挿話:その頃、王宮では
第一王子フィリップ・ウィア・アーチデイルが北の離宮に幽閉され、側妃リリベルが療養のため実家に戻るという名目で領地内の修道院に入れられ、公爵令嬢リディア・アークベリーが王宮を去ったのち。
ティレット王城は、混乱を極めていた。
王子たちは単身、もしくは婚約者と共に公務を行うため、そこそこ公務の量は多めだ。国内外の式典や視察に回ったり、交流を深めたり、内容も多岐に亘る。
フィリップ王子の婚約者であるリディアが非常にできる人材だったために、元から三人いる王子の中でも第一王子の公務負担は大きかった。
だから、フィリップ王子と、特に婚約者であるリディアが抜けた穴は大きかった。
ティレット王国において、国王の公務は最低限に絞られている。本来ならば国王が行う業務の大半を王妃が担い、その補助を第一王子の婚約者としてリディアが行っていたから、残された王子のうち、王妃の子である第三王子はその分の業務も回ってきて悲鳴を上げた。
リディアに支えてもらうことで業務を回していた王妃はこれ以上仕事を増やせず、優秀なものの頑健でない第三王子は無理をすることができず、結果放逐された母親の罪を償う名目で第二王子が手伝うことになったのだが、これもなかなかうまくいかなかった。
表立っては罪を明らかにすることはできなかったものの、第一王子を追い落とすために罠にかけた側妃の罪はそこそこ大きかった。結果論ではあったが、第一王子が王室に残れないくらいの顛末になってしまったため、これ以上の混乱を防ぐためにも側妃はその地位を追われることになったのだ。
だから第二王子であるスティーヴンは、もとより側妃の子であるため継承権は第三王子のランドルフより下であったが、王室を乱した母のせいで王位を継ぐことはさらに難しくなった。そのせいで公務の比率は第三王子を上回ることは許されず、その縛りの中で王妃の補佐もしなければならない。結果、王宮に詰めて書類作業をすることが増えた。
さらに、そこに側妃が抜けた分の業務が加わった。王妃と違って側妃の仕事は多くない。基本が国王の心を安らげ、子を産むことが仕事だからだ。
だが、王族の一員としてやはり多少なりとも公務に顔を出していたし、国王の補助で多忙な王妃に代わり社交界を治めていたから、その分の仕事は第二王子、第三王子の婚約者たちに振られた。若年の彼女たちの補佐にそれぞれの母親が付き添うことでどうにか回しているが、王家の威信のがたつきはそこでも見られている。
直系王族だけで回せなくなったため、王位継承権のある高位貴族に助けてもらうことになったのだが、期待されていた筆頭公爵のエインズワース家が抜けた。
元は当主である公爵の有能さに期待がかかったのだが、よりによって第一王子と側妃の被害者であるリディア・アークベリーの嫁ぎ先がエインズワース家となったのだ。王妃教育まで進んでいたリディアを国王の側妃に上げる案が出たところでの急な結婚だったため、アークベリー公爵の意思が強く働いていたことは間違いないと思われた。
それでもエインズワース公爵は、しばらく宰相室の業務と並行して王族の公務をさばいてくれていたのだが、過労がたたって病身となり、領地へ戻ってしまった。
リディア夫人とその後ろ盾であるアークベリー公爵家の手前、それ以上エインズワース公爵に助けてもらうことは不可能だったため、残った公爵家であるアークベリー、セントレス、フィーガシュー、バークレーの四家を頼むことになったのだが、まずこの件では王家が強く出れないアークベリー公爵家は利となる公務のみの承諾となり、残りを王妃の生家であるフィーガシュー公爵家、第二王子の婚約者の生家であるセントレス公爵家と第三王子の婚約者の生家であるバークレー公爵家が残りを担うことになった。
だが発言権が強まる業務や利権が絡む業務はアークベリー公爵家に抑えられているために、負担ばかり大きくなっている。
特に第二王子の婚約者の家であるセントレス家からはひそかに婚約解消が申し込まれており、それに伴って公務の負担も変わるため、王妃を始めとした王族は皆、頭を抱えていた。
◇
(どうしたらよかったというの)
ティレット王妃であるカタリナ・テナ・アーチデイルはため息をついた。我が子の不始末が原因とはいえ、八方塞がりで始末に負えない。
夫であり国王でもあるジョナスが使える人材であったならこうはならなかった。カタリナは本来の王妃業務だけをしていればよかったはずだし、余裕がある分息子たちにも目を配れたはずだし、側妃になど首を突っ込ませたりしなかったはずだ。
使える人材がいない。それがこれほどまでに自分を追い詰めるとは思わなかった。王妃たるもの優秀であれと教育された彼女は、王家やまわりに求められるまま優秀な王妃となり、足りない国王を佐けて国を動かしていた。やりがいのある仕事だと思っていたのに、支える柱であったリディアが欠けただけでこれほどまでに困窮するとは。
リディアの元にも、フィリップの元にも、手駒となる人材は置いていたのだ。だがカタリナが多忙で把握がおざなりになると、待っていたとばかりにそれは毒婦の手にかかって堕ちていた。
自分の優秀さに安心しきっていた。リディアの真面目さに油断していた。ジョナスの無能さを舐めていた。
言葉に出さずとも、カタリナやまわりが無能であると侮っていたのが伝わっていたのか、ジョナスはことさら側妃であるリリベルを可愛がり、甘やかしていた。継嗣となる王子を二人設けていたカタリナは、お役御免とばかりにジョナスの面倒をリリベルに任せ、国にかかりきりになっていたのだ。
国しか見ていなかったから、足元をすくわれた。よりによって、夫に。夫が甘やかす側妃に。
(本来なら、ジョナスこそ幽閉してしまいたかった)
平民に入れあげ、孕ませ、許可もなく公爵令嬢との婚約を破棄したといえども、本来ならフィリップを幽閉まで追い込まなくてもよかった。リディアは公爵令嬢であったけれど、浮気相手の娘は取るに足らない平民だ。リディアとの婚約解消後、平民の娘は一旦愛人に押し込め、フィリップの妃には似たような貴族の娘をあてがえば行けたはずなのに。
なのに、あの馬鹿が引っ掻き回して、フィリップを壊した。
ジョナス王は、平民の恋人でなければ結婚しないと言い張った息子の前で、いたずらにその恋人の首を刎ねた。血にまみれた剣を近衛に戻しながら、こんなゴミに惑わされる息子などいらぬと嗤った。
壊すために。
カタリナを傷つけるために。
だから、カタリナも奪った。ジョナスが可愛がっていたリリベルを、全力を持って叩き潰した。リリベルの息子であるスティーヴンが王位につけないよう、様々な醜聞もおまけに付けて毒婦を修道院に押し込めた。ジョナスがひそかに狙っていたからこそ、リリベルの息子であるスティーヴンの王位継承権に枷をつけた。
そのせいで後ろ盾になるはずだったセントレス公爵家はスティーヴンから手を引こうとしている。後ろ盾がなく、瑕疵のあるスティーヴンは、相当なことがなければ王にはなれない。カタリナの息子の補佐として生きる道しかないのだ。
しかしながら、カタリナに残されたランドルフは身体が弱い。無理をすればすぐ熱を出す。だからできたらフィリップを呼び戻したいのだけれど、婚約者の優秀さに自信をなくし、父親によって病ませられた長男は離宮で休ませるしかない。ほとぼりが冷める頃には復活してほしいけれど、多感な時期に叩きのめされたフィリップがどれくらいで回復するか、カタリナには見通せなかった。
(スティーヴンを消す? いいえ、表立って後ろ暗いことをすれば、それを口実にあの子たちが貶められる可能性がある。ランドルフの身体が強くなるか、フィリップが持ち直してくれなければ駄目だわ)
ジョナスの蛮行は、幸いなことにカタリナとフィリップ、そして王の警護をしていた近衛隊長のみしか見ていない。近衛隊長はカタリナの手の者だ。フィリップやリディアのまわりのものとは違い、近衛隊長は王に近しいものだからこそ、常に敵の手に落ちないよう目を配っている。
だから、フィリップが心を病んで使えなくなったことは、外には漏れていないはずだ。対外的にはアークベリー公爵家への謝罪の一環として、一定期間幽閉していることになっている。
(ジョナスの健康を害す速度を速めよう。毒は駄目。足がついてはいけない。暴飲暴食から病を得てもらわないと。幸いなことにすでに大分体力は衰えている。子を産まない処置をした若い娘を宛がって荒淫に励ませて、再び表に出てこないようにしなくては)
犠牲となる娘には申し訳ないが、国のために身をささげてもらうしかない。これは父であるフィーガシュー公爵に任せよう。家門のうちで適任はいないだろうか。いや、罪のない娘に子を孕まない処置をするより、王の種を断つ方が人道的ではないか。それとなく、薬を飲ませ続ければ、あるいは。
(国のため、次代のため……やるしかないのだわ)
もう一人自分が王子を産むことも考慮に入れつつ、カタリナは深いため息を再びついた。
無能な王。有能な王妃。
平凡な第一王子。有能な婚約者。
王妃カタリナの現状は、リディアがたどるかもしれなかった未来でした。無能な働き者が一番始末に悪い。
そして実は壊れていたフィリップ王子。




