第14話 少年
漁村に到着して四日が過ぎた。
俺は港で貝や魚の仕分けなどの単純労働に従事しているいる少年に、さらに従事していた。
「アキラ、運ぶから手伝え」
少年が俺を呼ぶ。
「ワカッタヨ」
俺は少年に付き従い、空になった篭を運ぶ。
彼の名前はサピロ、おそらく15歳位――顔付きと仕草から目星を付けただけで、実際の所は分からないが――だと思う。
彼を含め数人の少年少女が仕分け作業をしている所に何気なく近づき、なに食わぬ顔で作業に混ざってみたのだ。
少年たちから最初は何事か文句を言われたが、作業を続けた所で排斥されるまでには至らなかった。
子供に取り入るのは苦手でもないし、嫌いでもない。
彼らに混ざったのは、無論子供相手の方が与し易しと見たのもあるが、観察していた所彼らがひっきりなしにお喋りをしていたからでもあった。
案の定、子供達は良い話し相手になってくれた。
そして最初に話し掛けたサピロが、何とはなしに俺に対して兄貴風を吹かせているという訳だ。
どこの国であれ、子供というのは素直で良い。
俺が言葉に不自由だと知ると、どの少年少女も俺にあれこれと言葉を教えてくれた。
まあこれは、初めて見るアジア人が珍しかったからなのかも知れないが。
結果、四日が経ち俺の語彙は幾分と増え、簡単な会話ならこなせる様になっていた。
「ガキ共、今日は終わりだ!」
いつも通りサピロが報酬を一括で受け取り、他の少年少女に分配している。
俺は、いつも通り受け取りを固辞した。
おそらく報酬を受け取らない事も、俺がここにいて許される理由のひとつだろう。
彼らの分け前を減らす事にはならないからだ。
仕事の後、俺達は他の少年達と共に川で水浴びをしていた。
「なあアキラ。なんでお前はカネを受け取らないんだ」
「ことば、オシエル。わたし、タスカル」
「変な野郎だぜ」
「サピロ、これ、オシエテ」
「…」
「サピロ?」
サピロは、俺の問いが耳に入らない様子で、茫然とどこかを見ている。
視線の先には――離れた所で同様に水浴びをする少女の一団。
嬌声を上げる半裸の少女達の中に、サピロが見ているものを見つけた。
「サピロ、またミーチ、ミテル」
「……違うって!ふざけんな馬鹿!」
俺はサピロをからかった。
漁港で働く少女、ミーチ。
俺が見た所サピロのお気に入りの少女だ。
サピロ本人は強く否定するが、俺の目は誤魔化せない。
俺も目の端で水浴びをしているミーチの姿を捉えた。
まだ未発達だが、膨らみかけた乳房が可愛らしく、肢体は柔らかな曲線を描いている。
明るく、笑顔が魅力的な少女だ。
『青春って、イイですなぁ~』
俺は水に浮かび日本語で独りごちた。
数日間だけだが、俺は平和で安穏として過ごしていた。
少年達だけではなく、漁港の大人達も俺が存在する事そのものを咎めたりはしなかった。
多少の言葉も覚えたし、ここで暫く過ごすのも悪くない――そんな、気分だった。
おそらく、望めば賃金を得られる仕事にもありつけるだろう。
どうせなら子供達のやっている雑用ではなく、もう少し割の良いちゃんとした『仕事』が良い。
事ある毎に「ジャパンからきた」と言っている――「ジャパン」の意味は、通じて無い様だが――ので、いずれどこかで誰かの耳に入るかも知れない。
そうしたら日本から、外国の僻地で暮らす日本人を訪れるようなテレビ番組のクルーが来て、でもその頃の俺にはこの場所での生活基盤があって――。
「アキラ、上がろうぜ」
サピロによって俺の夢想は、断ち切られた。
「ソウダネ」
彼に続き川から上がる。
その後はいつもの流れで、串焼き屋の親父の所に行った。
相変わらず食事はここで済ませているし、彼もまた簡単な雑用と引き換えに色々と教えてくれるからだ。
そしてその日は、親父が思い掛けない事を口にした。
「そういや、明日は市が立つな」
「あした?ナンノコト、イチ?」
「あぁ?店がな、こう、沢山な。行商人、いっぱい、だ」
市!市場が立つと、そう言っているのか?
それは面白そうだ。
この数日で、すっかりと命の危険をどこかに置いてきてしまった俺は、呑気にそう考えた。
どの程度の市かは分からないが、外套を新調するくらいは、できるだろう。
夜は、俺の格好を見かねて仕事仲間の少年が譲ってくれた――串焼き一本の礼と引き換えに――外套にくるまれているものの、これがまた酷いボロだからだ。
それに、金の問題だ。
そろそろ茶色の硬貨は残りが寂しくなってきていた。
銀色の硬貨は交換レートもわからなければ、人々の間でやり取りされているのも見たことが無く、扱いに困っていた所だ。
市、か。
俺はインドのバザールを思い出し、小さく笑った。




