第41話:エピローグ ―― 業務完了(プロジェクト・クローズ)。歴史の裏に生きた「常敗の勝者」。
元和偃武からさらに時は流れ、寛永の世。
江戸の街は完全に成熟し、世界に類を見ない超巨大安定市場として揺るぎない地位を確立していた。
桜田の小田邸の奥深く。
私は今、暖かい布団に身を横たえ、静かに天井を見つめていた。
老衰――。
現代日本の医療知識を持ってしても抗えない、時間という名の絶対的なガバナンスが、私の体に「ログアウト(終焉)」の時が近いことを告げていた。
枕元には、すでに立派な大名、いや、江戸幕府を支える最高格式の「高家」としての風格を完璧に身につけた、氏治の嫡男・小田守治様が座っていた。
「政貞、安心せよ。お前が遺してくれた『小田家永久存続マニュアル』と『高家コンプライアンス規約』は、私がすべて頭に叩き込んである。幕府の老中たちとの交渉も、お前直伝のロジックで完璧に渡り合ってみせる。……我が小田家は、次の代も、その次の代も、絶対に倒産(改易)などさせぬ」
守治様の力強い言葉に、私は深く、深く安堵した。
戦国最弱と呼ばれた弱小企業(小田家)を、「絶対に倒産しない最強のプラットフォーム」へと昇華させ、次代への事業承継を100%の精度で完了する。
元コンサルタントとして、これ以上ない完璧なプロジェクト・クローズ(業務完了)だった。
「素晴らしい、守治様……。あなたなら、私の作ったシステムを……正しく運用していけるはずです……」
微かな声でそう告げると、守治様は涙を堪えながら、私のシワだらけの手を強く握りしめてくれた。
視界が少しずつ、セピア色に染まっていく。
前職の現代日本で、冷徹な数字と終わらないデスマーチに追われ、心も体もすり減らしていた私が、なぜか戦国時代の常陸国に、菅谷政貞として転生したあの日。
そこで出会ったのは、戦には滅っぽう弱いが、誰よりも家臣を愛し、九度城を落ちても絶対に心を折らなかった、あの「天然のバグ」のような大名・小田氏治だった。
(……ああ、本当に、面白いサラリーマン生活(人生)だったな)
そう思った瞬間、私の脳内の奥深く、転生以来ずっと鳴りを潜めていた「あの懐かしい電子音」が、静かに、そして極めてクリアに響き渡った。
『――ピコン。クライアント「小田家」の全プロジェクトの完了を確認しました』
感情のない、しかしどこか誇らしげなシステム音声が、私の脳裏に冷徹なステータス画面を展開していく。
『アセット「小田氏治」:生存エグジットに成功。生存利回り:過去最高。』
『アセット「小田守治」:高家職への完全事業承継に成功。』
『小田家トータルバランス:史実の滅亡フラグを100%ハック完了。永久配当(安堵)の確定。』
『――プロジェクト完了。全アセットの保全に成功しました。これより、メインシステムはログアウト処理へと移行します』
「ふっ……、本当に、最後の最後まで、融通の利かない優秀なシステムだな……」
私は心の中で、苦笑しながらそのログを受け入れた。
仕様変更も、追加のタスクも、もう何もない。
私はついに、戦国時代という史上最悪のブラック職場から、完全なる引退(FIRE)を迎えるのだ。
「これ、政貞! 勝手にログアウトしようとするな! わしを置いていくなと言っておるのじゃ!」
バシャバシャと、私の顔に冷たい水滴(涙)が降り注いだ。
目を開けると、そこにはすっかり白髪頭になり、シワだらけになった小田氏治が、子供のように大粒の涙を流して私の胸ぐらを揺さぶっていた。
「殿……、相変わらず、ガバナンスを無視した……手荒な起こし方を……されますね……」
私が力なく笑うと、氏治は私の手を両手で包み込んだ。
その手は、かつて何度も共に馬を駆り、何度も泥にまみれて逃げ回った、あの温かい故郷の手そのものだった。
「政貞、わしはな……お前がいたから、世界一幸せな大名になれたのじゃ。お前が作ってくれたこの泰平の世で、お前と釣ったハゼの味を、わしは来世に行っても絶対に忘れんぞ。……だから、安心して休め。小田城はな、ここ(江戸)に、わしらの心の中に、永久に不滅じゃ!」
氏治のその言葉を聞いた瞬間、私の視界の端で、ずっと張り詰めていた最後のタスクゲージが「100%」を満たし、静かに消滅した。
(ああ……。私は、この人のこの笑顔を守るために、あの常陸の泥沼を駆け抜けてきたのだ)
歴史には、私たちの名前は「常敗の弱者」としか刻まれないかもしれない。
戦国三大愚者、無能な主従。
後世の人間は、私たちの泥臭い撤退戦(損切り)をそう笑うだろう。
だが、それでいい。
歴史の表舞台で華々しく散っていった天才たちが誰も手に入れられなかった「本物の幸福」を、私たちは歴史の裏側で、完璧な形で掴み取ったのだから。
私たちこそが、この戦国市場における、真の、そして唯一の「勝者」なのだ。
「……殿、ありがとうございました。私の、最高の、クライアント……」
最後の力を振り絞ってそう告げると、私の意識は、ゆっくりと、しかし信じられないほどの軽やかさで、無限のホワイトな空間へと溶けていった。
開け放たれた窓の向こう。
雲一つない江戸の青空の遥か彼方に、かつて何度も見上げた、あの美しい常陸の「筑波山」の姿が、確かに見えた気がした。
そこから吹き抜ける優しい風が、長きにわたるデスマーチを戦い抜いたコンサルタントの魂を優しく抱きしめるように、静かに、どこまでも穏やかに、通り抜けていった。
第41話(最終話)・ステータス報告
・ステータス:
小田家・高家プロジェクト、全タスク完全完了。菅谷政貞(佐藤)、システムから完全ログアウト。
・主要成果:
鎌倉以来の名門としての小田家を「絶対に倒産しない永久インカムアセット」として後世へ遺すことに完全成功。
・KPI:
生涯落城回数:9回。
最終勝率:100%(完全なるFIREの達成)。
主従の絆:永久不滅。
・政貞の最終ログメモ:
「現代の社畜コンサルタントとして始まった、私の戦国ハックストーリー。……何度も損切りを繰り返し、何度も市場(城)を追われながらも、私は最高の殿と共に、歴史上最も不可能な『ホワイトエグジット』を成し遂げた。……もう、私の脳内に数字を弾く算盤の音は響かない。聞こえるのは、穏やかな江戸湾の波の音と、殿の賑やかな笑い声だけだ。……業務完了。これにて、私の戦国コンサルティングを、すべて終了させていただきます。――ありがとうございました。ログアウト。」
【読者の皆様へ(完結の御礼)】
『戦国コンサルタント菅谷政貞のFIRE(完全リタイア)戦略 ―― 戦国最弱大名を率いてホワイトエグジットを目指します』を最後までお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました!
現代の社畜コンサルタントが常陸の最弱大名・小田氏治の元に転生し、終わらない仕様変更(戦乱)と戦いながら、ポートフォリオ、損切り、アセットライト経営を駆使して「絶対に滅びない高家」へとエグジットさせる物語。
皆様の温かい応援、PV、ポイント、そして熱い感想の支えがあったからこそ、無事に政貞と氏治を江戸湾の最高の隠居生活(FIRE)へとログアウトさせてあげることができました。
「九度落ちた男の、10度目の勝利」を一緒に見届けてくださったすべての株主(読者)の皆様に、心からの感謝を申し上げます!
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【5/27より同時連載開始!】シリーズ第三弾・新作のお知らせ
そして!
『小田家』の完結と同時に、本日(5月28日)より、待望のシリーズ第三弾となる完全新作の連載をスタートいたしました!
今度の舞台は、日本の戦国時代をさらに遡ること千数百年――秦末の動乱期。
あの名作『項羽と劉邦』のバックオフィス(内政)を、現代最高の「数字のプロ」が限界突破のデスマーチでハックする、ガチ内政歴史ビジネスドラマです!
すでに第1話を公開しておりますので、『小田家』の余韻そのままに、ぜひ以下の新作ページへとお気軽にお立ち寄りください!
https://ncode.syosetu.com/n2221mf/1/
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<新作あらすじ>『【悲報】転生先でも定時退社できない。――過労死会計士、劉邦のCFO・蕭何になる』
【悲報】元・大手監査法人パートナー、転生先でも限界デスマーチ。
現代の日本で、大型M&Aの財務デューデリ(資産精査)中に47歳で過労死した伝説の公認会計士・岡田誠一。
目覚めるとそこは、秦末の動乱期。のちに漢の初代皇帝となる劉邦の配下、初代CFO(最高財務責任者)こと「蕭何」だった!
前世の激務のトラウマから「今世こそは絶対に定時退社してホワイトな隠居生活を送る」と誓った蕭何。
しかし、目の前にいる未来の皇帝(劉邦)は、学歴なし、職歴なし、軍資金ゼロ、あるのはバカ高いビジョンだけという、絵に描いたような「一発当てたいタイプの危険なスタートアップ創業者」だった!
創業初日から国家権力(秦王朝)に本社(役所)を物理的に強制解体されかかり、定時退社の夢は開始1秒で崩れ去る。
「エビデンスなき出金は一銭たりとも認めません!」
終わらない前線からの追加予算請求(大敗)、天才ゆえにコンプライアンス意識がゼロの軍事執行役員(韓信)、ガバナンスを効かせようと作った法律(九章律)に自分が縛られる皮肉──。
これは、有能すぎるがゆえに自由を奪われた男が、会計士のスキルと執念だけで「天下」という名の超巨大グループ企業を上場(統一)させるまでの、限界バックオフィス奮闘記。
<【悲報】転生先でも定時退社できない。――過労死会計士、劉邦のCFO・蕭何になる>
の第一話を読む
https://ncode.syosetu.com/n2221mf/1/
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最後に、読者の皆様へのお願い
政貞の物語はここで美しくシステム・ログアウト(クローズ)となりましたが、筑紫隼人の「現代ロジック×歴史ハック」の挑戦は、本日より中国古代の戦場へとリブートいたします。
もし「小田家のハック面白かったよ!」「次の中華内政モノも気になる!」と思ってくださいましたら、ぜひ新作への【ブックマーク登録】や、評価の【星・ポイント】での応援をいただけますと、岡田(蕭何)の残業代(作者の執筆モチベーション)が100%跳ね上がります!
それでは、新作の<【悲報】転生先でも定時退社できない。――過労死会計士、劉邦のCFO・蕭何になる>のオフィス(連載ページ)で、皆様のご出社を心よりお待ちしております!
常陸守・菅谷政貞 & 筑紫隼人【参考】シリーズ第1弾はこちらとなりますので、併せてお願いいたします。
過労死コンサル、足利義昭に転生す。ホワイトな信長を魔王にプロデュースして今度こそFIREを目指します
https://ncode.syosetu.com/n6067lz/




