第13話 商取引
漁港――などとお世辞にも言えないが、とにかくは俺は、潮の匂いを頼りに小さな港に出た。
いや、これは嘘だな。
適当に荷馬車の後をつけ、辿り着いただけの事だ。
港はゆるやかな湾に囲まれており、幾本かの小さな木製の桟橋が海へと伸びている。
河口もここへ続いている様だ。
海は穏やかで、浮かぶ船はどれも小さく、帆は無い。
手漕ぎボートで投げ網漁か……随分と、原始的に見える。
荷を降ろす男、積む男。
何かを仕分ける女。
幾人かの子供も、何らかの作業に従事しているようだ。
ここなら、おそらくは――当たりだ!
俺は通りの端に、幾つかの露店らしきものを見つけた。
何かの串焼きに、焼き飯らしきものまである。
香ばしい匂いに、いよいよ腹が鳴り出した。
購入できるものだろうな?
野盗から拝借した茶色い硬貨、それが駄目なら先日の男女から渡された銀色の硬貨が、通じると良いのだが。
会話に自信がないため、逸る気持ちを抑え僅か距離を空け露店を観察する。
男が近づいた。様子から労働者ではない。
串屋の親父が数本の串を渡し、何かを受け取る。
売買が成立している様に、見えるのだけれど……。
しかし、何も渡さず串焼きだけを受け取っている様子も伺える――労働者然とした者は特に、だ。
後は、買ってみるしか、ないだろうな。
俺は小銭入れからひと握りの硬貨を取り出した――銀貨だけはそのまま戻したが。
硬貨の価値も、串焼きの価値も分からない。
インドでも台湾でも、モノの値段は基本的にぼったくりだった。
しかしそれは、こちらが見るからに観光客然としていたからだ。
物乞いがごときこの格好では、そもそも商取引に応じてくれるものだろうか。
「タベモノ、わたし」
俺は、串焼きを指差しながら硬貨を見せる。
親父は一瞬手が止まるも、俺の顔をじろりと見て――串焼きを一本、渡してくれた。
良かった! 本当に、良かった……。
親父は、広げて見せた俺の手から、硬貨を一枚だけつまみ上げた。
何かの肉だとは思うが、食の細い俺にその串焼きは、一食として十分な大きさだった。
彼らのガタイもデカいが、串焼きもデカい。
肉には若干の臭みがあり、とても美味とは言えない代物だったが、重要なのは味ではない。
価値が変わらずば、この串焼きを二十数回は食える事になる。
一先ず命は繋がったと、俺は胸を撫で下ろす。
肉を噛みしめながら、思い出す。
北海道旅行に行った時に口にした羊肉――ジンギスカンは、臭みが苦手であまり食えなかったな、と。
遠い昔の思い出だ。
あれはユミではなく、誰か他の女の子だったはずだが、果たしてそれが誰だったか。
もはや顔も思い出せずに……。
飢えは回避できた。
では次は?最終的に大使館に至るため、意志疎通の図れる相手からの助力が必要だ。
しかしどうやって?
日本語で助けを求めながら、通りを練り歩くか?
それとも日本人を探して村から村へと旅をする?
いくらなんでも、非現実的に思える。
道行く人々を相手には、俺の持つ語彙では助け自体を求められない。
それなら。
――話して、みるか。彼らから教わった、極僅かな単語が通じるとして。




