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第20話 仮説

 男達は寝静まり、用心棒は押し黙ったまま焚火を見つめている。

 俺も同様に、揺らめく小さな炎を見つめていた。


 ――俺は今のこの状況を『何らかの理由で出国し、渡航先でトラブルに遇い記憶を失い彷徨っている』と解釈している。

 突拍子もない、とは自分でも思っている。

 しかし現状を見て、僅かでも合理的な説明を試みようと思えば、突拍子もない話でも持ち出すよりないではないか。

 俺は旅行が好きで、僅かながら海外の経験もある。

 また機会があればどこか外国に長期でと、タイミングを伺っていたのも確かだ。

 仕事は一体どうしたのか疑問は残るが、それはまあ良い。

 有給は相当残っていたはずだし、万一辞めてしまったのだとしてもまた別な職に就けばよい。

 日本に戻れさえするならば、そんな事は些事だ。


 ただ、何一つの荷もなく、ボロきれに等しい服を着せられていたのは納得が行かない。

 あれは、どう考えても人の手に因るものだろう。

 いつでも旅行道具には拘りがあったし、俺が自らそれらを手放したとは考えにくいからだ。

 やはり、誘拐または犯罪行為に巻き込まれたというのが、妥当な気がする。


 突拍子ついでに、そうであるならばとても腑に落ちる仮説がある。

 例えば、タイムスリップなんて、どうだろう?

 出会う人々の非現代的な営み。道具。住居。立ち振舞い。

 どれもこれもが、海外のファンタジー作品か何かの様に見えるのだ。

 理屈はさておき『貴方は1000年前にタイムスリップをしました』などと言われたら、どれだけ腑に落ちる事だろう。


 しかし俺は以前、ホーキング博士の『時間順序保護仮説』を読んでいた――昔から、ホーキング博士のファンなのだ。

 原理的に、過去へのタイムトラベルは不可とする内容の本だ。

 光円錐を無視し因果律を破り過去へタイムスリップなど、絶対に有り得ない。

 誰がどれだけ説明を重ねても、俺はホーキング博士を支持するだろう。


 だが、確か。と、遠い記憶を掘り起こす。

 時間順序保護仮説では、未来へのタイムトラベルは禁じてはいなかったのでは?

 過去の前近代などでは無く、ここが遠い未来なら。

 戦争か、災厄か、某に因って人類は衰退しもう一度文明を。


 いや、馬鹿らしい。あまりにも。

 そもそも未来へ行くにはウラシマ効果が必要で、それには光速度に近い相対速度が必要で――。


 俺は、疲れているんだろうか?

 当然だ。疲れていない訳がない。


 ――まるで、悪い夢を見ているようだ。

 そう。

 この全てが、夢の途中という事は?

 俺は、明晰夢――夢の中で夢と気付く夢――を認識したことは、ただの一度もない。

 夢の中でこんなにも思考が鮮明であった覚えもない。

 しかし例えば、いつでも夢の最中にあっては、この今と同様の思考の明晰さを持ち合わせているとしたら?

 それらは全て、目覚めと同時に曖昧模糊とした夢の欠片と消えるのでは――?


 胡蝶の、夢だ。

 目が覚めたら俺はいつもの自分のベッドに居て、何やら分からぬ場所を彷徨い歩いた様なうっすらとした記憶だけが残り、そしてそれも朝食を摂る頃にはすっかりと忘れ――。

 では、今のこの俺はどうなるのだろう?

 毎夜、眠る度に己を見失った俺が生まれ、そして何も理解せぬまま露と消えゆくのだろうか?


 考えるだけでも、恐ろしい。

 今こうして思い悩んでいるこの俺自身が、目覚めと共に消えてなくなるなんて!

 しかし、ある朝起きると見知らぬ外国で、しかも何故そこにいるのかも分からないなどという悪夢と、果たしてどちらがマシだろう。


 ――気が、狂いそうだ。

 と、そんな想いが頭をよぎったその瞬間。

 俺はタチの悪い仮説を思い付いた。


 正に、俺の、気が狂っているという可能性は?


 そもそもこれは、本当に、現実か?

 もしもこれが現実でないならば、どんな状況だって考えられるだろう。

 本当の俺は病院かどこかのベッドに眠ったままで、全ては脳内で演じられているだけの幻想――。

 いや、それはまだマシな想像だ。

 最悪、俺の体は十全で、夢遊病者然として街中をうろうろと彷徨い、周囲の風景や人々に勝手な妄想を押し付けているのだとしたら。


 俺は、身震いした。


 落ち着け、これはパラノイアだ。

 狂人は自らの狂気に気付きもしないという。

 では、自らの狂気を疑う俺の正気は、一体誰が保証するというのか。

 ……俺は、狂ってしまったのだろうか?


「おい、おい!」


 用心棒に声を掛けられ、俺は我に帰った。


「どうした? 酷い顔をしてるぞ?」

「……ダイジョウブ」

「もう、寝ろ。俺が見張りをしているから」


 俺は、うっすらとしたパラノイアを抱いたまま、眠れぬ眠りに就いた。

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