第27話:北条という「沈む船」からの脱出 ―― 旧来のしがらみを断ち切るインサイダー調略。
1. 「倒産」の予兆とヘッドハンティング
天正十八年(1590年)五月。
小田原城を包囲する豊臣軍二十万の軍勢は、もはや「攻略」という段階を終え、巨大な「監査法人」による清算手続きを淡々と進めているかのようだった。
城内の物資は枯渇し、かつて「東国の覇者」と謳われた北条氏のプライドは、日に日に痩せ細る兵たちの頬とともに削げ落ちていた。
政貞は、小田軍の陣屋で一通のリストを眺めていた。
そこには、北条家に仕える「工匠」「算術師」「水利技術者」といった、次世代の江戸開発に不可欠な「高度専門職」の名前が並んでいる。
「……北条氏直公(CEO)はまだ『籠城による逆転』を夢見ているようだが、マーケットの評価はすでに『破産確定』だ。……だが、彼らが抱えている優秀な人材まで道連れにさせるのは、日本の国益にとって損失が大きすぎる」
政貞の狙いは、北条家という法人が消滅する前に、その「知的財産」と「人的資本」を、小田家という名の「人材派遣・コンサルティング会社」へ移管させること、つまり「倒産前のヘッドハンティング」であった。
「政貞、また怖い顔をして何を企んでいるんだ? 秀吉様から貰ったお菓子でも食べて落ち着けよ」
氏治が、秀吉から下賜された高級な落雁を口に運びながら、のんきに笑いかけてくる。
「殿。……お菓子を食べている場合ではありません。これから私は、あの中(小田原城)に飛び込みます。……泥舟が完全に沈む前に、我々の『新事業』に不可欠なエンジニアを救い出しに行くのです」
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2. インサイダーによる潜入ルート
小田原城の防御力は、確かに戦国最強だった。だが、政貞にとって、それは物理的な城壁ではなく「情報の壁」に過ぎない。
政貞は、以前から北条領内の商人と結んでいた「兵糧納入ルート」――現在は封鎖されているはずの隠密通路の情報を、黄金という名の「ロビー活動」で買い取っていた。
夜陰に乗じ、政貞は数人の精鋭とともに、城外の排水口へと繋がる隠し通路に身を投じた。
「……ここからは『インサイダー取引』の時間だ。北条家の家臣たちに、新しい『内定通知書(命の保証)』を配り歩くぞ」
城内に潜入した政貞が最初に向かったのは、北条家の土木工事を長年支えてきた、工匠の棟梁・山崎の宿舎だった。
飢えで顔色を失った山崎の前に、政貞は懐から「白い米の握り飯」と、秀吉の花押が入った「安堵状」を突きつけた。
「山崎殿。……北条という会社は、もうすぐ倒産(滅亡)する。……貴殿の技術を、ここで骨とともに埋めるのは、職人として間違った投資判断だとは思わないか?」
「……お、小田の菅谷か!? 何故ここに……。……我ら北条の臣、不義理はできぬ!」
「義理で腹は膨らまない。……見ておれ。小田原が落ちた後、この関東は秀吉公の命を受けた徳川家康殿によって、大規模な『再開発』が始まる。……その時、貴殿の持つ築城・水利の技術は、千金に値する価値を持つ。……北条に殉じるか。それとも、私の『エグジット計画』に乗って、新しい江戸の街を造る側に回るか。……決断の期限は、この握り飯を食い終わるまでだ」
山崎は、震える手で握り飯を掴んだ。その涙混じりの咀嚼音が、政貞には「契約合意」の印章の音に聞こえた。
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3. 氏政の意地と、冷徹な損切り
だが、計画は順調なばかりではなかった。
城内の中心部で、政貞は思いがけない人物と対峙することになる。北条家の実質的なトップ、北条氏政である。
「……菅谷政貞。貴様、わが城内で何をしている。……家臣たちに不穏な紙を配り歩いているという報告が入っているぞ」
暗がりに浮かぶ氏政の顔は、執念に満ちていた。
政貞は、隠れることもせず、真っ直ぐに氏政を見据えた。
「氏政公。……私は、貴殿の宝物を救い出しに来たのです」
「……宝物だと? 黄金か? 名茶器か?」
「いいえ。……『人』です。……北条家が四代かけて育て上げた、この東国一の技術者たちです。……氏政公、貴殿が意地を通して切腹されるのは貴殿の自由だ。だが、彼らまで道連れにされるのは、東国の未来に対する『背任行為』ではありませんか?」
氏政の手が、刀の柄にかかる。
「……貴様に、北条の誇りがわかるか! 四百年、この地を守り抜いた重みを!」
「重みを知っているからこそ、私は彼らを『損切り』させないのです! ……氏政公、貴殿が真に北条の血を残したいのなら、家臣たちに『生きろ』と命じてください。……彼らが生き残り、新しい時代で活躍することこそが、北条家がこの世に存在した最大の証(実績)になるはずです!」
静寂が場を支配する。外では、豊臣軍の放つ威嚇の法螺貝が、市場の閉場を告げる鐘のように鳴り響いていた。
氏政の刀を握る手が、微かに震えていた。
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4. 救出、そして想定外の事態
政貞は、山崎を含む数十名の高度専門職家臣を連れ、再び隠し通路を通って城外へと脱出した。
小田家の陣屋へ辿り着いた時、政貞は確信していた。
(……これで、徳川家康殿が関東に入府した際、小田家は単なる『元・大名』ではなく、最強の『技術コンサルタント集団』として、唯一無二の地位を築ける。……これが、私の描いた『業態転換』の切り札だ)
「政貞! 帰ったか! 心配したぞ。……さあ、山崎殿たちも、こっちで酒を飲め! 今日からみんな家族だ!」
氏治が、救い出されたばかりの北条家臣たちを、まるでもとからの身内のように抱きしめ、歓迎の宴を始めた。
その屈託のない笑顔に、張り詰めていた北条家臣たちの心も、次々と解けていく。
「……ふう。これで一安心ですね、殿」
政貞は、ようやく安堵の溜息を吐き、冷えた茶を飲み干した。
だが、その時。
陣屋の外から、慌ただしい足音が近づいてきた。
「報告! 報告申し上げます! ……豊臣秀吉様が、我が陣屋へ向かっておられます! ……『北条の人間を勝手に連れ出した不届き者がいると聞いた。直々に吟味する』との仰せにございます!」
政貞の指先から、茶碗が滑り落ちそうになった。
「……なっ!? ……早すぎる。……何処で情報が漏れた? ……いや、それより……」
政貞は、広間で北条家臣たちと大笑いしながら酒を飲んでいる、氏治の姿を見た。
(……まずい。秀吉公が今ここに来て、この光景を見たら……『北条と共謀して、優秀な人材を隠匿した』と見なされる。……それは、エグジットどころか、小田家全体の『強制上場廃止(改易・処刑)』に直結する……!)
「殿! 殿、今すぐその酒を隠してください! ……山崎殿たちも、早く裏の穴へ!」
だが、時すでに遅し。
陣屋の幕が、乱暴に跳ね上げられた。
そこに立っていたのは、黄金の陣羽織を纏い、顔を不快そうに歪めた、天下人・豊臣秀吉であった。
「……ほう。小田氏治。……お前、わしの許しもなく、勝手に『倒産品』をくすねたそうだな?」
秀吉の鋭い眼光が、酒を片手に固まっている氏治と、顔を真っ青にしている政貞を射抜く。
政貞の脳内コンピューターが、かつてない速度で火花を散らし始めた。
(……どう言い訳する? ……『拾得物』だと言うか? ……それとも……)
しかし、政貞が言葉を発するよりも早く、酔った氏治が、とんでもない行動に出た。
「……おお、秀吉様! 良いところに来た! ……さあさあ、この者たちは、私が秀吉様のために『集めて』おいた、とびきりの宝物ですよ! ……一緒に一杯どうですかな!?」
秀吉の眉間が、ピクリと跳ねる。
政貞は、目をつぶった。
(……終わった。……私のロジックが……今、氏治という名の『制御不能な乱数』によって、完全に破壊された……!)
沈黙。
秀吉は無言のまま、ゆっくりと氏治に歩み寄る。
さて、まず最初にやるべきことは――。
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第27話・ステータス報告
* ステータス: 北条家からの人材スカウト成功……直後に、天下人による抜き打ち査察。
* 主要成果: 高度技術者50名の確保(暫定)。北条氏政へのインサイダー説得。
* KPI: 生存確率:90% → 15%(急落)。氏治の「コミュ力」への依存度:300%増。
* 政貞のメモ:
「コンサルタントとして、あらゆるリスクを計算してきた。……だが、一つだけ忘れていた。……私のクライアント(殿)は、計算式に当てはまらない『究極のバグ』だということを。……秀吉公、どうかその拳を収めていただきたい。……今、私の脳内では、命がけの『言い訳ピッチ』の資料作成が始まっている……」
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【次号:第28話:氏治、最後の大失態 ―― 土壇場でやらかす社長。「親父殿、これだけは計算外だ!」。】
―― 絶体絶命の小田軍陣屋。秀吉の怒りを前に、氏治の「天然」が爆発する。政貞は、この最悪の事態をどう「逆転のプレゼン」へと繋げるのか。小田家、最大の危機が幕を開ける!
本日も最後までお読みいただきありがとうございます!
本作「小田家V字回復」は、著者の【コンサル戦国転生シリーズ】第2弾として執筆しております。
実は、このシリーズの原点となる第1弾「過労死コンサル、足利義昭に転生す。」は、すでに完結まで公開済みです。
「小田」の泥臭い経営再建を楽しんでいただけている方なら、第1弾の「室町幕府ホワイト化計画」も必ずニヤリとしていただけるはず。
「まずは完結済みの義昭でスカッとして、連載中の小田でじっくり再建を見守る」
そんな楽しみ方をしていただけると、作者としてこれほど嬉しいことはありません。
ぜひ、シリーズ両作品へのブックマークと評価で応援いただければ幸いです!
▼【シリーズ第1弾・完結済】はこちら
過労死コンサル、足利義昭に転生す。ホワイトな信長を魔王にプロデュースして今度こそFIREを目指します
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