友達が、家に来る
オレが教壇のプリントを取ろうとした時、史也がやっと教室にたどり着いた。
「あっ、未知流! オレの分も持って来て」
「ああ、うん」
教室がちょっとざわついた。史也がオレを名前で呼んだことに、みんなが驚いているみたいだった。オレ自身が驚いているのだから当然だ。
プリントを2枚取ったところで声を掛けられた。
「古井戸って、日比野と仲良いのか?」
以前、いじめられたことがある〈佐藤 慶太〉だった。
「日比野って、誰かとつるむとかまったく興味無さそうなヤツなのにさ。名前で誰かを呼ぶなんて、初めて聞いたかも」
「えっ、そうなの?」
「古井戸は幼なじみか何かなの?」
オレはぶんぶん首を振ってから答えた。
「ううん、昨日話したのが初めてだよ」
佐藤くんは、目と口をポカンと開けていた。オレも、そんな気分だった。
「ふ、史也、はい」
史也を取り囲む女子の上から、プリントを手渡した。名前で呼ぶのは、まだ照れる。
「お、サンキュー」
女子たちがざわついた。その中に、〈伊東 実咲〉と〈三原 麻耶〉を見つけた。
「あれっ、伊東さんと三原さんはさっきも史也と話していたよね? 他の人とも話さないと、今日は大変だって……」
「はあ?」
2人は怒った顔でオレを見た。オレは本気の親切心で言ったつもりだったので、心底びっくりした。
「え、いや、えーと、今日は4時間授業だから、朝と休み時間が3回しかないんで、それぞれ9人以上話さないと間に合わないよって、寺崎くんがさっき教えてくれて……」
「うるさいなー」
「大丈夫だよ」
伊東さんと三原さんに怒られてしまった……超怖い。ごめんなさい。
「伊東さんと三原さん、古井戸くんの言う通りだよ」
「そうだよ、他の人とも話さなくちゃ」
その場にいたほかの女子も同意してくれたけど、でも、なんか険悪な空気になってしまった。オレのせいでどうしよう……と思っていたら。
バン! と、史也が机を両手で叩いた。
「解散」
史也の女子に対する扱いって、すごいクールだ。やっぱりイケメンだから、女子の扱いに慣れているのだろうか?
「えー……」
不満そうに、女子が散っていった。
横でプリントに書き込んでいた寺崎くんが笑って言った。
「古井戸、お前、面白いわー」
「ええっ、オレは寺崎くんに教えてもらったのが、すごいなあって思ったから、みんなにも教えてあげようと思っただけだったんだけど、何か、怒らせちゃったみたいで……」
「ホラ、だから言った通りだろ? 」
史也が人差し指を立てて言った。
「女子はすぐ怒る」
「あ……」
オレは困惑した。だって、今、彼女たちが怒ったのはオレが余計なことを言ったからだ。
「でもさ、今の会話で古井戸は人数を稼げただろう?」
寺崎くんがいいところに気がついた風にフォローしてくれた。
「でも、今のって、会話になっていたかな? 」
「伊東と三原は名指ししていたし、オッケーだろ」
「プ、プリントに書かなきゃ……」
「未知流、オレが今日話していた相手教えてー」
史也がむちゃくちゃを言う。とりあえず、オレが目視した女子の名前と、平くんに丸を付けてあげた。
「えへへー、サンキュー」
この甘えた笑顔に弱い。
「ホラ、何を話したかちゃんと書かなきゃ」
「覚えてないよ」
くそー、自由人め……
とりあえず、オレは朝から話した相手を思い出しながらプリントに書き込んだ。
平くんと、史也と、寺崎くんと、4人目が穂坂くん。教室に入って、高橋さんと、熊野さんと、佐藤くんと、伊東さんと三原さん。おお、9人クリアだ!
ホッとしながら話した内容を書き込んでいると、史也がオレのプリントを指先でコンコン叩いた。
顔を覗いてみると、何やら機嫌が悪い。
「これは、何?」
指差したのは、穂坂くんの欄だった。そこには『2時に校門』とだけ書いてあった。
「あ、これは、オレが家に来ないかって誘ったから……ちょっと、訳があって……」
「ふうん」
「ふ、史也も、オレの家来る?」
ニコーッと史也が笑って言った。
「うん、1時ね! 家は知っているから、直接行く」
「う、うん。了解」
オレは史也の欄に、『1時にオレの家』と書いた。
★ ★ ★
バタバタだったけど、2日目も全員がなんとか全員と話せて終わった。
昨日よりも、上手く話せるようになった気がするし、昨日ほど緊張しなくなったと思う。確かに毎日話していれば、女子とも普通に会話が出来るようになるかもしれない……と、思えてきた。
伊東さんと三原さんには、明日ちゃんと説明して謝りたい。こんな風に、毎日話すきっかけがあるのは、とてもありがたいことだと思う。こういうことを毎日繰り返すことで、お互いの性格とか、対応の仕方とか、いろんなことが分かるようになる、ということなのかな、とか思った。
それに、史也が言っていた、いじめをする暇を無くしてしまおうというのは、案外、本当かもしれない。だって、本当に話すのに忙しくて、他に何も出来ないのだ。ずっと、このままだったら良いのに。
とか思ってしまうけど、そのうちみんな慣れてきたら、またそれは別な問題が出てくるのかもしれない……とか、つい後ろ向きなことを考えてしまうのは、オレの悪い癖かな。もっと前向きになりたい。
★ ★ ★
家に帰って、今日は友達が2人来ること、そのひとりは穂坂くんだということを母親に伝えた。
母親は張り切ってあれやこれや考えて計画を立てていた。穂坂くんには、オレが教えるって言ったんだけど、どうやら母親は自分が教えるつもりらしい。
でもまあ、その方が確実かな。
お昼ごはんを慌てて食べて、片付けている時に、史也が来た。1時10分前だった。
「おじゃましまーす」
「まあ、いらっしゃい! 未知流のお友達が遊びに来るなんて、初めてなのよ」
母親がはしゃいでいる。
「えっ、本当ですかお母さん?」
「しかも、こんな格好良いイケメンくんなんて」
「日比野史也といいます、よろしくお願いします。あの、これ母が皆さんで召し上がってくださいって」
何か紙袋を手渡した。大人と話す史也はしっかりしていて優等生みたいだ。
とりあえず、二人でオレの部屋に行った。
「これが未知流の部屋かー!」
と、叫びながら史也がベッドにダイブした。そしてすぐにガバッと体を起こして、はしゃいだ感じで言った。
「もちろん、ここに入ったのも、オレが初めてだよね?」
「う、うん、もちろん」
史也が首をかしげて、にっこり笑った。
「えへへー」
おれも笑ったけれど、スゴく、照れくさい。
「これ、何?」
ベッドの脇に置いてある2つの飼育ケースを覗き込んだ。
「虫?」
眉間にシワをよせて、嫌そうな顔をした。ウジャウジャいるからね。
虫は嫌いみたいだから、ゴキブリって言っちゃ駄目だな。
「うん、そっちはデュビアっていう虫で、こっちの子の餌だよ。見る?」
オレは、もう一方の飼育ケースの中に置いてある隠れ家をそっと持ち上げた。隠れ家の形に丸まった豹柄のヤモリがじっとしている。
「うおっ、思ったよりでかいのが出て来た!」
のぞき込んでいた史也は、びっくりしてのけ反った。
「何これ、トカゲ?」
「ヒョウモントカゲモドキっていう、ヤモリだよ」
「うわー、こういうのが好きなのかー」
史也、ドン引き。
「このでかいのが、この虫を食べるの?」
「うん、でも食べるのが下手なんだ。目の前にいるのに、すぐ逃げられるし」
「へー、もう野生じゃ生きていけないな。トカゲって、懐くの?」
「えーとね、最近ちょっと慣れてきた気がする。爬虫類だから脱皮をするんだけど、空気中の湿度が足りないと指先がちゃんと脱皮できなくて、皮が残るんだ。
で、それを放っておくと指が取れちゃったりして、それが原因で死んじゃったりするらしいんだよね。
だから、皮が残っていたらお湯につけてふやかして取ってあげなくちゃいけないんだけれど、基本、触られるのが嫌いだからスゴイ必死で逃げるんだ。
でも、何回か取ってあげている内に、やっと最近『あ、これ、取ってくれているのかな』って分かってくれたみたいで、取っている間、じっとして我慢していたりするのが、スゴイかわいい」
「へー、トカゲって意外と頭良いんだな。あ、名前は何ていうの?」
「聖なる龍の王って書いて龍聖王」
「うはは、無駄にカッコイイな!」
史也は、龍聖王の頭をそーっと撫でてから、ハッとして言った。
「あ、そうだ。未知流の部屋に浮かれてすっかり忘れていたけど」
史也が、真面目な顔で言った。
「穂坂の話、聞いていい?」
「あ」
オレはゴクリ、とツバを飲み込んだ。




