1か月目
クラス全員と話し始めて1ヶ月になる。
毎日、全員と話すのは大変だけど、それ以前はぜんぜん話したことも無かったのが嘘みたいなくらい、クラスの誰とでも目が合えば普通に話せるし、相手も普通に話してくれる。
何故ならば、話さなくちゃいけないからだ。
以前の、毎日ひとりぼっちで、いじめられることにビクビクしながら、ただ時間が過ぎるのを待っていた休み時間が、今では信じられない。
毎日話すことで、クラスメイトの性格がそれぞれ分かってきたと思う。話す前に思っていたほど、皆が自信満々じゃないとか、オレを嫌うほどオレに対して関心も持って無いとか、いろんなことが分かってきた。
そして、話すのが下手ながらも、オレという人間を少しずつ理解してもらえている様な気がする。話しかけても、嫌がられている感じがしないのは、嬉しいことだ。
そして何より、その手助けとなっているのは史也の存在だ。いつの間にか、史也を好きな女子たちにとって、オレの存在は史也の手前で気軽に相談できる、相談役的なポジションになっていた。
まあ、何にせよ、女子の人の方から話しかけてくれるというのは、正直、助かるのだ。史也、有難う。
そんな中。
他の女子とは、だいぶ普通に話せるようになってきたけど、城所さんだけは、オレが緊張してしまうせいか、何かぎこちないまま、1ヶ月が経ってしまっていた。
そんなことを考えながら登校した1ヶ月目の朝、下駄箱の前で城所さんに会った。そのまま、教室に向かう道すがら、オレは、城所さんに話そうと考えていた面白い話を頑張って話して、ちょうど教室の入り口でオチがついた。完璧だった。
「ふうん、そうなの。じゃあ今の、今日の会話でいいよね?」
「う、うん……」
今日の会話、終了。
あれ?おかしいな……完璧だったと思ったんだけど……
とまあ、毎日話せるとあんなに楽しみにしていたのに、この1ヶ月、毎日こんな調子だ。以前、一緒にゴミ捨てに行った時には楽しく会話が出来たと思っていたのに……トホホ。
「城所さんは興味が無いことには無関心だし、基本的に話を聞いてほしいタイプなんだよ」
壁に突っ伏して頭を抱えているオレに、誰かが話しかけて来た。
「へ?」
振り向くと、鞄を背負った熊野さんが後ろに立っていた。
「おはよう、古井戸くん。城所さんは自分の話したいことを、自分のペースで聞いて欲しい人なのよ」
「お、おはよう。え? 城所さんが?」
「うん、そう。ホラ、平くんが声掛けた。平くん、上手いから参考になるよ」
「へ?」
教室の中を見ると、確かに平くんが城所さんと話している。空いている城所さんの前の席に座り込んで、頬杖をついて城所さんの話を聞いている。
あれ? オレの時にはあんなにつまらなそうな感じだった城所さんが、平のヤツ相手だとニコニコ楽しそうに話しているではないか……な、何故だ?
「ね? 上手いでしょ、平くん。話を聞くの」
「は、話を聞くのが……上手い……のか?」
「上手いよ。ホラ、あの相槌とか」
平のヤツの声がここまで聞こえる。
「へーっ、そうなんだあ! うんうん、それでー?」
えっ、あんなんでいいの?
「それでねー」
城所さんの楽しそうな声も聞こえる……
「私もなんだけど、古井戸くんは『何か話さなくちゃ!』って気負いすぎている気がするんだ。だから、もうちょっと落ち着いて、相手の話を聞いてあげるといいと思うよ」
「え、でも、相手に話してもらうのって難しくて……」
「大丈夫だよ、城所さんは話すのが好きだから。何か興味がありそうなことをこっちから聞いてあげれば、いろいろ話してくれるよ」
「そっかあ……熊野さんは周りの人を良く見ているなあ」
「えっ、それは……私が人と話すのが苦手だから……」
「そうなの? オレ、熊野さんって話すのが上手いなあって思っていたよ」
「ぜんぜんそんなこと無いし」
「特に史也とか」
「ああ! 日比野くんは」
熊野さんが一度目をぱちくりして、笑いながら言った。
「えーと、共通の話題があるから? そのせいじゃないかな、と思うけど」
「ああ、そうなの? そっかあ、共通の話題があるといいよなあ……」
「そうだよ、毎日話していれば、そのうち共通の話題が見つかると思うよ」
「うん、そうだね。がんばる」
熊野さんは優しい。困っているオレに、上手くいかない原因を指摘した上で、どこをどうしたら良いか的確なアドバイスをしてくれる。熊野さんが話すのが苦手なんて、何かの間違いだと思う。
確かにオレは今まで自分が話すことばかり考えていて、他の人が話している所を気にしていなかった……というか、自分が話すのが下手だから、コンプレックスのせいで、他の人が話している所がうらやましくて見ることが出来なかった、というのが正解かな。だって、あんなに上手に話せないし。
平くんがお手本というのはちょっと何だけど、熊野さんに言われて見てみたら、確かに参考になった。
思い返してみれば、2年前のゴミを捨てに行った時だってオレが話せたはずが無いから、城所さんが話してくれたことに対して返事をしていただけだったと思うし、熊野さんの言うことは正しいと思う。
なので、明日からは頑張って聞き上手を目指し、共通の話題を探り当てるぞと心に決めた。とにかくオレは、楽しく城所さんとお話しをしたいのだ。
★ ★ ★
「今日は、皆と話し始めて1ヶ月経ったので、〈ひとりずつを良く知ろう(仮)〉を、始めたいと思いまーす」
神宮寺先生が、また何かイベントを持ってきた。
「今までも、『友達の良い所探し』的なことをやっていたと思いますが、それのもっと広げた版です。この1ヶ月、毎日皆と話して、それぞれが1ヶ月分の積み重ねが出来ている状態です。
それを、皆で共有しようというのが、今回の目的ですが、まとめて全員は出来ないので、1週間置きに1人ずつやっていきたいと思います」
ええーっ、そ、それは恥ずかしいー……記念すべき1人目に選ばれないことを、心より願っている。
B6サイズの紙が配られた。自分の名前を書く所と、今日の人の名前を書く所と、その人について書く大きなスペースがあった。ここに自分の名前が書かれるなんて、罰ゲーム以外の何ものでもない。と、思った。
「はい、ではこの箱の中に全員の名前が書かれた紙が入っていまーす! で、この中から一人、今日の生贄……じゃなかった、主役を私が選びまーす」
神宮寺先生は持っていた箱の中に右手を突っ込んでかき混ぜて、1枚の紙を取り出した。
「はい、君だ! 古井戸未知流くん!」
ぎゃー、うわー、なんてこったー! 罰ゲームキター……!
「ううっ……」
オレの胃が、キュウッと痛くなった。
こういう、変な時だけクジ運が良いというか、こんないらない所で運を使い果たしてしまうというか、最悪の展開と恥ずかしさのあまり、オレは顔を手で覆い隠した。
「はい、じゃあ記念すべき第1回目は古井戸くんです。自分だけが知っている、古井戸くんはこういう人ですという秘密でもいいですね。皆に、古井戸くんはこういう人だと教えてあげてください」
皆に『ええ~っ』とか嫌なリアクションをされると思っていたのに、意外にも、周りの皆が一斉にカリカリと鉛筆で何かを書き始めていた。
皆がオレについて、何か書くような内容があるのか? ということにビックリして、周りをキョロキョロ見回してしまった。
すると、目の前の史也だけが、頭を抱えて悩んでいる。その姿を見て、また余計なことをいろいろ考えているなとか思って、笑ってしまった。
笑った鼻息で、目の前にあったB6の紙を吹き飛ばしてしまった。慌てて拾い、そこで初めて、その用紙の使い道について、オレはどうすべきなのかという疑問にぶち当たったので、紙をピラピラさせながら先生に聞いてみた。
「あの、先生、オレは……?」
「ああ、そうか。じゃあ古井戸はクラスの感想とか、学校改革の感想とか何でもいいや、好きなことを書いてくれ。あ、俺のことでもいいよ」
なにそれ? オレだけ、選択肢が多くて逆に困ってしまった。イキナリ難題を突きつけられ、そのまま、オレと史也だけが頭を抱える状態になってしまった。
「じゃあ、2人は帰りの会までに提出してね」
そうして、朝の会は終わった。




