3話
「何だ…この用件名……」
俺は慌てて今までの記録を開く。
焦ってなかなか開けない。
指先が汗ばんでつるつる滑る。
くそっ、まだか?
ようやく開いた膨大な記録の比較的あたらしい中に、一枚の写真データが貼ってあった。
そこには二人の男女が仲好くバスの座席に隣同士で座っているのを、バスの窓の外から撮った写真だった。
二人で顔を見合わせて笑いあっている女の顔は沙也加で、男は見知らぬ顔だった。
思い出した。
バス旅行の日、俺は何となく感傷的になり、乗るはずだったバスを見送りに行ったのだ。
そして目撃した。
沙也加が親しげにほかの男とバスに乗り込んだのを。
「お前、俺と行くはずだったバス旅行に、他の男と行ったのか…?」
「…え? ……どういうこと?」
沙也加はわけがわからないといった顔で俺を見つめた。
沙也加の困惑した顔だけを見れば、俺のほうがおかしなことを言っているような気持ちになる。
「なら、これは何なんだよ…」
そうだよ、この写真はどうなるんだ? もしかして他人のそら似なんだろうか?
いつもの沙也加みたいに「やだぁ、何やってんの! これ違うわよ?」って笑い飛ばしてくれるんだろうか…。
俺は携帯を見せつつ沙也加の反応を期待して待った。
「やっだ、何写真なんか撮ってんの? きもっ、何? 私のストーカーなわけ?」
「なっ!」
吐き捨てるように言葉を叩きつけられ、思わず絶句した。
さっきまで俺の腕の中で頼りなげに泣いていた沙也加は、今や汚らしいものを見る目つきで、いや見るのも嫌だといわんばかりに眉間にしわを寄せて俺の前に立っていた。
「さ、沙也加、お前開き直んじゃねえよ」
うろたえつつも沙也加に詰め寄ると、そんな俺に沙也加は顔を醜く歪めて笑った。
「はっ、そもそもアンタなんかと付き合ったことないし! どう? この世界で彼氏面できて楽しかった? 私はすっごく気持ち悪かった!!」
「お、お前……」
唐突に沙也加は空を見上げて叫んだ。
「この男が私の身代わりになれば生き返れるって話だったけど、もう気持ち悪くてこれ以上我慢できないっ!! もう下りるわこんなの」
そしてこれ以上ないくらいの憎しみをこめて俺を睨み付けた。
『もうこれ以上私に付きまとわないでっ!』
その一言だけが、妙にリアルに耳に残った。
そして世界は暗転し、俺の意識は闇の中に溶けていった。
「アパートの空き室で、男の遺体が発見されたそうです」
派出所で電話を受けていた若い警官が、奥のほうで茶をすすっていた年配の警官に声をかけた。
「おいおい、この年の瀬にんな馬鹿なことする奴がいるのかよ!」
年配の警官はだみ声で面倒くさそうにがなりたてた。
がたいはよく顔は厳つく、しかも天然パーマなせいでパンチパーマに見える頭と三拍子そろった姿はまさにやくざ者といった風貌だが、間違いなくこの街を守る警官である。
「いや、私に言われてもですね…」
対する若い警官は、線が細くいかにも気の弱そうな若者だった。
さっそく現場へと急行し、遺体の確認をした二人の警官は驚いた。
その現場と遺体の男は、二人の警官が担当したあるストーカー事件の関係者だった。
現場の部屋は、依然ストーカー被害にあっていた女性が住んでいた部屋であり、発見された遺体はそのストーカーの男であった。
被害者の女性とストーカーの男は同じ大学に通っていたが特に面識はなかった。
しかしいつからか男が一方的に女性につきまとうようになり、携帯で盗撮したり、女性のアパートの周りをうろつくようになった。
女性から被害届が出されたため、パンチパーマの警官と気弱な警官は見回りなどをした。
その際に何度かストーカーの男に職務質問をして接触したこともある。
男は窪んだ眼でじろりと二人の警官を見ると、ぶつぶつ言いながらすぐに去って行った。
何を言っているのかはよくわからなかったが、「死ね、俺の邪魔をする奴は爆発して死ね…」というのが聞こえたのを覚えている。
またこの被害女性の父親がひとくせある人物で、「警察なんぞに任せておけない」と堂々と警官に言ってのける人物だった。
自分で娘のアパートの張り込みをし、ストーカーの男に怒鳴りつけてひと悶着、いや二悶着ぐらい起こしてくれた。
隣でいつも頭を下げて謝る奥さんがいなければ、パンチパーマ警官の血管が4本くらいはぶちぎれていたかもしれない。
そんな騒ぎを往来でおこすものだから、アパートの隣の家の若奥さんが不安そうに何度か通報してきたのも覚えている。
確か妊娠したばかりで精神的に不安定なところに、ストーカー男がうろつくわ、しょっちゅう警官が見回りをしているわ、被害者の父親が怒鳴るわで、本当にかわいそうな人だった。
今回の遺体発見で更に気を病んではいないだろうか。どうか負けずに元気な赤ちゃんを産んでほしいものである。
ストーカー案件については接近禁止令が言い渡され、女性もアパートを引っ越した。
婚約者のところで同棲をするそうだ。
一度だけ、婚約者とバスに乗っているときにストーカーを見かけたと報告があり、警戒していたところにこの遺体発見の流れとなった。
女性が引っ越して空き室になっていた部屋に鍵を壊して侵入し、睡眠薬を大量摂取しての自殺だっだ。
携帯には1時間ごとに女性について書かれた日記のようなものが大量に記録されていたが、遺書となるものは見つからないため動機は不明のままだ。
「ストーカーの考えることなんざ、わかろうとも思わんな」というのがパンチパーマ警官の言葉であり、気弱な警官も同意であった。
「やっぱりコタツにはみかんですね」
ストーカー男の自殺騒動の事件処理に追われ、どうにか大みそかまでには片付いた。
二人はようやく落ち着きを取り戻した派出所の休憩室で、こたつに入りながらお茶をすすっていた。
そんななか、若い警官がふとつぶやいた。
「睡眠薬を大量に飲んだら、死ぬ前に夢とか見るんですかねぇ。夢を見ながら死ぬんですかねぇ…」
「死者の見る夢ってか? ろくでもねぇ夢に決まってら。くだらねえこと考えてねえで、記録書のほうしっかり書いとけよ!」
年配警官にどやされて、若い警官は今年の仕事を終わらせるために腰を上げた。
来年はこんな陰気な事件の起きない、清々しい一年になってほしいものである。
休憩室から聞こえてくる年末の特別番組の音を聞きながら、若い警官はストーカー案件の書類をまとめるのであった。
完 良い一年が迎えられますように!
書き終わってみれば1万字もいっていませんでしたね、すいません。
変な事件など起きない、良い一年を迎えられますように!!




