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花語探偵、蕾は囁く  作者: Futahiro Tada
第五章 桜の約束

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四 光の中に芽吹く約束

四 光の中に芽吹く約束


 夜の帳が桜並木を包み込み、街灯の柔らかな光が地面に影を落としていた。

 誠司と蕾は、夜桜の淡い輝きを背に、小径を歩いていた。

 桜の花びらがやわらかく風に揺れ、石畳に舞い落ちている。

「ねえ、誠司……」

 蕾が静かに呼びかける。

「うん?」と、誠司。

「私、これからどうしたらいいのか――わからなくて」。

 彼女の声は小さく震えていた。

 灯りに映る彼女の瞳には、ほんのわずかな不安が揺れている。

 誠司は立ち止まると、蕾の顔をまっすぐ見た。そして告げる。

「迷うのは、当たり前だよ。俺だって先が見えなくて、不安になることだってある」

 その言葉に、蕾はそっと頷く。

「でも、お前と咲くという約束がある。それだけで明日が少し見える気がするんだ」

 誠司は優しく言い、彼女の手をしっかりと握った。そしてさらに続け、

「だから、俺らは歩き続ければいい。一歩ずつでいいんだよ」

 そのとき、桜の花びらが二人のあいだにふわりと舞い降りた。


 ---


 闇夜に照らされる桜のトンネルは、昼間と違う美しさを放っていた。

 灯篭の光が花びらに反射し、地面に淡い模様を描いている。

 その景色は、まるで時間そのものを閉じ込めたようだった。

「誠司、この桜……夜の方がきれいかもしれないね」

 蕾がそっと呟く。

「うん。昼間は誓いを感じるなら、夜は二人の未来を感じるな」

 誠司はそう言って、手を差し出した。

 蕾は微笑み、はいと頷くとその手を取った。

 空気が一瞬だけ揺れ、遠くで子どもの歓声が聞こえた。


 ---


 しばらく歩くと、小さなほこらのような建物が見えてきた。

 約束の桜を植えた場所のそばにひっそりと佇む祠の扉は半開きで、内部には小さな箱と、一輪の桜が供えてあった。

「これは……?」

 誠司が静かに訊いた。

 蕾はふたりの花の苗木を見て、微笑んだ。

「桜の箱を作ろうと思ったの。この先、どこへ行っても、ここに帰ってくる場所があるという証として」

 その言葉に、誠司は胸がぎゅっとなった。

「すごく素敵なアイデアだな」

 彼は静かに頷き、蕾の手にそっと触れた。

「ありがとう。ふたりの物語をここに刻めるようにしたかったの」

 と、蕾は嬉しそうにうなづいた。

 誓いの箱は、木製で手彫りの模様が施されていた。

 ふたりはその前に立ち、深呼吸をして心を落ち着けた。


 ---


「じゃあ、ここで芽吹きの誓いをしましょうか」

 蕾が頷き、箱を開けると、中には小さな苗木の種と、いくつかの花びらが入っていた。蕾はさらに続けて、

「これは、芽吹いて──育つための準備の誓い。毎年一歩ずつ、ふたりで成長していく誓い」

 誠司もうなずき、「俺も誓いを言うよ」と言って小さな声で続けた。


 ---


 誠司の誓い──

 「これから、君とどんな風が吹いても、嵐が来ても、お前を護り、支え、咲かせ続けることを誓います」

 その言葉は夜風に乗って静かに祠の中に響き渡った。


 蕾の誓い──

 「私は、あなたと出会った日から、ずっとずっと咲き続ける花でありたい。どんなに小さくても、どんなに短くても、あなたと共にいるために咲き続けることを誓います」

 その言葉が夜の桜に溶けるように、ふたりの心に灯火をともした。


 ---


 約束の祠に手を合わせた後、ふたりはそっと手を取り合い、祈りのように目を閉じた。

 静寂の中、風がふたりを包み、小さな苗木の種がそばで未来を夢みているように思えた。

 その夜、桜並木は二人の誓いに応えるかのように、風に揺れてほのかに光っていた。

 その翌朝、再び公園を訪れると、空は澄み渡り、風も穏やかだった。

 提灯は外され、桜は淡く輝く初夏の日差しを浴びていた。

 誠司が苗木の種に水を注ぎながらつぶやいた。

「これから、どうしようか?」

 蕾はふと笑って誠司の顔を見ながら言った。

「……旅は続くよね。これまでのように、花を探して、誰かの記憶に触れて、祈りに耳を澄まして」

 それを受け、誠司も笑顔で答えながら答えた。

「うん。でも、家ができたんだ。俺らの約束を育てる場所が、この祠にはできた」

 それを聞いた蕾の瞳が潤んだ。

「こんな素敵な場所……誓司、あなたらしいね」

 その言葉に、誠司はにっこりと微笑んだ。


 ---


 その日、公園のベンチでふたりは、一路これからの計画を話し合った。

 花びらがひらひら落ち、初夏の鳥たちがさえずり、春の終わりと新たな季節の始まりが混ざり合っていた。

「次は、どの花を追いかけようか?」と蕾が問いかけた。

 誠司は少し考えて、答えた。

「…桜より長い時間を咲く花かな。季節問わず咲くもの──たとえば…サクララン(桜蘭)とか」

 蕾は興味深そうに首を傾げたが、すぐに笑った。

「素敵。長く咲いてもらおうね、誓いの花として」

「ふたりの時間を、花に咲かせよう」

 と、誠司もゆっくり頷いた。

 視線を交わすと、そこには確かな信頼と未来への期待が織り込まれていた。

 午後になり、公園には人々の笑顔が戻っていた。

 桜の季節は終わるが、祠の前を通る人々はふと立ち止まり、小さく拍手を送っていた。

 その場面を見つめながら、誠司が蕾の肩に軽く寄り添った。

「花は、いつも人の気持ちを写す鏡だって改めて思ったよ」

 蕾はそっと微笑みながら答えた。

「それって、私たち自身も同じかもしれないね。互いに咲かせあう存在になっていくのかも」

 風がそっとふたりを包み、桜の花びらが静かに舞い降りた。

 その花びらは、ふたりが未来を歩む道を祝福しているようだった。

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