第19話 野営
動き出した荷馬車の乗り心地は、控え目に言っても最悪なものだった。
道は荷馬車一台分の広さしかなく、でこぼことしており、時折ぬかるみすらある。
そのひとつひとつが直接的な衝撃となり、俺の尻を痛めつける。
――これは、酷いな。
背嚢をクッションにするも、さして意味は無かった。
仕方無しに俺は、荷車を降りて歩く事にした。
重要なのは荷車に乗ることではない。
彼らと共に、街へ向かう事だ。
荷車を降りて歩き出した俺は、殿に付いた騎手に話し掛けた。
「あぶない? このミチ」
「ん~?まあ、一人二人なら盗賊に襲われるって事もあるが、隊を組んでりゃまず安全だな」
良かった。見た目よりは接し易い男の様だ。
「ま、俺はお飾りだな」男は、そう言って笑った。
「所でお前みたいなガキが何をしに街へ行くんだ?」
「いえ、とてもトオイ。わたし、カエル」
「……? そうか。大変だな」
ガキ呼ばわりされた事に、若干の不愉快を覚える。
確かに身長ならば見るからに俺が低い。
それにしても、彼も俺と同程度の年齢か下手すりゃもっと若そうだが――いや、アジア人の顔は若く見えるのだろう。
人種の違いに文句を言った所でどうにもならない。
俺は、生まれた不愉快を脇に置いた。
「おい」
用心棒――と俺が勝手に呼んでいる騎手――が、乾燥させた果物らしきものを投げ寄越した。
「それでも食いな。先は長いぞ」
「アリガトウ」
俺は歩き疲れては荷車に乗り、荷車に乗っては尻を痛めとしながらも、どうにか隊について歩を進めた。
日も傾きかけた頃、隊長の指示により隊商は歩みを止め、野営の準備に取り掛かった。
俺も何か手伝うべきかと、枯れ枝拾いに参加する事にした。
焚火を熾す所も観察したが――やはり、火打ち石を使っていた。
焚火を囲んで男たちが集まりだした。
俺は、持っていた堅く焼しめられたパンを供出し、代わりに肉を得た。
用心棒から回された革袋を一口煽ったが――これが酷いクセのある酒だった。
俺は一口だけで革袋を返したが、用心棒はそんな俺の様子を見て、何事か言うと大いに笑った。
気を良くした用心棒と、もう数人の男とが歌うのを眺めた。
当然だが、どこで聴いた覚えも無い、異国の歌。
ふと気付き、俺は平らな手の平大の石くれを拾い上げる。
それを持ち、まだ素面でいる行商人の一人に問い掛ける。
「これ、モッテないか?」石くれを耳に当てて見せる――携帯電話だ。
『ドゥー、ユー、ハブ、ア、モバイル?』英語でも追ってみる。
行商人は何の事か分からぬという表情をし――隣に居たもう一人も、同じ反応だった。
どうにも、腑に落ちない。
人里とはいえ、未開の奥地に通信インフラが無いのはまだ分かる。
しかし行商を行う商売人に携帯電話も通じないなんて、有り得るだろうか?
未開に見せかけたアフリカの少数民族も民族衣装を着ているのは観光客の前だけで、プライベートでは携帯電話を使っているだなんて話は、ネット上の冗談に過ぎないのだろうか?
シルクロード上、中央ユーラシアの各地で少数民族が伝統的生活を営む姿を収めたDVDを見たのを思い出したが、あれはそもそも20年以上前の作品で参考にはならないだろう。
聞けば向かう先の街はそれなりの規模だとの印象を受けている。
行けばはっきりするだろうが、それでもやはり、腑に落ちない。
焚火の着火に火打石。
ライターひとつも無く?
盗賊を恐れ帯剣した用心棒を雇う。
銃ではなく、剣に鎧?
その胴鎧にしても、とても銃弾を防げるようには思えない。
未開の一言で、済ませてよいのだろうか?




