ヒーローの存在
「えーと、では、いじめについて。私の考えを少し、話します。
皆さんは、まんがやアニメや特撮のヒーロー物を見ている時って、ふつうはヒーローに憧れますよね?
ああ、でも最近は悪役が格好良くて憧れたりもしますから、言い方を変えましょうか。では、ヒーローの言っていることが正しいと思うのがふつうですよね?
では、質問です。ヒーローはいじめをするでしょうか?
はい、そうです、当然ですがヒーローはいじめをしません。
いじめをするのは悪役の、しかも美学が無い雑魚レベルの連中のすることです。いじめっ子の皆さんは、自分は雑魚の悪役だと、そこを自覚するべきかと……イタタ!」
画面の横から丸めた紙を持った手がまた出てきて、水玉さんの頭に叩きつけた。ああ、このたまに横から出てくる手が、母親が言っていた『イケメンの助手』なのかな? 今、はじめて気がついた。
水玉さんは、いじめられっ子の味方と言っていたけれど、どうやら本当にいじめっ子はどうでもいいらしい。子供みたいだ。と、笑ってしまった。
そこでふと、自分は、以前自分をいじめていたかけちゃんが、今はすっかり打ち解けた存在になっていることを思い出した。
始業式の日に、あんなにガチガチに恐れていた『穂坂くん』。
もし、その後も何も話さず、何故いじめられていたのかを知らないままだったら、きっと今でも、そして卒業して大人になっても、今の水玉さんみたいにただ嫌っていたと思う。
今、かけちゃんと楽しく毎日話せる友達になれた上に、いい奴だと思える様になったのは、紛れもなくこの水玉さんのお陰なのだということを思い出した。
水玉さんを子供みたいだと思ってバカにしてしまったけれど、きっと水玉さんは、今の自分の状態を間違っていると分かっていて、それを改善するために色々考えてくれているのかな、とか思った。
「あー、失礼。
えーとですね、つまり、何が言いたかったかと言うと、今までいじめ問題については悪役のいじめっ子と、被害者のいじめられっ子しか登場人物がいませんでした。
肝心なヒーローが不在だったのです。だから、いつまでたってもいじめ問題は解決しませんでした」
水玉さんは、おもむろに右手を挙げて、人差し指をビシッと立ててキッパリと言った。
「が、しかし。皆が気づかなかっただけで、実はヒーローは存在していたのです!」
ええっ? と教室がざわめいた。
「それは、皆に平等な太陽です」
教室に、しらーっとした空気が流れた。
えーと、水玉さんは何を言っているのかな? 大丈夫かな? と、オレは真面目に心配してしまった。
水玉さんは手元のフリップを持ち上げると、そこには、白地に赤い文字で『おてんとうさまは みている』と、大きく書かれていた。
「これは、日本で昔から言い伝えられている言葉です。とても良い言葉なのですが、残念なことに最近あまり聞かれなくなってしまいました。
この言葉の意味は、たとえ誰も見ていないところでも、悪いことをすれば『おてんとうさま』が見ていますよ。だから、どんな状況でも悪いことをしてはいけませんよ』という、戒めの言葉です。
さて。この言葉のままだと、『おてんとうさま』は見ているだけで何もしないような気もしますが、実はそうではないと私は考えています。
これは、先ほど私がいじめっ子といじめられっ子が、それぞれの経験によって相手の言葉の受け止め方や返事の仕方が変わっていくという話しをしましたが、実はそれと同じなのです。
分かりやすく言うと、例えば、誰も見ていないところでいじめをしたとしても、先生にはバレないかも知れませんが、おてんとうさまはしっかり見ています。
そして、いじめをした本人の中に、その悪事と悪意は着実に経験値として積み重ねられて、そういう積み重ねを反映した人格に成長するのですよ、ということです。
つまり、『おてんとうさま』とは、自分の心の中にある人格を作り上げる基盤なのではないか、と、私は考えます。
『おてんとうさま』には、何も隠すことはできません。だって、本人そのものなのですから。
いうなれば、『おてんとうさま』とは、その人の心の中の太陽なのです。人として、自分の中の太陽に見られても、恥ずかしくない言動、行動を常に心がけるべきなのです」
水玉さんは、持っていたフリップをパタンと倒した。
「そこで最近、問題になっているネットの悪質な書き込みについてですが、あれは、特にこの基盤を盤石なものにするものだと、私は思うのです。
最近では法改正により書き込んだ人物を特定して裁判にかけられたりもしますが、基本、よっぽど悪いことを書かない限り、自分が書いたと特定されないし、罪にも問われません。
また、何を書いても自分は困らないし、自分が損をすることも無いという安心感によって、その人の中にある悪意が何の遠慮も無く相手に叩きつけられるのです。
悪意の全解放です。
これは、普段の生活では有り得ない状態でしょう。もちろん、ネットですから他人には知られません。
しかし、『おてんとうさま』は全てを見ています。その全解放された悪意は、本人が気づかないうちに、その人の中に着実に積み重ねられているのです。大した罪悪感も無ければ、反省も無いので、溜まり放題です。
そうして、それらを書き込んだ分の悪意を根底にたっぷり蓄え、他人を傷つける言葉の使い方ばかりが上手な闇の深い人格に、日々、成長をし続けていることに、本人たちは何も気づいていないのです。
これもまた、精神低迷期の原因のひとつといえます。
インターネットという、この素晴らしいシステムを使いこなすには、残念ながら私たちはまだ、あまりにも精神が成熟していない様です」
水玉さんが、少し上を向いて大きく息を吐いた。
「2月の3日に節分という行事があります。皆さんもおうちや幼稚園などで、家の中に悪い鬼が入ってこないよう『福は内、鬼は外』と言いながら豆をまいたことがあるのではないでしょうか。
現代では、昔ながらの行事というよりも、商業施設によるイベント要素が強くなってしまって『節分イコール恵方巻』になってしまっていますが、本来の節分には、もっと違う意味合いがあります。
本来の節分には、現代の節分に必ず登場する赤鬼や青鬼は出てきません。
実は、『鬼』というのは、自分の心の中に宿っている『悪いもの』のことなのです。『鬼』は煩悩と呼ばれる欲望や悪い心に住みついて、それが災いのもととなるのだと考えられていて、自分自身の心の中に巣喰っている、その『鬼』を追い出すというのが本来の目的なのだそうです。
昔の人がせっかく、後世にこんなに良い風習を残してくれたのに、現代人は表面的なものしか受け継がず、自分の心の内の悪い部分を反省する機会すら、失ってしまっているのです。
これは、とても残念で、もったいない事です。
先人達が後世の私たちのために残してくれた言葉やその思いを、きちんと考えて受け継いでいけたらいいのになあと、私は思います。
というわけで、皆さんも節分の折には、自分の心の中の鬼を探して、がんばって追い出してみてください」
そう言った水玉さんは、テーブルの下からヒョイとパソコンのキーボードを取り出した。




