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一話 学園生活

「ノイス。

 私から、あなたに教えられることは――もうないわ」


 それが、すべての始まりだった。


「師匠……それは、どういう……」


「私が教えられるのは魔法のことだけ。

 でも今のあなたには、それ以外のことが必要なの」


「そ、そんな……!

 僕はまだ、師匠に全然追いつけていません。

 どうか……僕を見捨てないでください!」


 孤児だったノイスを拾い、魔法の才能を見出し、ここまで育ててくれたのが師匠だった。


 魔法の修行は厳しかった。

 だが、生活に不自由はなく、孤独を感じたこともない。


 ノイスの平穏は、すべて師匠がいてこそ成り立っていたのだ。


「見捨てるわけじゃないわ、ノイス」


 師匠はそう言ってから、ほんの一瞬だけ視線を伏せる。

 その迷いを隠すように、静かに続けた。


「これは私の責任でもあるの……。

 魔法以外のことを学ぶ場所は用意するわ」


「……僕は、今のままでもいいです」


 ノイスは必死に言葉を探しながら、訴える。


「優しくて美人の師匠と二人でいられるのなら、それだけで……

 外の世界なんて、興味ないし、知らなくてもいい」


 大袈裟に膝をつき、師匠を見上げる。

 この態度を取れば、大抵のことは許してもらえた。


「もう……本当に、いい子ね。ノイスは」


 困ったように微笑み、優しく頭を撫でる。

 その手つきは、いつもと変わらず柔らかい。


(やっぱり、師匠はちょろい……)


 そう思った、瞬間だった。


「だからこそ、心配なのよ」


 撫でていた手が、止まる。


「人と関わらず、

 魔法だけで生きてきたあなたが」


「……え?」


「学園への手続きは、もう済ませてあるわ」


 淡々と、逃げ道を塞ぐように告げられた。


「全寮制の――

 アスカナティア魔法学園よ」


「そ、そんな。

 僕に師匠と離れて、学園生活なんて無理ですよ。

 師匠、お願いですから――」


「大丈夫」


 師匠は、迷いを押し殺すように微笑んだ。


「きっと、あなたは大丈夫だわ」


 その優しい声のまま、師匠は続けた。


「それと――

 卒業できなかった、なんてことになったら……わかってるわよね?」


「あはは、師匠。

 そんな怖い顔しないでください。

 眉間に皺が寄ってますよ」


 ――どさり。

 ノイスの足元に、大きな荷物が置かれた。


「言い忘れていたわ。

 入学式は、明日よ」


 見れば、ノイスの私物はすべて一つの大きな鞄に詰め込まれていた。


「あなたのガラクタも、全部まとめて詰め込んでおいたわ」


「ああ……僕の可愛い魔道具まどうぐたちが……。

 師匠は悪魔ですか?」


「何を言っているの? ノイス。

 こんなに優しくて美人の私に向かって。

 それに、初日から遅刻なんて……

 私に恥をかかせるつもりじゃないでしょうね?」


「い、行きます。すぐに向かいます。

 卒業したら、また師匠のもとに戻ってきますから」


「あら……本当に、いい子ね」


 穏やかに手を振る師匠を背に、

 ノイスは半ば追い出されるように住処を後にした。


「ノイス……

 私が甘やかし過ぎたせいかしら。

 でも――きっと大丈夫。だって、あの子は……」


 その先の言葉を、ノイスが聞くことはなかった。



 師匠から渡された地図と案内書を頼りに、

 ノイスはアスカナティア魔法学園へと向かう。


「師匠は本当に急なんだから……」


 歩きながら、小さく息を吐く。


「まあ、学園を卒業する二年間の辛抱だ。

 なるべく目立たず、静かに過ごそう……」


 地図を見て、足を止める。


「……うん。歩ける距離じゃないな」


 詰め込まれた鞄から、何かを取り出す。


「そうなればこれの出番だね。

 改良に改良を重ねた《天翔る靴(スカイシューズ)・八号》」


 靴底に刻まれた魔法陣が、かすかに光る。


 次の瞬間、

 ノイスの身体は地面を離れ、夜風に乗った。


 そのまま、夜空を滑るように駆けていく。


 ノイスはその日のうちに、

 アスカナティア魔法学園へと辿り着いた。


「ここが学園か……」


 見上げるほど高い塔。

 石造りの校舎は夜の灯りに照らされ、静かに佇んでいる。

 敷地は果てが見えないほど広く、整然と並ぶ建物のひとつひとつが、名門の重みを感じさせた。


 山奥の小屋で育ったノイスにとって、それはあまりにも“世界”が違う光景だった。


「はぁ……。

 僕がここで二年も過ごすなんて」


 なるべく目立たず、静かに。

 それだけを心に決め、ノイスは案内書通りに受付を済ませる。


 案内図を頼りに寮へ向かい、指定されていた部屋の扉を開けた。


 室内には制服と教材、そして基礎魔導書がきちんと整えられている。

 整然とした空間は、どこかよそよそしい。


「……やけに準備がいいな」


 荷物を放り込み、最低限の身支度だけ済ませる。

 ノイスは慣れないことをしたせいか、思った以上に疲れを感じていた。


 ベッドに倒れ込んだ瞬間、意識はすぐに闇へ沈んだ。

 


 翌朝。

 鏡の前で制服に袖を通し、ぎこちなくネクタイを結ぶ。

 新品の布地が指に引っかかり、その感触に小さく眉をひそめた。


「入学式、か……面倒くさいな。

 こういう形式ばったの、苦手なんだよ」


 誰に聞かせるでもなく呟き、ノイスは小さく肩を落とす。

 それでも――自分をここまで育ててくれた師匠の言葉だ。

 卒業まで、何とかやりきるしかない。


 案内書を確認し、ノイスは大講堂へと向かった。


 そこには、すでに多くの生徒が集まっていた。

 同じ制服を着た彼らは、それぞれに談笑したり、緊張した面持ちで周囲を見回したりしていた。


(……うわ。完全にアウェーだ。もう帰りたい)


 ノイスはなるべく端の席を選び、目立たないように体を縮めた。


 やがて、壇上に一人の老人が姿を現す。

 白髪白髭。背は低いが、その場に立った瞬間、空気が変わった。


「――静粛に」


 たった一言で、ざわついていた講堂が水を打ったように静まり返る。


「皆さん、入学おめでとう。

 わしが、このアスカナティア魔法学園の学園長マグナス・オーストリじゃ」


 学園長の挨拶は、学園の歴史や理念、魔法使いが担う役割へと続いていく。

 魔族との戦い、都市の防衛、冒険者としての活躍――魔法使いが求められる場は多いらしい。


(……長い。どうでもいい)


 それからも、歴史、理念、魔法使いとしての心得。

 正直、眠気が差してきた。


「魔法は、便利な力ではあるが――

 同時に、極めて危険な力でもある。

 そして、悪用や利用されることもある」


 学園長の視線が、生徒たち一人ひとりをゆっくりとなぞる。


「力がある者ほど、使い方を誤れば多くを壊してしまう」


 その一瞬。

 学園長の声が、わずかにだけ低くなった。


「そして、力があるからこそ生まれる責任がある。

 だが、それを一人で背負う必要はない」


 静かな声なのに、妙に重かった。


「大事なのは、学んだ力をどう振るうかじゃ。

 そして――どんな場面で、誰のために使うのかを間違えてはならぬ」


 一拍置いて、学園長は続けた。


「じゃがな。必要だと感じた時は、迷うな。

 きっと、魔法は応えてくれる」


 学園長の言葉と共に入学式も終わり、

 生徒たちはクラスごとに分けられて教室へと向かった。


 教室の中では、すでにいくつかの小さな輪ができている。

 入学前からの知り合いなのだろう、楽しそうに話し込む生徒たちもいた。


 もちろん、ノイスにそんな相手はいない。

 自分から話しかける気にもなれず、空いている席に腰を下ろして周囲を眺めるだけだった。


 チャイムと同時に、扉が乱暴に開き、男が教室に入ってきた。

 教師にしてはあまりにも鋭い眼光。

 その顔には大きな火傷痕があり、近寄りがたい雰囲気を放っている。


「席に座れ。全員、揃っているな」


 低い声で教室を一瞥すると、男は短く言い放った。


「俺はスコルド・イグナードラだ。

 この1-Aの担任をすることになった。よろしく」


 それだけだった。

 愛想も装飾もない、淡白すぎる自己紹介。


 教室には、どこか張り詰めた空気が漂った。


(……なんか少し怖い先生だな)


 何人かが視線を逸らし、小さく息を吐いた。


「いいな?

 お前たちは、一年間共に過ごす仲間だ」


 見た目や低い声には威圧感があるが、その言葉の内容は意外にも穏やかだった。


(……思ったよりまともなこと言うんだな)


 だが――


「ご冗談を、先生」


 静かな教室に、よく通る声が落ちる。


 発言したのは、いかにも育ちの良さそうな金髪の男子生徒だった。

 背筋を伸ばし、他者を見下ろすことに慣れたような微笑を浮かべている。


「この私と……」


 ゆっくりと視線を横へ滑らせる。


「そこのいかにも品のない男が……仲間、ですか?」


 教室の空気が、ひやりと冷えた。


「この学園も、ずいぶんと門戸を広げたものです」

 

 その視線は教室を一巡し、やがて一人の荒っぽい雰囲気の生徒へと向けられた。


「……何が言いたいんだ、お前は」


 噛みつくように睨んだのは、柄の悪そうな赤髪の男だった。


「わからないのかい?」

 

 男は肩をすくめる。

 

「君のような育ちが悪そうな庶民が、来るべき場所ではないと言っているだけさ」


 周囲に控える数人が、くすりと笑う。


「育ちが悪そうな庶民だあ?

 こっちはな、ロウ・グレンってちゃんとした名前があんだよ!」


 今にも掴みかかりそうな勢いで、ロウが一歩踏み出す。


(うわぁ……入学早々、面倒くさいことになってるな)


 ノイスは心の中でそっとため息をついた。


「俺だってな。

 ちゃんと試験を受けて、この学園に入ってきたんだ。

 ごちゃごちゃ言われる筋合いはねえ。

 お前こそ、コネで入ったんじゃねえのか?」


「おい、誰に向かって口を利いている?」


 男の声が、わずかに低くなる。


「私の一族は、代々エリート魔法使い――

 オルドゥスト家のクレイン様だぞ?

 このアスカナティア魔法都市で、知らぬ者はいない」


「けっ! 知らねぇな、そんな名前」


 即答だった。


「なあ? お前も知らないだろ?」


 ノイスは急に話を振られ、目を瞬かせる。


「え……? 僕?」


 教室中の視線が、一斉に集まった。


「……うーん」


 少しだけ考えてから、ノイスは申し訳なさそうに首を傾げる。


「僕、ここに来たばかりだからさ。

 申し訳ないけど、オルドゥストって名前は聞いたことないな」


 悪びれる様子もなく、正直に続けた。


「それに僕も、試験なんて受けてないし……」


 一瞬。

 賑やかだった教室から音が消えた。


「……何だと?」


 クレインが、初めてあからさまに表情を歪めた。


「いくら私のようなエリートであっても、この学園は必ず試験を受けなければ入学できないはずだ!

 そこの眼鏡のお前――何者だ?」


(えっ? そうだったの?

 全然知らなかった……)


 内心で慌てながら、ノイスは考える。


(ここは……適当に理由をつけて、やり過ごそう)


「えっと……」


 少し間を置き、思い出すように口を開いた。


「僕に魔法を教えてくれたのが……

 “絶詠ぜつえいの魔女”って呼ばれてる人だから、かな?」


「――“絶詠ぜつえいの魔女”!?」


 ざわり、と空気が揺れた。


 その名の重さを、ノイスはまだ知らない。


 そして、その時から――


 彼の学園生活は、望んでいた“平穏”とはかけ離れたものになっていく。

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