないぞ! 倉庫からもう二袋持ってこい!」

通りの両側には石造りの建物が並び、その軒先には鉄製の道具や鍋、刃物などが吊るされている。

店先で赤く熱した鉄を打っている職人もいた。

そのすぐ横では焼いた肉を売る屋台から香ばしい匂いが漂い、仕事を終えたらしい男たちが立ったまま串を頬張っている。

さらに奥では、荷台いっぱいに積まれた鉱石を何人もの男たちが次々と倉庫へ運び込んでいた。

レイは右を見た。

左も見た。

また右を見る。

「……すごい」

フェルナにも炉はあった。

火は家々の中にあり、人の暮らしを静かに支えていた。

けれど、カルナの火は違う。

町のあちこちで燃え、鉄を熱し、人を働かせ、荷を運ばせる。

まるで火そのものが、この都市を動かしているようだった。

その時、前から大きな木箱を抱えた男がやってきた。

レイはひょいと身体をずらして道を譲り、すぐにまた通りの向こうへ視線を向ける。

その様子を見ていたバルドが鼻で笑った。

「観光は明日にしろ。今日はもう暗くなる」

「やっぱり、あの炉の近くまで行けるんですか?」

「行けるが、今から行ったって仕事場の邪魔になるだけだ」

「じゃあ明日だな」

「いい返事だ」

隊商は人の流れに合わせながら、大通りをゆっくり進んでいく。

通りを一本曲がっても人の数はほとんど減らない。

小さな工房の前には出来上がった道具を受け取る客が並び、酒場からは早くも賑やかな声が漏れている。

夕方だというのに、町が眠りへ向かっている気配はなかった。

むしろ仕事を終えた者たちが通りへ出始め、これからさらに賑やかになりそうだった。

しばらく進むと、大通りから少し外れた場所で隊商が止まった。

三階建ての石造りの建物だった。

入口の上には、炎をかたどった鉄の看板が下がっている。

「ここだ」

バルドが荷車から降りた。

「うちがカルナに来た時によく使う宿だ。馬も荷車も預けられる」

セレスが建物を見上げる。

「私たちもこちらへ?」

「ああ」

バルドは当然のように答えた。

「今夜の部屋はこっちで取る」

「ですが――」

「谷で借りができたんだ。これくらいさせろ」

セレスが何か言おうとしたが、バルドは片手を上げて止めた。

「同行料の話とは別だ。あれがなかったら、こっちは怪我人どころじゃ済まなかったかもしれん」

それから補給車へ目を向ける。

「特に嬢ちゃんにはな」

リアが荷台から顔を出した。

「ミラさん、まだ眠っています」

「そうか」

バルドは少し眉を寄せたが、すぐに宿の主人を呼びに中へ入っていった。

レイは補給車へ近づいた。

荷台の奥では、ミラが横になっている。

谷で倒れた時と比べれば顔色は随分と落ち着いていた。

けれど、普段なら少し騒がしいくらいのミラが静かに眠っている姿は、どうにも見慣れない。

「部屋まで運ばないとね」

リアが言う。

「俺が運ぶよ」

レイはすぐに答えた。

セレスがこちらを見る。

「大丈夫ですか? あなたも少し消耗しているでしょう」

「これくらい平気だよ」

「無理はしないでください」

「してないって」

レイは補給車へ上がった。

リアに手伝ってもらいながら、眠っているミラの上体を起こす。

「ミラ、ごめん。ちょっと運ぶよ」

もちろん返事はない。

レイは背を向け、ミラの腕を肩へ回した。

そのまま身体を支えながら背負う。

「……よっと」

思っていたより軽い。

いつも双剣を振り回している姿から、もっと重いものだと思っていた。

背中へ伝わる呼吸は穏やかだった。

「大丈夫?」

リアが心配そうに覗き込む。

「うん。平気」

レイは荷台から慎重に降りる。

眠ったままのミラの頭が、こつんと肩へ触れた。

レイは少しだけ首を傾け、落ちないように背負い直す。

ちょうどその時、バルドが宿から戻ってきた。

「部屋は取ったぞ。二部屋だ」

「ありがとうございます」

リアが頭を下げる。

「礼はいらん。むしろこっちが礼をする側だ」

バルドはそう言ってから、レイの背中のミラを見る。

「嬢ちゃんが起きたら教えてくれ」

「何かあるの?」

「ああ」

バルドは口元を少し緩めた。

「今夜、動けるようなら飯くらい奢らせろ。うちの連中も、ちゃんと礼を言いたがってる」

レイの表情が明るくなる。

「飯?」

「お前が一番食いつくな」

「だって腹減ってるし」

「ミラさんが起きてからです」

セレスが釘を刺す。

「分かってるよ」

そう答えながら、レイは宿の入口へ向かった。

建物の向こう。

人々の声と鍛冶槌の音が絶えず響く町の中心では、巨大炉から立ち上る煙が夕焼けの空へ伸びている。

その下で橙色の火が、遠くからでも分かるほど強く揺らめいていた。

けれど、レイの背中で眠るミラはまだ、それを知らない。

ガイがかつて見たというカルナの巨大炉は、もうすぐそこにあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。