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007話 異世界人、うどんを知らない


 フードコートは、静かだった。

 照明は一部だけ。

 空調も弱い。


 それでも、食品売り場しか動いていなかった頃と比べれば、別世界だった。

 悠真は厨房の中を歩き回る。


 ステンレス台。

 シンク。

 冷蔵設備。

 券売機。


 どれも見慣れた光景だ。

 だが、異世界の中では異物でしかない。


「……本当に店だな」


 後ろからレティシアが呟く。

 彼女は警戒した様子で周囲を見回していた。


 巨大な空間。

 整然と並ぶ机。

 見たこともない設備。

 異世界人から見れば、古代文明の遺跡にしか見えないのだろう。


「その厨房、本当に使えるのか?」


「たぶんな」


 悠真はうどん店の厨房へ入る。

 コンセントは生きていた。

 給水設備も動く。

 ただし、一部だけだ。


「営業可能店舗:一」


 という表示の意味も、なんとなく理解できた。

 全部は使えない。


 だが、一店舗だけなら営業できる。

 ショッピングモール側が、少しずつ機能を解放しているのだ。


「……よし」


 悠真は乾麺のケースを開けた。

 幸い、乾物系はまだ使える。


 問題は出汁だった。


「冷蔵食材はほぼ全滅か……」


 停電時間が長すぎた。

 生ものは使えない。

 だが逆に言えば、保存系だけでどこまでやれるか試せる。


「それは何だ?」


 レティシアが乾麺を覗き込む。


「うどん」


「……白い紐?」


 ひどい言われようだった。


「料理になるから待ってろ」


 鍋へ水を入れる。

 火を点ける。

 その瞬間。


 レティシアが目を見開いた。


「……っ!?」


「ん?」


「ま、魔石も無しに火が……」


「あー……」


 そういえば、この世界では火は基本的に魔法か薪なのかもしれない。

 ガスコンロなんて未知の技術だ。


「これも遺跡の力か?」


「まあ、そんな感じ」


 説明できる気がしなかった。


 湯が沸く。

 乾麺を投入する。

 数分後。

 出汁の香りが広がり始めた。


 その瞬間だった。


「……なんだ、この匂い」


 レティシアの声が少し変わる。

 焼きそばほど刺激は強くない。

 だが、出汁の香りは独特だ。


 優しい。

 温かい。


 この世界には無い匂いだった。


「それ、肉じゃないのか?」


「魚とか昆布とか」


「コンブ?」


 当然通じない。

 悠真は苦笑しながら器へうどんを盛り付ける。


 トッピングは簡素だ。

 乾燥わかめ。

 保存できる天かす。


 それだけ。

 だが。


「……完成」


 湯気が立ち上る。

 レティシアは無言で固まっていた。


「食う?」


「…………」


「なんで警戒してるんだ」


「いや、お前の料理は毎回予想を超えてくる」


 レティシアは慎重に椅子へ座る。

 その様子を見て、悠真は少し笑った。

 異世界の女騎士が、ショッピングモールのフードコートでうどんを待っている。

 状況が意味不明すぎる。


「……いただきます」


「なんだそれは」


「食べる前の挨拶」


「変な文化だな」


 レティシアは恐る恐る麺を持ち上げた。


「長いな」


「啜って食べる」


「すす──」


 ずるっ。


「っ!?」


 レティシアが目を見開く。


 もう一口。

 さらにもう一口。


 今度は完全に無言だった。

 悠真は少し緊張しながら反応を待つ。

 焼きそばと違い、うどんは派手ではない。

 日本人には馴染み深い味だが、この世界でどう受けるかは未知数だった。


 やがて、

 レティシアが、小さく息を吐く。


「……優しい」


「え?」


「焼きそばほど暴力的じゃない」


「暴力的」


 感想が独特すぎる。


「でも、温かい」


 レティシアは器を見つめる。


「体に入っていく感じがする」


 悠真は少し驚いた。

 その感想は、日本人の感覚にかなり近い。


「汁まで飲めるのか?」


「まあ普通は」


 レティシアは恐る恐る出汁を飲む。

 そしてまた固まった。


「……塩辛くない」


「うどんだからな」


「なのに味がある……」


 悠真はそこで気づく。

 この世界、旨味文化が薄いのか。

 香辛料か塩味が中心で、“出汁”という概念がほぼ存在していない。


「……これも売れるな」


 思わず呟く。

 するとレティシアが真顔で頷いた。


「確実に」


 しかも焼きそばとは方向性が違う。

 焼きそばが“衝撃”なら、うどんは“安心感”だ。

 客層を分けられる。


「……店、できるかもしれないな」


「店?」


「このフードコートで」


 悠真は周囲を見回す。

 大量の席。

 複数の店舗。

 現代基準なら古びたフードコートだ。


 だが、この世界では革命に近い。

 選べる料理。

 清潔な空間。

 大量の客席。

 しかも。


「回転率が段違いだ」


「カイテン率?」


「一度に何人捌けるか」


 この世界の飲食店は、基本的に小さい。

 席数も少ない。

 調理速度も遅い。

 だがフードコートなら違う。

 一気に客を回せる。


「……本当に、この世界変わるかもな」


 悠真がそう呟いた時だった。

 ガコン。

 突然、フードコート奥の照明が点灯した。


「っ!?」


 レティシアが立ち上がる。

 さらに。


 ガガガ……。


 閉じていた隣店舗のシャッターが、ゆっくり開き始めた。


『営業実績を確認』


 無機質な声が響く。


『新規店舗を開放します』


 悠真は思わず息を呑んだ。

 シャッターの向こう。

 そこに見えた看板は。


「……牛丼屋?」


 次の瞬間。

 レティシアの腹が、盛大に鳴った。


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