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エテルナ ―星の涙と帰る光―  作者: Takeko
第9章 火の都へ続く道
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谷の篝火

翌朝、空が明るくなり始めるころには、赤い鳥の隊商はすでに出発の準備を整えていた。昨夜使った焚き火の跡には土がかけられ、荷車には荷が積み直されている。馬たちも水を飲ませてもらい、鼻を鳴らしながら出発を待っていた。

レイたちもそれぞれ荷をまとめる。リアとミラは昨日と同じ補給車へ乗り、レイとセレスは隊列の脇へついた。

バルドは全員が揃ったのを確かめると、谷の入口へ目を向けた。

「ここから先は風が読みにくい。灰が強くなったら勝手に動くな。前の荷車を見失わないようにしろ」

護衛たちが短く応じる。

「行くぞ」

先頭の馬が歩き出し、隊商は赤灰の谷へ入った。


谷の中へ入ると、外とは空気が変わった。左右から迫る赤褐色の岩壁が朝の光を遮り、街道にはまだ薄い影が残っている。地面には細かな灰が積もり、荷車の車輪が通るたびに灰色の筋が後ろへ伸びた。

馬の蹄の音が岩壁に反響する。一度鳴った音が少し遅れて戻ってくるたび、谷そのものが返事をしているようだった。

レイは頭上を見上げた。

「昨日遠くから見たときより、ずっと高いな」

「近くまで来ると迫力ありますね」

セレスも岩壁の上へ目を向ける。空は細長く切り取られ、その間を灰を含んだ雲がゆっくりと流れていた。

道は谷底に沿って何度も曲がっている。先が見通せる場所は少なく、曲がるたびに新しい岩壁が現れた。

時折、風が谷を抜ける。地面の灰がさらさらと流れ、足元を横切っていった。

「これが灰風?」

レイが布で口元を覆いながら聞く。

「まだ弱い方だ」

近くを歩いていた護衛が答えた。

「本当に荒れる時は、数歩先も見えなくなる」

「そんなに?」

「だから早い時間に抜けるんだよ」

護衛はそう言って、すぐに前方へ視線を戻した。レイもそれ以上は話しかけず、隊列から離れないよう歩いた。


谷へ入ってからしばらくすると、岩壁の間から差し込む光が少しずつ強くなってきた。太陽が高くなったらしい。

曲がりくねった道をいくつも抜けたころ、先頭を進んでいた荷車が速度を落とした。

レイはその先を見る。

「あれ……?」

少し先に、これまで街道で見てきたものより、はるかに大きな石造りの灯り台が立っていた。

高さは人の背丈よりも高いぐらい。太い石柱の上部が灯籠のように四方へ開き、その中央には黒い鉄籠が据えられている。その隣には、上部の鉄籠へ火を入れるための石段が置かれていた。

その周囲だけは谷底が少し広く開け、荷車を何台も止められるようになっている。

「大きいですね……」

リアが補給車から見上げる。

「昨日の灯り台とは全然違うね」

レイも足を止めた。

バルドが片手を上げる。

「ここで休むぞ! 馬にも水をやれ!」

八台の荷車が順に止まる。隊商の者たちは慣れた様子で馬を休ませ、荷の具合を確かめ始めた。

レイたちも休憩に入る。ミラとリアが補給車から降りると、ミラはすぐに背中を伸ばした。

「やっぱり歩いてる方が楽ね」

「また言っています」

リアが笑う。

「だって本当なんだもの」

ミラも笑い返した。


セレスは大きな灯り台を見上げた。

「これも旅火のためのものですか?」

「ああ。谷を通る連中は、ここで一度火を灯すんだ」

バルドはそう言って、石造りの灯り台へ向かった。

「街道の小さいやつとは、ずいぶん違うね」

レイが見上げる。

「ここは昔から休み場になってるからな。この火を灯して、フレイラに谷を無事に抜けられるよう願う」

「フレイラって、火の精霊フレイラ?」

「ああ。火の土地を見守ってくださる精霊様だ」

バルドは灯り台を見上げた。

「火がついてると、不思議と安心するんだよ。この辺りじゃ、フレイラ様が見守ってくださってるなんて言う奴もいる」

バルドは灯り台の隣に置かれた石段へ足をかけた。

「上の鉄籠も古いものでな。カルナの鍛冶職人が打ったものだって聞いてる」

「ずっと昔からあるんですか?」

リアが尋ねる。

「らしいな。俺も細かいことまでは知らん」

バルドは肩をすくめ、そのまま石段を上っていった。

上まで登ると、鉄籠の中へ乾いた薪を組み、火種を入れる。

ぱち、と小さな音が鳴った。細枝に移った火がゆっくりと広がり、やがて太い薪へ燃え移っていく。

炎が鉄籠の中で大きく立ち上がった。橙色の炎が、灰色の谷を明るく照らす。

バルドは炎の前で姿勢を正し、短く頭を下げた。

「火の精霊フレイラよ。この火を灯し、旅路の無事を願う。今日も俺たちを見守り、無事に谷を越えさせてください」

言葉を終えると、バルドは少しの間、燃え上がる火を見つめていた。

やがて石段を降りてくる。

「これでよし」

どこか満足そうに言う。

隊商の者たちにとっては、昔から繰り返されてきた旅の習わしなのだろう。火が灯ると、それぞれが水を飲んだり荷を確かめたりしながら、思い思いに身体を休め始めた。


ミラも篝火を見上げていた。

鉄籠の中で橙色の炎が揺れる。

その炎がふっと大きくなった、その瞬間――瞳の奥が熱を持った。

「……っ」

ミラは思わず瞬きをした。

痛みではない。熱いものが瞳の奥へ入り込み、内側からじんわりと広がったような、不思議な感覚だった。

赤みを増した虹彩の奥に、細い金の光が差す。

そして、もう一度篝火へ目を向けた時だった。

「……?」

炎の周りに、何かが見えた。

淡い橙色の光が、火から静かに広がっている。

煙でも、陽炎でもない。

薄い光の幕のようなものが灯り台を中心に広がり、休憩場所全体をぼんやりと包んでいた。

ミラは目を細める。

「……なに、これ」

輪郭ははっきりしない。目を凝らせば凝らすほど、橙色の光は霞んでいく。

何度か瞬きをすると、その光は見えなくなった。

残っているのは、鉄籠の中で燃える篝火だけだった。

「どうしたんですか?」

隣にいたリアが声をかける。

ミラはそちらを向いた。

「ん? ちょっと目の奥が熱くなって……」

「大丈夫ですか?」

「どうだろ。もう平気」

ミラは目元に指を当てる。熱はすでにほとんど消えていた。

もう一度篝火を見る。

さっき見えた橙色の幕は、どこにもない。

「……変なの」

小さく呟いた。

けれど、痛みも違和感も残っていなかったため、ミラはそれ以上深く考えなかった。


しばらくの間、一行は大きな灯り台の周囲で身体を休めた。馬に水を飲ませ、商人たちは荷の緩みを確かめる。レイたちも簡単に腹を満たし、水を飲んだ。

高い石造りの灯り台では、篝火が絶えず燃えていた。赤灰の谷の中に立つその火は、離れた場所からでもよく見えそうだった。

やがてバルドが空を見上げる。

「そろそろ行くぞ! ここから先も列を崩すな!」

隊商の者たちが動き始めた。

リアとミラも補給車へ戻る。荷台へ乗り込む前に、ミラは一度だけ篝火を振り返った。

瞳の奥に感じた熱は、もう残っていない。

橙色の炎だけが、鉄籠の中で変わらず揺れていた。

ミラはそのまま荷台へ上がった。

荷車が順に動き始める。

赤い鳥の隊商は燃え続ける篝火を背に、再び赤灰の谷の奥へと進んでいった。


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