14杯目 伝統と製法 ②
ミアはホッとした表情をして、カウンターの下からティーポットをもうひとつ取り出す。
それから手元で準備を進めながら、おもむろに語り始めた。
「ウイスキーやビールって、いくつか造り方がありますよね」
「うん。そうだね」
ウイスキーだったらモルトやグレーン、ビールだったらエールやラガー。普通の人なら気にしないかも知れないが、酒好きや酒屋なら分かる。
製造方法で味や雰囲気が違うから、お客さんの好みに合わせて薦めるものを変えるのだ。
「紅茶の茶葉にもいくつか製法があるんです」
ミアはそう言うと、背後の棚から2つのキャニスターを取り出し、カウンターに並べた。
「こちらがオーソドックス製法で、こちらがCTC製法の茶葉です」
キャニスターの中身は、素人目に見ても一目瞭然だった。
オーソドックス製法の茶葉は、葉っぱの形がそのまま残っていて、繊細な質感が残っている。それぞれが均一の色合いで、深く美しい緑がかった色をしていた。
そしてCTC製法と呼ばれた方は、粒状の砕かれた形をしている。色は黒色に近い茶色で、正直、これが茶葉だとは思えなかった。
「見た目も全然違うんだね」
藤田は感心したようにキャニスターを覗き込んだ。
「先ほど、藤田さんにお出ししたのはオーソドックス製法の紅茶です」
「たしかにそうだったね」
藤田はミアの作業をぼんやりと思い返す。鍋の中で抽出されていた茶葉は、細長く葉っぱの形を加工したものだった。
「オーソドックス製法は、古くから行われている伝統的な方法です。手間がかかりますが、その分、風味や香りが茶葉によって特徴が出やすく豊かになるんです。ただ、高品質な反面、大量生産には向きません」
藤田は手元にあるミルクティーをもう一度口に運び、噛みしめるように味わう。それから確かめるように深く頷いた。
「なるほど。言われてみれば……」
「そしてこれがCTC製法の茶葉で作ったミルクティーです」
ミアは別のティーカップにCTC製法の紅茶を注いで、藤田の前に差し出す。
話をしている間に完成していたようだ。ティーカップからは湯気が立ちこめていた。
中のミルクティーは、先ほどよりも紅茶の色が濃く、明るい茶色といったところだろうか。
藤田はティーカップを持ち上げ、香りを嗅いだ。
「香りはさっきより強めだけど、悪くないね。飲んでみるよ」
そう言って一口飲んだ藤田は、少し驚いた表情を見せた。
「全然違うね。味はしっかりしているけど、少し渋さも強い。それにオーソドックス製法の紅茶ほど深みはない。でも、これはこれで美味しいね」
藤田の感想を聞いて、ミアは微笑んだ。
「CTC製法は効率化のために改良された製法です。流れ作業の機械で茶葉を細かく砕いて加工する方法するんです。そのため抽出が早く、味や香りがすぐに出るのが特徴です。大量生産が可能なので、ティーバッグとして広く普及しているんですよ」
藤田はミアの解説を聞きながら、静かに頷く。
「なるほど。製法が違うだけで、味がこんなにも違うのか」
「ミルクティーの場合は、CTC製法を好む方が多いんですよ」
「へぇ。なんで私にはオーソドックス製法を?」
藤田が片眉を上げ、不思議そうな顔をする。
「藤田さんはもう何度も来られているので、好みはしっかり把握していますよ」
「なるほどね」
それを聞いて、藤田は思わず口角が上がった。
ミアは小さく尻尾を揺らしながら、話を続ける。
「CTC製法は紅茶の普及に欠かせない改良でしたが、その過程で失われてしまったものがいくつかあります」
ここまでの話を聞いて、藤田はふとピンときたように呟いた。
「茶葉独自の香りや繊細さだね」
「はい。その通りです。どちらが優れているという訳ではありません。お店や紅茶好きの方は場面によって使い分けます。しかし紅茶の繊細さをストレートに愉しみたい方は、古くからあるオーソドックス製法を選ぶことが多いですね」
「なるほど。ミアくんの言いたいことが分かってきたよ」
藤田はそう言うと、にんまりと笑い、からかうように軽く肩をすくめる。
「古くからある商店街にしかないものがある。ショッピングモールやネットショッピングみたいに効率を重視してしまうと、繊細さが失われていってしまう」
「ええ。その通りです」
ミアは言い当てられたことに、嬉しくなったのか、ヒゲを揺らしながらこくりと頷く。
「半年ほど前に、杖をついたご婦人が来店しませんでしたか?」
「そういえば……いたね。猫ちゃんに案内してもらった、なんて言っていたっけ」
藤田は頬杖をついて、天井に目をやりながら、おばあちゃんのことを思い出す。
「たしか、息子さんに供えたいけど、何が好きだったか思い出せないって相談されてね。見た目の特徴や昔の話を聞きながら、目当てのものを一緒に探したんだよ」
藤田の話を聞いて、ミアは笑みを浮かべる。
「そういう依頼は、ショッピングモールやネットショッピングでは出来ませんよね。店主との交流があって、そこにしかない温かさがある。品質やこだわりもある。失われてはならない大切なものだと思いますよ」
「まったく、相変わらず憎たらしい店だね」
藤田は口元をゆるめ、皮肉めいた言葉を口にするが、その声色にはどこか柔らかさが混じっていた。
しかし、憎たらしさの裏側にこそ、この店だけが持つ特別な魅力が隠れている。
「この店がなかったら、商店街はずいぶん寂しくなるだろうな」
不意に漏らした言葉に、藤田は自分でも驚いたように少し目を丸くする。
「おや、そんなに高く評価していただけているとは思いませんでしたよ」
ミアが茶化すように言うと、藤田は苦笑いを浮かべた。
「そういうんじゃない。ただ……この店があるだけで、なんだか安心するんだ。家族みたいなもんかな」
そう呟いた藤田の目には、一瞬だけ遠くを見るような憂いが宿っていた。
「藤田さんのお店も同じだと思いますよ」
ミアは微笑みながら、藤田の言葉をそっと受け取るように答えた。
窓の外では冬の風が強さを増していたが、この小さな店だけは甘いミルクティーの香りを残しながら、その冷たさから切り離された別世界のように、温かな時間を守り続けていた。




