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エテルナ ―星の涙と帰る光―  作者: Takeko
第6章 光の禁書庫
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次なる道

地下から戻るころには、神殿の外はすでに夜の帳に包まれていた。


高い回廊の窓から差し込む星明かりが、白い石床に静かに落ちている。


誰も口を開かなかった。


禁書庫で見たものが、それぞれの胸の内でまだ言葉になりきっていない。


やがて四人は、神官長タニヤの執務の間へ通された。


重厚な扉が閉じられる。


室内には燭台の灯が揺れ、壁に刻まれた星の紋が淡く浮かび上がっていた。


神官長タニヤは、机の奥で静かに四人を見渡した。


その眼差しは穏やかでありながら、深く、揺るがない。


「……戻りましたか」


低く落ち着いた声が、室内に静かに響く。


「報告を聞かせなさい」


セレスが一歩前へ進み、背筋を正した。


「神殿側の封印は、問題なく解錠されました」


「その奥に、大空間がありました」


タニヤの眉が、わずかに動いた。


「大空間……?」


「はい」


セレスは静かにうなずく。


「その中央に、さらに一つの扉が存在していました。神殿の封印とは異なります」


「壁も枠もなく、宙に浮かぶ灰色の扉でした」


室内の空気が、ほんの少しだけ重くなる。


タニヤはすぐには答えなかった。


その沈黙は、驚きだけではない。


長い間、閉ざされていたものの存在を確かめるような沈黙だった。


「……それで、開いたのですか」


低く、静かな声だった。


セレスは続けた。


「その扉はレイの星の涙の欠片と――光承の儀で授かった光に反応しました」


タニヤの視線が、レイへ移る。


「レイ」


「はい」


レイは小さく息を整えた。


「胸元のペンダントが震えました」


「それから、右手に光が集まって……鍵みたいな形になったんです」


言葉にしながら、レイは自分の掌を見つめる。


あの時の感触は、まだかすかに残っている気がした。


「たぶん、光承の儀でルミナスから受け取ったものだと思います」


タニヤは目を伏せた。


驚きはあった。


けれど、完全な予想外という顔ではなかった。


むしろ、どこかで覚悟していたことが現実になったような、深い沈黙だった。


「……そうですか」


やがてタニヤは、ゆっくりと目を開けた。


「レイ。あなたの光は、ただ強いだけではありません」


その声は静かだった。


「光承の儀でルミナス様に認められた時から、禁書庫が応じる可能性はあると思っていました」


一拍、間が落ちる。


「ですが……本当に、その扉が開くとは」


その言葉には、神官長としての冷静さと、祖母としての揺れがわずかに混じっていた。


セレスが報告を続ける。


「扉の先で、記録を導く存在と接触しました」


「自らを司書と名乗っていました」


タニヤの表情が、かすかに引き締まる。


「司書ですか」


短く、それだけを言う。


セレスはうなずいた。


「光の使徒への応答がありました。私たち同行者にも、断片的な応答が生じています」


タニヤの視線が、レイへ戻る。


「……何を見ましたか」


レイは息を整え、静かに答えた。


「最初に、世界の根を見ました」


「火、水、風、地、光、闇――六つの位相が巡って、世界を支えている光景です」


「それから、《みなもと》というものも」


タニヤは黙って聞いている。


レイは続けた。


「世界を巡る生命の流れのようなものでした」


「草木を育て、大地を潤して、風を運んで、命の奥で息づいているもの」


「六つの位相は、それぞれの形で《みなもと》を巡らせていました」


燭台の火が、静かに揺れた。


レイは一度、記憶を整理するように言葉を切った。


「そのあと、世界に生じている変調を見ました」


「森で異獣が生まれて、水が濁って、風が乱れて、大地が崩れていく」


「それは遠い昔の記録じゃなくて、今この世界に起きていることだと、司書は言っていました」


ミラが言葉を継ぐ。


「外から流れ込んだ濁り、だって」


その声には、まだ考え込むような硬さがあった。


「異なる世界から流れ込んだもの。それが、今この世界で起きている異変とつながっている」


タニヤの眼差しが、わずかに深くなる。


「異なる世界……」


レイは小さくうなずいた。


「星の裂け目の向こう側にある世界だと思います」


その言葉に、室内の空気が静まった。


タニヤは何かを察したように、静かに目を伏せる。


レイの胸元で、星の涙の欠片がほんのかすかに温もりを返したような気がした。


セレスが静かに続ける。


「禁書庫内の記録は、星刻文明にも接続しました」


「星の涙のレプリカ、蒼の神髄、蒼の神機、そして星刻文明末期の都市構造が示されています」


タニヤは目を細めた。


「星刻文明末期……」


ミラが一歩、前に出る。


「巨大な町でした」


「町全体に導管が巡っていて、その中心に星の涙のレプリカがあったんです」


「その力を使って、灯りとか、水とか、暮らしの道具を動かしていました」


ミラは少しだけ唇を噛む。


「でも、町を動かすには、ものすごい量が必要になる」


「だから星刻文明は、星の涙や世界の流れを、自分たちの手で制御しようとしたんだと思います」


その声には、遺跡を追う者としての熱だけではない。


知ってしまったものへの、かすかな恐れがあった。


「ガイの手帳にあった印も、同じ仕組みを示していたのかもしれません」


ミラはそこで言葉を切った。


それ以上は、まだ自分の中でも整理できていないようだった。


レイは拳を握った。


「それから……記録の中に、エクリプスという名前がありました」


その名を口にした瞬間、室内の空気がわずかに沈む。


タニヤの表情は大きく変わらなかった。


けれど、その瞳の奥に、確かな緊張が走った。


「エクリプス……」


レイはうなずいた。


「司書は、その名が記録の深層に残されていると言っていました」


「境界を観測し、境界の向こうへ手を伸ばした者」


「光だけでは届かない領域に、最も深く近づいた者だと」


タニヤはしばらく何も言わなかった。


やがて、静かに息を吐く。


「……聞き覚えのない名です」


その声は低かった。


「ですが、境界の向こうへ手を伸ばした者、ですか」


タニヤの瞳に、確かな緊張が宿る。


「その名が禁書庫の深層に残されていたのなら、軽んじることはできません」


リアは黙っていた。


禁書庫で見たものは、彼女にも見えていた。


世界の根。


濁り。


星刻文明。


エクリプスの名。


けれど、胸の奥にはまだ、言葉にならない静けさだけが残っている。


タニヤの視線が、リアへ向く。


「リア」


呼ばれて、リアは小さく肩を揺らした。


「はい」


「あなたは、何を感じましたか」


リアは少しためらった。


けれど、すぐに目を伏せず、静かに答える。


「……同じものは見えていました」


「世界の根も、濁りも、星刻文明の記録も」


そこまで言って、リアはそっと指先を握りしめた。


胸の奥に、置いていかれたような感覚が小さく沈んでいる。


それが悔しさなのか、不安なのか、まだリア自身にも分からなかった。


「……申し訳ございません」


声は静かだった。


けれど、その奥には、ほんのわずかな震えがあった。


「私は、何も感じ取れませんでした」


室内に、短い沈黙が落ちる。


タニヤはリアを見つめたまま、何も挟まなかった。


ただ、その言葉を静かに受け止めるように、ゆっくりとうなずく。


「……謝ることではありません」


リアは顔を上げた。


「ですが……」


「感じ取れなかったことも、今のあなたが禁書庫の前で受け取った事実です」


タニヤの声は穏やかだった。


「あなたは確かにそこに立ち、その記録を見届けた」


「そのことを、軽んじてはなりません」


リアはすぐには答えられなかった。


慰められたというより、まだ形にならない問いを渡されたような気がした。


けれど、その言葉は胸の奥で、ほんのわずかに揺れた。


タニヤは四人を見渡す。


「禁書庫が応答した以上、それは看過してよい兆しではありません」


燭台の火が、かすかに揺れた。


「ですが、忘れてはなりません」


「禁書は答えを与えるものではない」


「示すのは、あくまで進むべき方向に過ぎません」


レイは静かに顔を上げた。


「光の記録で示せるのは、そこまでだと言われました」


「世界の変調は、光の位相だけで読み解けるものではない、と」


タニヤは静かにうなずく。


レイは続けた。


「火や水、風、地のことも、ちゃんと確かめる必要があるんだと思います」


「それぞれの位相が、今どうなっているのか」


「それは、光の記録だけでは分からないそうです」


ミラが小さく息を吐く。


「だから、直接確かめに行くしかない」


「火なら火の場所へ、水なら水の場所へ」


その言葉に、タニヤは目を伏せた。


しばらく考え込むような沈黙が落ちる。


やがて、静かに口を開いた。


「急ぐべきではあります。ですが、慌ててはなりません」


四人は自然に姿勢を正した。


「禁書庫が示したのは兆しです」


「今この瞬間に世界が崩れるわけではありません」


「ですが、遠い未来の話でもない」


「だからこそ、備えを整えなさい」


その言葉には、神殿を預かる者の揺るがぬ重みがあった。


「焦って歩めば、見えるものも見失います」


「けれど、立ち止まったままでは、届くべき場所にも届かない」


静かな声だった。


だが、そのひと言ひとことが胸の奥へ深く落ちていく。


タニヤの言葉が静かに落ちたあと、室内に短い沈黙が残った。


その中で、タニヤの視線がふとリアに留まる。


リアは何も言わなかった。


けれど、指先はまだ小さく握られたままだった。


言葉にできない迷いと、置いていかれたくないという思いが、その姿勢に滲んでいる。


タニヤは静かに名を呼んだ。


「リア」


リアが顔を上げる。


「はい」


「お前も、この旅に同行しなさい」


リアの瞳が、わずかに揺れた。


「……私が、ですか」


「禁書庫で見たものを、ただ胸の内に沈めておくだけでは答えにはなりません」


タニヤの声は穏やかだった。


「感じ取れなかったというのなら、なおさらです。道の上で、見届けなさい」


リアは息を呑んだ。


驚きと、安堵と、まだ拭いきれない不安が、胸の奥で小さく重なる。


「ですが、私はまだ修行の途中です」


「分かっています」


タニヤの声が、神官長のものへ戻る。


「だからこそ、道中で守るべきことがあります」


「旅の間も、お前は神殿の巫女であることを忘れてはなりません」


「迷いが生じた時は、己の心を曇らせず、ルミナス様の教えに立ち返りなさい」


「独りで判断を閉じてはなりません。危ういと思えば、必ず仲間に告げること」


「そして、朝夕の祈りを欠かしてはなりません」


一拍置き、その声はさらに深くなる。


「――これを、お前の旅の条件とします」


リアは小さく息を震わせ、深く頭を下げた。


「……承知しました」


タニヤはそのまま視線を横へ移し、セレスへ向けた。


「レイ」


不意に名を呼ばれ、レイは顔を上げる。


「はい」


「セレスを同行させることに、異論はありますか」


レイはセレスを見た。


冷静で、無駄がない。


必要な時には迷わず前に出て、状況を見極めることができる人だ。


この先、何が待っているのか分からない。


けれど、彼女がいてくれるなら心強い。


「ありません」


レイは静かに答えた。


「セレスさんが来てくれるなら、心強いです」


セレスはわずかに目を伏せた。


その表情に大きな変化はなかったが、ほんの少しだけ肩の力が抜けたようにも見えた。


タニヤは小さく頷く。


「では、正式に命じます」


「セレス」


呼ばれた瞬間、セレスは即座に姿勢を正す。


「はっ」


短く、無駄のない応答。


タニヤは静かに告げる。


「お前は引き続き、この一行に同行しなさい」


その言葉に、室内の空気がわずかに引き締まる。


それはリアのような許可ではない。


明確な命令だった。


「これは護衛任務であると同時に、観測任務でもあります」


「禁書庫が示した異常の性質上、外部と内部の双方からの干渉が予測される」


「お前はその記録と現実の両方を見届けなさい」


セレスは一瞬だけ目を閉じる。


そしてすぐに、静かに答えた。


「承知しました」


そこに迷いはない。


感情の揺れもない。


ただ任務として受け入れる、確定した意思だけがあった。


タニヤはわずかに頷き、四人へ視線を戻す。


「準備を整えなさい」


「旅は、思い立っただけで踏み出してよいものではありません」


「禁書庫が示したものを、道の上で確かめるためにも――備えは怠らぬことです」


燭台の火が、静かに揺れる。


「旅立つ覚悟が定まったなら、そのとき改めて私に知らせなさい」


最後に、その眼差しがほんのわずかに和らいだ。


「……無理はしてはなりません」


そのひと言には、神官長としての厳しさと、祖母としての静かな温かさが同時に滲んでいた。


四人はそろって一礼し、執務の間を後にした。


回廊の外には、夜の星空が静かに広がっていた。


禁書庫で見た断片は、まだ胸の奥に残っている。


世界を巡る《みなもと》。


外から流れ込む濁り。


星刻文明。


星の涙のレプリカ。


エクリプス。


そして、火、水、風、地の位相。


それらはまだ断片でしかない。


だが、確かにどこかへ続いている。


レイは胸元の星の涙にそっと触れた。


そのとき――。


ほんのわずかに、温もりが返ってきた。


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