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エテルナ ―星の涙と帰る光―  作者: Takeko
第9章 火の都へ続く道
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灰風を超えて

ミラが倒れたあと、リアはすぐにその傍らへ膝をついた。

「ミラさん、ミラさん」

呼びかけても返事はない。レイに支えられたまま、力の抜けた身体がぐったりとしている。

「リア、どう?」

レイの声から、さっきまでの興奮は消えていた。

リアはミラの手を取り、呼吸を確かめる。しばらくして、小さく息を吐いた。

「大丈夫です。呼吸も落ち着いています」

「じゃあ、どうして……」

「おそらく、さっきの術の反動だと思います。あれだけの炎を放ったんです。それも、たぶん初めて……」

リア自身も、あの炎がどのような術だったのかは分からない。ただ、ミラの身体から急激に力が抜けたことだけは感じ取れた。

セレスも周囲を警戒しながら近づいてくる。

「ひとまず荷車へ。ここに寝かせておくわけにはいきません」

「うん」

レイとセレスが手を貸し、ミラを後方の補給車へ運んだ。

荷を少し寄せ、布を敷いて横にする。リアもその隣へ乗り込んだ。

「私が見ています」

「何かあったらすぐ呼んで」

「はい」

レイが荷台を降りると、近くにいた護衛の一人が肩を叩いてきた。

「いやあ、助かったぞ」

別の護衛も弓を下ろしながら近づいてくる。

「本当にな。あの光の守りがなかったら、馬の何頭かはやられてた」

「盾の姉ちゃんもよく止めたな。あの勢いを真正面からだぞ」

「それに最後のあれだ」

護衛たちの視線が、ミラの眠る補給車へ集まる。

「あの嬢ちゃん、すげえな。火を矢みたいに飛ばしやがった」

「おかげで残りも逃げた。今日の勝利の女神ってところだな」

「本人は寝ちまってるけどな」

笑い声が上がる。

「静かにしてください」

荷台からリアが顔を出した。

「ああ、悪い悪い」

護衛たちは声を落としたものの、表情にはまだ興奮が残っていた。

レイも補給車を見る。

さっきの炎が頭から離れない。

小さく、速く。

自分が白い斬撃でやろうとして、できなかったことを、ミラは一度でやってみせた。

どうやったのか聞きたい。

目を覚ましたら絶対に聞こう。

そう考えたところで、セレスが横から釘を刺す。

「起きてすぐ質問攻めにするのはやめてくださいね」

「まだ何も言ってないよ」

「顔に出ています」

「そんなに?」

「はい」

レイは少しだけ口を尖らせた。


飛行獣が戻ってこないことを確認すると、隊商は再び動き始めた。

リアはそのまま補給車に残り、眠っているミラのそばに座った。車輪が石を踏むたびに荷台が揺れる。そのたびにミラの身体が揺れないよう、肩へ手を添える。

「ゆっくり休んでください」

ミラの寝顔は穏やかだった。

右手にも、もう炎の痕跡はない。

ただ、リアには気になることがあった。

篝火の前で瞳の奥が熱いと言ったこと。そして、先ほど突然現れた炎。

何かがつながっているような気がする。

けれど今は、ミラが目を覚ますのを待つしかなかった。


隊商が谷の後半へ進むにつれ、道は少しずつ広くなっていった。

高かった岩壁も次第に低くなり、頭上に見える空が広がっていく。

やがて前方から差し込む光が強くなった。

「出口だ!」

誰かが声を上げる。

荷車が一台、また一台と岩壁の間を抜けていく。

レイもセレスと並んでその先へ出た。

途端に、視界が一気に開けた。

「おお……」

思わず声が漏れる。

背後には赤灰の谷。その前には、緩やかな大地が南へ広がっている。

谷の中を吹き抜けていた灰風も、ここまで来るとずいぶん弱くなっていた。空気に灰の匂いは残っているものの、口元を覆っていた布を外しても気にならない程度だった。

隊商の者たちからも、ほっとしたような声が上がる。

「抜けたな」

隣を歩いていたバルドが言った。

それからレイとセレスを見て、後ろを進む補給車にも一度目を向ける。

「さっきは助かった。礼を言う」

「いえ。私たちも同行させてもらっていますから」

セレスが答える。

「それでもだ。お前たちがいなかったら、こっちも無傷じゃ済まなかった」

バルドは頭をかきながら、レイたちを改めて見た。

「最初に見た時は、怪我人二人連れた、ただのひよっこ連中かと思ってたんだがな」

「ひよっこ?」

レイが聞き返す。

「ああ。まさかあんなすごいとは思わねえだろ」

バルドは後ろの補給車へ目を向ける。

「嬢ちゃんが目を覚ましたら、そっちにも礼を言っといてくれ。最後のあれがなかったら、まだ長引いてたかもしれん」

「うん。伝えとく」

「あとはカルナまで大きな難所はない。このまま行けば日が落ちる前には着く」

「もう近い?」

「ああ」

レイの足取りが少し軽くなる。

その様子を見たバルドが笑った。

「ほんと分かりやすいな、お前は」

「だって、やっとだよ」

「まあ気持ちは分かるがな」

しばらく並んで歩いてから、バルドがふと思い出したようにレイの腰の剣へ目を向けた。

「しかし、お前のあれもすごかったな」

「あれ?」

「白いやつだよ。剣から飛んでっただろ」

「ああ……でも外したよ」

「当たったかどうかの話じゃねえよ」

バルドは後ろに遠ざかっていく谷を振り返った。

「岩壁をあれだけ吹っ飛ばす斬撃なんて、そうそう見られるもんじゃない」

「吹っ飛ばしたかったわけじゃないんだけど……」

「分かってる。次はやるなよ」

「セレスにも言われた」

「そりゃ言われる」

バルドが声を上げて笑う。

少し先を歩いていたセレスが振り返った。

「もう一度外したら、本当に谷を崩していたかもしれませんからね」

「もうやらないって」

「ならいいです」

セレスが前へ向き直る。

バルドはその背中を見て、それから後ろの補給車へ目をやった。

「光で皆を守る嬢ちゃんがいて、あの盾の姉ちゃんがいて、火の矢を撃つ嬢ちゃんがいる。おまけに剣から白い斬撃を飛ばす小僧か」

「小僧って……」

「なんだか、おとぎ話に出てくる救世主一行みたいだな」

レイがバルドを見る。

「救世主一行?」

「知らないのか?」

「どんな話?」

「古い話さ。この辺りじゃ子どものころに一度くらいは聞く」

バルドは前を向いたまま話し始めた。

「大昔、世界に邪神が現れて、星を闇で覆おうとした。それを止めるために、六つの精霊がそれぞれ一人ずつ使徒を選んだって話だ」

レイは黙って聞く。

「光、火、水、風、地、闇。六人の使徒はそれぞれ違う力を持っていて、一人じゃ邪神には敵わなかった。けど、最後には六人で力を合わせて邪神を倒し、世界を救った」

「六人の使徒……」

「ああ。まあ、おとぎ話だ。土地によって話も少し違うし、本当にあったことかなんて誰も知らん」

バルドは笑う。

「ただ、お前らを見てると思い出してな」

レイは隣を歩くセレスを見る。

その向こうには、補給車に乗るリアと眠ったままのミラがいる。

「でも、四人しかいないよ」

「そこか?」

バルドが吹き出した。

「なら、あと二人足りねえな」

「そういう話じゃないと思います」

前を歩いていたセレスが振り返らずに言う。

「聞こえてたんだ」

「はい」

レイは笑った。

けれど、もう一度だけバルドの話を思い返す。

六つの精霊。

六人の使徒。

それからすぐ、レイの意識は別のところへ移った。

「ねえ、カルナってもう見える?」

「まだだ。あの丘を越えりゃ見えてくる」

「じゃあ、もうすぐだね」

バルドは呆れたように笑った。

「切り替えが早いな、お前は」


日が西へ傾き始めたころ、道は緩やかな丘を上っていった。

先頭の荷車が頂を越える。

続いてレイたちも坂を上る。

そして、その先へ出た瞬間。

レイは足を止めた。

「……すごい」

広い大地の向こうに、大きな都市があった。

赤褐色の城壁が長く伸び、その内側には大小さまざまな建物が密集している。何本もの煙突から煙が立ち上り、夕方の空へ細く溶けていく。

そして、その中心。

町並みの上へ突き出すように、巨大な炉が見えた。

遠くからでも分かるほど大きい。

黒い煙突と重厚な石造りの炉体。その一部には橙色の光が灯り、まるで都市の中心で巨大な火が息をしているようだった。

「……あれが」

後ろの荷車から、リアの声が聞こえる。

レイが振り返る。

リアも補給車の上から、その巨大な炉を見つめていた。

「ガイさんの手帳に書いてあった……」

「巨大な炉」

レイが言う。

リアは頷いた。

その隣では、ミラがまだ静かに眠っている。

リアは少しだけ残念そうにミラを見て、それからもう一度カルナへ目を向けた。

「ミラさん、もうすぐですよ」

眠っているミラへ、そっと声をかける。

返事はなかった。

けれど、その表情は穏やかなままだった。

前方でバルドが振り返る。

「カルナだ!」

隊商の者たちから声が上がる。

赤い鳥の印を掲げた荷車が、丘を下り始めた。

レイは遠くに見える巨大な炉から目を離せなかった。

赤灰の谷を越えた先。

ついに、火の位相領域の中心都市――カルナが目の前に現れた。


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