序章 閉店後のショッピングモール
閉店作業というのは、少しだけ世界の終わりに似ている。
客のいなくなったフロア。
半分だけ落とされた照明。
静まり返ったエスカレーター。
つい数時間前まで人であふれていた場所が、急に空っぽになる。
その光景が、神代悠真は嫌いじゃなかった。
「バックヤード戻りまーす」
返事はない。
午後十一時四十分。
地方都市にあるショッピングモール『エルムスクエア』は、すでに営業を終えていた。
悠真はカートを押しながら、人気のない通路を歩く。
高校卒業後、進学はしなかった。
物流センターとモール搬入のアルバイトを掛け持ちして、なんとなく生きている。
別に夢がないわけじゃない。
ただ、自分が何か特別になれるとも思っていなかった。
だから今日も、閉店後の食品売り場で、淡々と売れ残りを回収している。
「……またカップ焼きそば余ってるな」
段ボールの山を見て、悠真は苦笑した。
新商品の激辛シリーズ。
大量入荷したくせに、全然売れなかったらしい。
だが、悠真は知っている。
こういう商品は、SNSか動画で火がつけば一気に消える。
逆に、売場配置を間違えれば誰にも見向きされない。
商品が悪いんじゃない。
問題は、流れだ。
誰に。
どう届けるか。
どこで目に入るか。
物流と陳列で、売上は変わる。
「……ほんと、もったいないよな」
ぽつりと呟いた、その時だった。
──ブツン。
突然、店内の照明が落ちた。
「え?」
一瞬で闇が広がる。
非常灯だけが、ぼんやり赤く点灯した。
停電。
だが、おかしい。
非常電源に切り替わる気配がない。
空調も止まっている。
「なんだ……?」
次の瞬間。
ゴゴゴゴゴゴ……!!
地面が揺れた。
「うわっ!?」
商品棚が激しく軋む。
段ボールが崩れ落ちる。
地震。
しかし、普通じゃない。
床そのものが、沈むように揺れている。
「っ、避難….…!」
走ろうとした瞬間。
視界が、白く染まった。
耳鳴り。
浮遊感。
身体が引きずられる。
落ちる。
どこまでも。
暗闇へ。
ーーー目を開けた時。
悠真は、草原に倒れていた。
「……は?」
乾いた風が吹く。
空は青い。
雲が流れている。
遠くには山脈。
そして。
「なんだよ、ここ……」
ショッピングモールがあった。
そのまま。
巨大な建物が、草原のど真ん中に存在していた。
見慣れた看板。
立体駐車場。
搬入口。
エントランス。
全部そのままだ。
「夢……?」
違う。
風の匂いが違う。
空気が違う。
何より静かすぎる。
車の音も。
電車の音も。
何も聞こえない。
「……マジかよ」
悠真はふらつきながら立ち上がる。
自動ドアは止まっていた。
だが、手でこじ開けると、中はそのままだった。
食品売り場。
衣料品店。
家電量販コーナー。
フードコート。
全部ある。
だが。
「電気、死んでる……?」
館内は薄暗い。
完全に停止している。
冷蔵設備も止まっているらしい。
「いや、待て」
悠真はバックヤードへ走った。
こういう時、まず確認するべきは電源だ。
非常用発電。
残燃料。
稼働可能範囲。
物流をやっていた経験が、反射的に身体を動かす。
だが、
「……動いてる?」
制御盤の一部だけが、静かに光っていた。
意味がわからない。
完全停止ではない。
その時。
ピコン。
聞きなれない電子音が鳴った。
『条件を確認しました』
「……は?」
『異世界への適応を開始します』
制御盤に、見たことのない文字が浮かぶ。
『ショッピングモール管理権限を取得しました』
『第一機能を解放します』
『食品エリアへのアクセスが可能です』
次の瞬間。
館内の一部だけ、照明が点灯した。
食品売り場。
そこだけが、静かに光を取り戻す。
悠真は息を呑む。
「……なんなんだよ、これ」
返事はない。
だが。
目の前には、明かりのついた食品売り場。
そして大量の商品。
異世界の草原に存在する、閉店後のショッピングモール。
その意味を。
悠真は、まだ知らない。




