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史也の存在

 というわけで、日比野大好き女子の8人は、まあ、ちゃんと反省してくれているなら問題ないかなということで、この件はとりあえず落ち着いた。


 しばらくしたら、また始まるのではないかというオレの心配は杞憂に終わり、この日を境にクラス内の日比野大好き女子は絶滅していた。そしてまた、まったく関係ないけど、「きゆうにおわる」という言葉も、格好良いよね。


 代わって史也に冠された二つ名は〈偏屈ジジイ〉だった。


 どうやら、この前の説教臭い感じが由来らしいんだけど、その手の平返しの扱いにオレは驚愕した。が、史也本人は〈偏屈ジジイ〉という扱いを案外気に入っているらしく、自分で自分をジジイ扱いして喜んでいる。


 相変わらず、何を考えているのかよく分からない奴だ。そして、その何を考えているのか良く分からない史也と、よく気が合っているのが熊野さんだ。


 史也が〈偏屈ジジイ〉扱いになってから、余計に仲良くなった気がする。ていうか、熊野さんのキャラがあの騒動以来、大分変わったと思う。


「旦那、旦那、今日はいい情報ありますよ~」←熊野さん

「おっ、情報屋。おぬしも悪よのう」←史也


 そう言っては教室の端っこでキャッキャウフフと楽しそうに盛り上がり、話し終わるとこっちを振り返り、ニヤニヤしながら史也が戻って来るのだ。


「仲が良くていいねえ」

 オレは頬杖をついて、横目で史也を見た。


「ふふふ、あいつは情報屋として、とても優秀でね」

「何の情報だよ」

「オレが一番喜ぶツボだよ」


 オレは、ちょっと怯んだ。オレは自分で自分を史也とクラスで一番仲が良いと思っているけれど、史也が一番何に興味があるのか実はよく分かっていない。

 相変わらず、何を考えているのかよく分からないままだ。


「何だよ、史也のツボって? 熊野さんは何で分かるの?」

 完全敗北だった。


「だから言っているだろう、熊野はスゴイって」

「まあ、そうだけど」

「じゃあ、未知流は熊野といつも何を話しているの?」


 史也は自分が熊野さんと何を話しているのか教えてくれないくせに、平気でオレには聞いてくる。


「えー? オレと話す時は、だいたい虫かなあ」

 すぐに答えちゃうオレもオレだけど。


「虫?」

「うん、前は虫って見るのも嫌だったらしいけど、龍聖王の餌のゴキブリが普通のより丸くて可愛いっていう話をした時に、オレが虫のデザインとか足の動きとか見るのが好きっていう話を聞いてくれて、それから熊野さんも虫に興味を持ってくれたみたいで」

「すげー、あいつらしいな」

「今、熊野さんが一番好きな虫はザトウムシだって」

「ザトウムシ?」

「ちょっと前にネットで話題だった、黒ウサギが巨大メカを操縦しているみたいなヤツ」

「何それかわいい?」

「でも虫だから」


 史也は虫が苦手なのだ。


「えー、オレも仲間に入れてよ」

「じゃあ、史也も熊野さんと何を話しているのか教えてよ」

「え? それは嫌」


 史也のまったく悪びれない、甘えた様な笑顔が眩しい。


「えへへー」

「もう、なんだよ、それ……」


 本当に、何考えているのか分からなくて、オレは振り回されっぱなしだ。


「ねえ、かけちゃん」


 オレ達の背後で涼やかな声がした。城所さんはこの前の件以来、すっかりかけちゃんに懐いてしまった。呼び方さえ、オレ達と同じ「かけちゃん」になっている有様だ。


「かけちゃんはBコースだよね?」

「うん?」

「いいなあ、私もBコースにしたいんだけど、親が許してくれなくて」

「そういうヤツは多いみたいだな」

「そんな急に世の中は変わらないから、一応大学は行っておけだって。がっかりだよ」

「しょうがないだろ、お前は元々成績良いんだし」

「えー、私はBコースをかけちゃんと一緒にやりたかったのに」

「やーい、残念だったな! お前の分もオレ達がたっぷりと楽しんできてやるぜ」


 かけちゃんと城所さんが仲良く話しているところに、史也が突っ込んだ。偏屈ジジイ扱いになってからの史也は、女子に気軽に話しかける様になっていた。まあ、今は話しかけるっていうか、『喧嘩を売っている』が正しいけど。


「もう、腹立つなあ! なに、その言い方」


 城所さんも、言葉は怒っているけど笑顔全開だ。いろいろゴタゴタしていたけど、自然な形で落ち着いてくれたみたいで、良かったと思う。


 何だかんだで、もう1学期が終わろうとしている。


 始業式の朝の絶望的だったオレとは裏腹に、今では幸せいっぱいな毎日を送るオレがいる。1学期の終わりのクラス対抗の球技大会では、未だかつてない盛り上がりだった。


 運動が出来ようが出来なかろうが、全員がちゃんと仲間であり友達で、一緒に頑張ろうという気持ちにクラス全員が初めてなっていたと思う。


 これが連帯感というヤツか、いや、青春というヤツか、と生まれて初めて実感した。

 何故なら、オレ達は最下位だったけど、本当に心の底から楽しかったのだ。


 この調子だと、運動会とか文化祭とか、今までのオレにとって苦痛でしかなかったイベントが、絶対全部楽しいに違いないと思えてしまう。


 こんなに楽しくて大丈夫なのか、オレ? 今までとあまりにも違いすぎて、つい、いろいろ心配になってしまう。


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