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001話 女騎士、カップ焼きそばに敗北する


 ショッピングモールと共に変な場所に来てから、体感で三時間が経っていた。


「……落ち着け、俺」


 悠真は食品売り場の床に座り込みながら、深く息を吐く。

 とりあえずわかったことは三つ。


 一つ。

 ここは日本ではない。

 ……たぶん。


 二つ。

 ショッピングモールは昨日の一部だ生きている。


 そして三つ。


「腹、減った……」


 空腹は世界共通で最悪だということだった。


 時計は止まっていた。

 スマホも圏外。

 電機は食品エリアの一部だけ。

 館内放送もエレベーターも死んでいる。


 ただし。


「食品だけ使えるって、どういう仕様なんだよ……」


 冷蔵ケースは動いていた。

 証明もつく。

 電機ケトルまで使える。


 まるで『生き残るために最低限必要な機能だけ残した』みたいだった。


 悠真は棚からカップ焼きそばを手に取る。


 激辛ソース味。

 売れ残りの山。


「……これ食ったら、少し落ち着くか」


 電機ケトルで湯を沸かす。

 湯気が立つ。

 その光景だけで、三分待つ。

 ソースを絡める。

 

 香りが広がった瞬間。


「やっぱうまそうだな……」


 異世界だろうが何だろうが、カップ焼きそばはカップ焼きそばだった。

 割りばしを持ち上げた、その時。


 ーーガシャン!!


 入り口付近から、激しい音が響いた。


「!?」


 悠真は反射的に立ち上がる。

 誰かいる。

 人間か。

 それとも。


 警戒しながら売場の陰からのぞく。

 すると。


「……なんだ、ここは」


 銀髪の女性が立っていた。

 年齢は二十歳前後。

 白銀の鎧。

 長剣。

 そして、透き通るような青い瞳。


 コスプレーーーではない。

 本物だ。

 空気が違う。


 その女は、崩れた自動ドアをにらみながら、ゆっくりと店内へ入ってきた。


「遺跡……?いや、違う」


 女は周囲を見回す。


 そして。

 食品売り場の照明に気づいた。


「明かり……?」


 視線が合った。

 数秒の沈黙。

 

 次の瞬間。

 女が剣を抜いた。


「動くな!」


「うおっ!?」


 悠真は思わず両手を上げる。


「ま、待って!俺は敵じゃーーー」


「妙な服装だな。どこの間者だ」


「いや日本人……じゃ通じないか」


「ニホン?」


 女はさらに警戒を強める。

 だが。

 言葉は通じていた。

 完全ではないが、なぜか意味が理解できる。


「……お前、人間か?」


「そっちこそ」


「質問に答えろ」


 検査機が近づく。

 怖い。


 本物の殺気だった。

 悠真は慌てて後退する。


「ちょ、ほんと待って!俺も状況わかってないんだって!」


「怪しい遺跡に一人でいた男の言葉を信用しろと?」


「遺跡……?」


 その言葉に、悠真は少し引っかかった。

 

 このショッピングモール。

 この世界では、そう見えるのか。


「……」


 女騎士は無言で周囲を見る。

 

 棚に並ぶ商品。

 見たことのない放送。

 生前と並ぶ陳列。

 異質すぎる空間。


 当然だ。

 異世界人から見れば、ここは完全に道の文明だ。


「その手に持っている物はなんだ」


「え?」



「毒か?」


「焼きそばだけど」


「ヤキソバ?」


 通じない。

 当然だった。


「食べ物。……食う?」


「断る」


 即答。

 

 だが。

 その瞬間。


 ぐぅぅぅ……。


 静かな店内に、間抜けな音が響いた。


「……」


「……」


 女騎士の顔が赤くなる。


「今のは違う」


「いや腹減ってるじゃん」


「違う!」


 剣を向けたまま怒鳴る。


 だが、悠真は少し安心した。

 少なくとも、人間らしい反応をする。


「……毒見ならするよ」


 悠真はヤキソバを一口食べた。


「うま」


 安心する味だった。


 ソースの香り。

 濃い味。

 ジャンクな油。


 こんな状況なのに、少し泣きそうになる。


「……」


 女騎士は黙ってそれを見ていた。


 警戒。

 困惑。

 そして空腹。


 全部が顔に出ている。


「……食う?」


「だから断ーーー」


 ぐぅぅぅぅ。


「……」


 悠真は無言で割りばしを差し出した。


「……少しだけだ」


 女騎士は警戒したまま、ゆっくり近づく。

 剣はまだ手放していない。


 そして。

 恐る恐る、麺を口に入れた。


「……は?」


 動きが止まる。


「え?」


 もう一口。

 さらにもう一口。

 目を開いたまま、無言で食べ続ける。


「ちょ、熱ーーっ」


 慌てる。

 でも食べる。


 悠真は思わず笑いそうになった。


「なんだこれ……」


 女騎士は唖然と呟く。


「肉の香りがする……いや、香辛料?こんな濃い味……ありえない」


 そして。

 カップを抱えたまま固まった。


「……温かい」


「え?」


「温かい食事なんて、遠征じゃ滅多に食べられない」


 その声は、少しだけ弱かった。


 悠真は何も言えなかった。

 この世界では、温かい食事は当たり前じゃない。


 保存。

 流通。

 調理。


 全部が不安定なんだ。


「……これ、いくらだ」


「え?」


「金貨なら払える」


 悠真は少し考える。


 価格。

 原価。

 流通。

 異世界相場。


 そして。

 今、目の前で起きていること。


「……これ、売れるな」


「は?」


 悠真の脳に、電流みたいに考えが走った。


 カップ麺。

 レトルト。

 保存食。

 飲料。

 調味料。

 シャンプー。

 日用品、


 この世界にはない。

 つまり。

 全部、価値になる。


「おい、聞いているのか」


「あ、ごめん」


 悠真は立ち上がる」


 売り場を見る。

 大量の商品。

 閉店後のショッピングモール。

 

 そして、異世界。


「……もしかして俺、めちゃくちゃヤバい場所にいる?」


「今さらか?」


 女騎士は呆れたように言った。

 

 だが、その直後。

 外から叫び声が聞こえた。


「レティシア隊長ー!!」


 複数人の声。

 鎧の音。

 馬の鳴き声。


 女騎士ーーーレティシアは舌打ちした。


「追手か……面倒な」


「敵?」


「盗賊だ。ここまで追ってきたらしい」


 次の瞬間。

 入り口の外から土星が響く。


「いたぞぉ!」


「女騎士だ!!」


「殺せぇ!!」


 レティシアが剣を構える。


 だが、その動きが少し鈍い。


「……怪我してるのか?」


「問題ない」


 問題ありそうだった。

 肩から血が滲んでいる。


 悠真は反射的にバックヤードを見る。

 医薬品。

 保存食。

 飲料。

 資材。

 

 そして。

 大量の商品。


「……いや待て」


 そこで、悠真は気づいた。


 ショッピングモールには。

 売り場には。

 戦うための商品なんてない。


 でも。


「”戦わせない”ことならできる」


「なに?」


 悠真はニヤリと笑った。


 物流センター時代。

 一番面倒だったもの。


 巨大な。

 積み上げられた。


「段ボール、舐めんなよ」


 そして悠真は、売場の奥へ走り出した。


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