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とてつもなくいたたまれませんわ

 ふと、目が覚めました。なにかしら、とても目が明けづらいの。皮膚が引き攣るような、そんな違和感を感じますわ。

 その原因に思いを馳せていると、ふと昨晩のことが思い出されました。


「アディ!」


 慌てて起き上がると、胸元に頭を寄せるようにしてアディが寝ています。頬にかかる銀糸のような髪をどけると、安心しきったような寝顔が現れますわ。呼吸にも乱れは感じられません……ああ、よかった。本当によかったですわ!

 安堵のため息をつくと、天蓋の向こうから侍女のミシェルの声がいたしました。


「奥様、お目覚めでしょうか」

「ええ」

「もし差支えなければ、開けさせていただきたいのですが……お嬢様のご様子はどうでしょうか。旦那様からは問題ないと伺ってはおりますが」


 わたくしが動いても、アディはまだすやすやと寝ております。昨日の狂乱が嘘のように、普段通りの寝顔ですわ。大丈夫……だとは思うのですけれど。


「お嬢様がお目覚めになられたら、侍医をお呼びいたします。その前に奥様の身支度をさせていただきたく……」

「ええ、お願いするわ。アディはまだ寝ているから、わたくしがそちらに参ります。だから寝台は暗くしたままでお願いね」


 アディを起こさぬようそっと寝台を抜けると、ミシェルの隣で待ち構えていたポーラとエミリーの手で身支度をいたします。残していくアディが気になったけれど、アディ付きのハンナとニコラが側にいてくれる様子なので、ここは任せましょう。ミシェルはレイラを呼びに一旦部屋を離れるみたい。


「目元の手入れをさせていただきますね」


 鏡の前に座り、ようやく自分の目元が腫れていることに気付きました。戸惑うわたくしをなだめるように、エミリーが優しくお湯で濡らした布で目元を押さえます。……あったかい。

 お湯で温めた布と、冷水で冷やした布を交互に当てられると、目元の腫れが少しだけ落ち着いたみたいです。そのままクリームを塗られて、マッサージをされると……気持ちよくて寝てしまいそう。エミリーのマッサージは本当に上手なの。

 それにしても、こんなに目元が腫れることなんて今までなかったのに……どうしてかしら。


「あ」


 思わず声を上げてしまいました。そう、そうです……なんで忘れていたのかしら、わたくし!

 嫌だわ、どうしよう……恥ずかしくて隠れてしまいたい。あんな醜態を晒すなんて、今までしたことがなかったのに!

 顔を両手で覆いたくなりましたが、肌の手入れをしてもらっている最中のため、どうにもできません。ああ、本当に、これからどうしたら! ギデオン様に合わせる顔がありませんわ!


「奥様、本日の予定の確認に参りました」


 エミリーとポーラに手入れされていますと、ミシェルに呼ばれたレイラがやってきました。わたくしの予定の管理をしてくれているレイラの前で変な顔はできませんわ。公務に当たる気持ちで、鏡越しに彼女の顔を見ます。


「本日は予定通り、お身体を休めつつ、お嬢様と贈り物の確認をいたします。お礼状の書き方を練習するとおっしゃっていましたが、そちらは明日に繰り越すよう、旦那様から申し付けられております。その代わり、三人でお茶がしたいと仰せですが……よろしいでしょうか」

「無理!」


 思わず声を上げてしまいました。はしたない! 淑女にあるまじき行いです。でも、無理なの! 今のわたくしには、ギデオン様に合わせる顔がないのです!


「では、明日にできるか打診して参ります。……お食事は、お部屋で取られますか?」

「……お願いするわ」


 とにかく、ギデオン様にはお会いしづらいの。でも、アディの診察が終わるまでに落ち着かないといけませんんわね。ギデオン様はアディの父、様子をご報告しないわけにはまいりませんもの。

 それにしても、アディは本当に大丈夫かしら。よく眠っているけれど、ちゃんと起きるかしら。今すぐ起こして無事を確認したいけれど、無理強いしてはいけないわ。ああ、早く起きて、いつもみたいな笑顔を見せてほしい……!


「奥様、お嬢様がお目覚めです」


 化粧を施されながら、アディの様子に思いを馳せていると、アディについていたニコラがわたくしを呼びに参りました。思わず腰を浮かしかけるけれど、駄目よ落ち着いてリディア!


「! ええ、ええ、今参りますわ! エミリー、動いても大丈夫かしら?」

「髪結いは後にいたしましょう。さあ、お嬢様の元へ」


 化粧の手も判断も早いエミリーが、さっと肩にかけていた汚れ除けの布を外してくれました。ポーラの手を借りて立ち上がると、そのまま寝室に続いている扉まで早歩きで参ります。そうでしたわ、昨晩は走ってしまったのよ。淑女にあるまじき行為ばかりしてしまった気がするわ……。


「アディ、おはようございます」


 深呼吸をひとつしてから、扉を開けます。寝台の上で、アディがいつも通りの笑顔を浮かべたのが見えました。ああ、ああよかった……! 神様、ありがとうございます!


「リディ、おはよう!」

「具合は悪くありませんか?」

「? わたし元気だよ?」


 きょとんとした様子のアディに、胸をなでおろします。本当に大丈夫そう。ですが、お医者様に診ていただくまでは安心できませんよね。


「昨晩うなされていたようなので、お医者様に診ていただきましょうね。どこも悪くないようでしたら、わたくしと一緒に朝食を取りましょう?」

「昨日、なにかあったの?」

「……覚えては、いませんの?」


 わたくしの問いに、アディは元気よく首を横に振りました。元気だよ!と笑顔を見せてくれたので、嬉しくなります。思わず抱きしめてしまいましたわ。


「リディ、バラの匂いがするね」

「昨夜のお湯のおかげでしょうか。アディもいい香りでしてよ」

「昨日は楽しかったぁ!」


 たまらなくなって、ぎゅっと腕に力を込めてしまいました。この可愛い子が無事で、本当に良かったです……!


  ◇


 お医者様の見立てでは、特に健康に問題はない様子。アディくらいの幼い子どもには、たまにあのような症状が現れることもあるそうです。驚いたことに、アディは昨晩のことをなにも覚えていませんでしたのよ。まぁ、健康に問題がないのならば、それも些細なことですけれども。


 ミシェルの判断で、ギデオン様へはお医者様から報告を上げていただくことになりました。そちらの手配はすべてミシェルに任せて、ヘレンとホリーが準備してくれた朝食をアディといただきます。

 焼き立てのパンがいい香りですわね。サラダにかかったドレッシングは梨かしら? 産地で有名なのはシェンナー領でしたわよね。エインズワースからさほど離れておりませんから、新鮮な果実が手に入れやすいのかもしれませんわ。ああ、甘みと酸味がおいしいですわね……!

 そんな風に思っておりますと、同じくサラダを口にしていたアディが嬉しそうに笑いました。


「サラダ甘いね」

「ええ、爽やかでおいしゅうございますわね」

「梨?」

「よくわかりましたわね! わたくしもそう思っていたところですの。シェンナーの梨かしらって」

「しゃりしゃりしてておいしいね」


 思ったものが同じだったのが嬉しかったのか、アディの笑顔がさらに花開きます。この笑顔をまた見れて、本当に嬉しい……!


「オムレツもおいしい」

「バターがいい香りですわ」

「チーズ入ってるね」

「シークのチーズかしら。チーズはアディの好きなものですから、たくさん入っておりますわね」

「えへへ、嬉しい」


 アディはチーズが入った料理を好みます。柔らかく伸びるものがおいしいみたい。葡萄酒の肴として食べるような香りの強いチーズはまだ食べさせたことはありませんけれど、あちらも好むのかしら。

 一方で、やっぱりわたくしの一番好きなものは、アディの笑顔ですわね!


「葡萄、昨日のと一緒かな」

「そうですわね、多分同じ種かと存じますわ。おいしい葡萄でしたから、嬉しいですわね、アディ。種類に関しては、後で答え合わせさせていただきますか?」

「うーん、そうしたいかも。図書室に図鑑を見に行ってもいい?」

「図鑑は寝室に運んでいただきましょうか。昨日はダンスもいたしましたし、今日はゆっくり過ごしませんこと? そうそう、皆からの贈り物を確認しましょうね」

「! そうだった! たくさんもらったのよね。ふふふ、なにが入ってるのかなぁ。あ、昨日うさぎさんの絵本あったよね? わたしそれが見たい!」


 数えきれないほどの贈り物の山を思い出したのか、アディが頬を赤らめます。


「ええ、ええ、一緒に見ましょうね。それと、明日から贈り物をくれた皆様に、カードを書きましょう。特に王都邸の者たちはアディが喜んだ顔を見れておりませんから、ちゃんと伝えてさしあげませんと」


 贈り物に対してお礼状を書くのは礼儀作法の一環として必要なことですから、これをきっかけに覚えていただきたいところですね。たくさんあると見るのも書くのも大変なので、急ぐ相手ではない今回はいい経験となるでしょう。

 そんな風に予定を立てておりますと、アディが無邪気に言い放ちました。


「お父様とも見たいな!」

「え……」


 ギデオン様。


「そ、そうですわね……ご予定を、確認してみましょうか」


 どぎまぎしながらそう伝えると、側で控えていたレイラが一礼して部屋を出ていきます。待って! 本当に伝えるんですの!? わたくしまだ心の準備ができておりませんのに!


「奥様、紅茶のお代わりは召し上がられますか?」

「ええ……お願い」


 ヘレンの優しさに頷きながら、わたくしは困惑しておりました。

 どうしましょう。どんな顔をしてお会いしたらいいのかしら。目元の腫れは押さえてもらったけれど、本当に大丈夫かしら。

エミリー「奥様、お顔が真っ赤ですわ。あー可愛い」

ポーラ「旦那様に会うのが恥ずかしい奥様、可愛すぎる」

レイラ「私、旦那様にこの可愛さを伝えるべきじゃないかしら」


侍女はある程度年齢がいった女性が起用されているので、皆リディアより年上です。

年頃の可愛い女の子が照れていたら、こっそり愛でるしかないな……!

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