わくわくの始まり
結局、Bコースの参加者は全部で18名、我が4組からは男女4・3の7名だった。
男子は、平くんと元いじめっ子の佐藤慶太、かけちゃんと、オレ。女子は、熊野さんと渡辺飛鳥、鈴木鳴音。オレがこういうことを言える立場ではないんだけど、なんとなく、いわゆる落ちおぼれ組だ。他のクラスの連中も、そんな感じだった。
正直ちょっと、この先が思いやられる感じのメンバーだ。もちろん、オレも含めて。
唯一の救いは神宮寺先生で、他の先生は、救護の女の先生がいるだけだった。史也もいないし、あんなに楽しみだったBコースが、急に不安になってしまった……
途中、休憩を挟んで4時間かけてバスは目的地に着いた。
そこは緑がいっぱいで、大きな山に囲まれた素晴らしい景色の集落だった。バスから降りると、セミの大合唱で出迎えられた。まさに、別世界だ。
冷房の効いたバスから降りて、暑いけど、何だろう、街中のアスファルトのむあっとした暑さではない、ちょっと違う暑さだ。
そして、緑のむせ返るような匂いがスゴイ。虫もスゴイ。田舎の夏! って感じだ。
うちの両親はご近所さん婚だったから、『田舎に帰省する』というイベントが無かったので、ずっと憧れていた『田舎のおばあちゃん家』に来たような感じだ。
史也がいないのに、ワクワクしている自分を薄情者だと反省する。
「じゃあ、すぐそこの本部のところにお昼を用意してくれているから、各自、自分の荷物を持って移動するぞー」
荷物を受け取る横で、虫よけスプレーをまぶされ、ゾロゾロと皆で移動した。本部はカッコイイ、ログハウスだった。
「良いだろう、ログハウス! これは、俺と友人達で建てたものだ。君たちには、まだ体力的に難しいから今回は古民家の掃除からだけど、そのうち、ログハウスも皆で作れたらいいなあとは、考えているんだ」
「作れるの? スゲエ」
神宮司先生、これを作ったんだ。先生すごいなあと、盛り上がっていると、おじいちゃんとおばあちゃん達がぞろぞろやって来た。
「やあやあ、よう来たね」
「お世話になります」
神宮寺先生が深々と挨拶をしている。そして、くるりとオレ達の方を向いて先生らしい口調で言った。
「はい、皆こっち注目! 皆が寝泊まりする古民家の管理人さんと、これから毎日の食事を支度してくださる皆さんだ」
「よろしくお願いします!」
みんなで挨拶をした。
「お腹空いたでしょ? とりあえず、お昼にしましょう」
おばあちゃんは、どこでも優しい。
「やったー!」
ログハウスの横に、広い木陰のスペースが作られていて、その下にテーブルが並べられている。テーブルの上にはおいしそうな食事が待っていた。
「鞄はそっちの木陰に置いて、順番に手を洗うぞ」
手押しポンプ式の井戸で手を洗う。見たことはあるけど、使うのは初めてだ。
取っ手を何回か上下すると、どばっと水が流れる。水は冷たくて気持ちいいし、井戸って面白い、スゴい、気に入った。
オレ以上に気に入っていたのが平くんで、自分の後に洗う人の分を、ずっと水を出し続けてあげていた。
まあ、残りが女子ばっかりだったからかな。平くんって、何気にそういうところは要領が良いと思う。
木陰のテーブルで待っていた食事は、これから毎日オレ達のご飯を用意してくれる6人のおばあちゃん達が、それぞれ自分の得意料理を作ってくれたものだった。
いろんな具が混ざったおにぎりや、お稲荷さん、お花とか綺麗な柄の太巻きなど、立ったままで食べやすい主食に、でかい肉の塊、串に刺さった魚の塩焼き、漬物、煮物、厚焼き玉子などの田舎のおばあちゃんっぽいメニューがビュッフェスタイルで並んでいる。
「うまい! 何食べてもうまい!」
おにぎりには山菜や、貝か何かを佃煮にしたものや、いろんなものが混ぜ込まれていて、とにかく種類が多いし、それぞれが無茶苦茶おいしい。
お稲荷さんにも、中の酢飯にいろんな具が入っていて、味も絶妙。綺麗な花の柄の太巻きは女子に人気で、出遅れて食べ損ねてしまった。
漬物は、おばあちゃんそれぞれに味が違っていて、みんなうまい。正直、漬物をうまいって今まで思った事がなかったので、うまいって思っている自分が新鮮。
煮物もうまい。山菜だとかレンコンだとか、こんにゃくもうまい。田舎のおばあちゃんって、すごいと思った。本当、何食べてもうまい。
かけちゃんと一緒に、スゴイ勢いで食べまくった。
「オレ、このおにぎりが一番好き! これ何? どうやって作るの?」
かけちゃんが、作ったおばあちゃんに質問しまくる。料理の事になるとかけちゃんは止まらない。料理、本当に好きなんだなあ。
「そのうち、味噌やうどんを作ったり、たくあんや白菜を漬けたり、おはぎや草餅を作ったり、いろんな事を教わる予定だ。おじいちゃんおばあちゃんは君たちの何倍も生きていて、いろんな経験をしているから、いろんなことを知っているんだぞ。常に敬う気持ちを忘れないようにして、しっかり教わるように!」
神宮寺先生が更に楽しい予定を教えてくれた。
「スゲエ、そんなに作れるの?」
オレ達のわくわくは止まらない。
「先生、質問!」
他のクラスの人が、手を挙げた。
「はいはい、えーと君は、1組の、丹沢君? かな?」
「あっ、はい、そうです! えーと、Bコースの先生って、神宮司先生と保健室の茅野先生だけなんですか?」
「そうです。オレはもともと、このBコース専門の先生として派遣されて来ているんです。これから、よろしくお願いします」
「そっかー、何で新しい先生だけなのかと思った」
「そうだよね。だから俺も、初めにクラス担任を任されて、そっちの方が驚いたね」
「ああ、だから最初の頃は頼りない感じだったのか」
4組一同が納得。
「ええっ、そんなにひどかったかなあ」
神宮寺先生も無駄な抵抗はしないで笑っている。
「4組は楽しそうでいいなあ」
「丹沢は1組だっけ? 担任は、えーと、学年主任のじーさんか?」
さっきから話している違うクラスの彼は、1組の丹沢くんというらしい。
「うん、このBコースが嫌いみたいで、うちの親に考え直しませんかー? とか何とか、しつこく言ってきていたよ」
「えっ? そうなの?」
神宮司先生もびっくり。学校改革を始めても、それぞれの担任の先生によって、だいぶ雰囲気は違うみたいだ。
「うちのクラスの何人かは、それでBコースをやめていたやつもいたみたい。うちのクラス、2人しかいないでしょ? うちの親は、オレに勉強は期待できないって分かっているから、まったくブレなかったけど!」
丹沢くんは、おもしろい人みたいだ。
「そうか、学校改革に賛同していない先生がいるのは分かってはいたけど、実際そういうのを聞くとちょっとショックだなあ……」
神宮寺先生のダメージは、意外と大きいみたいだ。
「先生、オレ3組だけど、うちの先生もそういうの、ありました。考え直せって」
「2組ですけど、うちも。世の中、そんな急には変わらないって言われました」
「そ、そうか……有難う、教えてくれて……」
先生、大丈夫?
「うーん、でもまあ、当然だよね。先生方は今まで当然だと思って信じて来たものを、イキナリ全否定されて、今までと違うやり方でやりなさいって強制されている状態だと思うから、そういうことを言うのは、先生方なりの生徒に対する真剣な助言なんだと思うよ」
あ、持ち直した。
「ああ、今のが相手の立場に立って考えるってヤツですね、先生?」
と、丹沢くん。
「そうそう、大人の方がそれぞれの立場とか人間関係とか価値観の違いがあって、いろいろあるから複雑なんだよって……あっ!」
神宮寺先生が丹沢くんに答えている途中で、さっきオレたちがバスから降りたあたりに止まった車から、人が降りてくるのが見えた。
「こっち、こっち! 遅かったじゃないスか、もう皆、食べ終わっちゃったよ」
どうやら神宮寺先生と仲が良い人らしく、嬉しそうに、両手をブンブン振っている。
そして、相手も親しげに手を振り返している。
「そうなのー? 私のぶん、まだ残っているかな?」
笑っているその顔は、すっごく、知っている顔だった。
オレだけじゃなく、そこにいる全員が。




