シーン1 初めての戦闘
赤い戦士に変身したあかりと妄想界の魔獣バク。人間とディスペアー、最初の戦いである。
空気はヒリつき、間断なく続くサイレンの音が、緊迫感を嫌が応にも高めていた。
智恵と美佳はあかりの背後で、孫悟空とアラジンは空中から、その様子を見守っている。
バクは腕を振り上げながら奇声を上げた。
「バクバクバクー! 人間が変身するなんて生意気バクー! お仕置きしてやるバクー!!」
「ふーんだ! 変身したらこっちのもの! あんたこそ、覚悟しなさいよね!
行くわよ、智恵、美佳!」
売り言葉に買い言葉、とばかりに言い返すと、あかりは智恵と美佳に呼びかけた。
……だが。
「だからぁ! あんた誰なのよ!」
智恵は電話の相手と激しく言い合っていた。
「うっせえな、今それどころじゃねえだろ! お前も変身しろ!」
「あんたねぇ! いたずら電話ならもっとリアリティのある台詞言いなさいよね!」
そして美佳は。
「はぁ~、よかったぁ、携帯、傷とかついてないみたい……」
「お、お嬢様……それよりも、変身を……」
ほっとした表情で携帯を眺めていた。その携帯からはおろおろした雰囲気の男性の声が、健気に美佳に呼びかけている。
「あなたはどなたですか……? うちは執事雇ったり出来るセレブじゃなかったはずだけど……」
「あの……智恵? 美佳?」
思わず二人を振り向くあかり。無理もない。戦いはもう始まっているのだ。
「バックバク~!! 赤いやつ、覚悟するバクよ!!」
バクがあかりに向けて身構えた。あかりも構えるが、この【赤い戦士】としての戦い方がまだわからない。
「あたしピンチ! 燃えて来た……っ!!」
ヒーロー好き体育会系熱血天然少女丸出しの台詞を吐くと、一歩踏み出した。
次の瞬間。
「バク~~~! 象鼻回転……竜巻ビンタ! バクバクバク~~!」
バクの鼻が高速回転し、その先端があかりに襲い掛かった。咄嗟にガードするも、身体ごと吹き飛ばされてしまう。あかりはブロック塀を突き破って地面に叩きつけられた。
「あかりちゃん!」
「あかり! 大丈夫!?」
二人は塀の穴に駆け寄ろうとするが、バクが割って入り、行く手を塞ぐ。
「あの赤い奴は片付けたバク。今度はこっちの二人バク~」
鼻歌でも歌いそうな気楽な口調で迫るバク。
二人は悲鳴を上げた。絶体絶命の危機がすぐそこまで迫っていた。
……が、その時。
「……っくぅっ! いったいなぁ!!」
ブロック塀に空いた穴の向こうから聞こえるあかりの声。
「ぶ、無事だったバク!?」
バクが振り向いた時、塀の向こうであかりは立ち上がっていた。
「……こうなったら必殺技!! とうっ!!」
掛け声とともに空高くジャンプし、美しい伸身のフォームで後方宙返りをする。この流れはまさに、あかりが憧れてやまなかったマスクドガイ雷牙の――。
「ひっ……さつ!! 雷牙ァ……キーーーーック!!」
気合とともに空中でキックの態勢に入ると、一気にバクを狙って急降下する。
「そんなの当たらないバク~」
「は……はずれた?」
バクはあっさりとかわし、長い鼻の下からチロっと赤い舌を出した。
「くぅっ! もぉ、馬鹿にして……!」
「あかり、雷牙キックはマスクドガイ雷牙の必殺技だ! 今のお前には無理だ!」
「ええ~~~~!? そんな……!」
マスクの中に響く弧次郎の声。本家マスクドガイ雷牙に言われてしまっては、あかりも返す言葉がない。
弧次郎の声に、緊迫感が滲みだした。実戦経験のないあかり一人で魔獣に対抗するのは、自殺行為だ。
「あとの二人は……どうしたのだ!?」
「どうしたって言われても……」
あかりが智恵たちを振り返る隙も無く、バクはあかりにその鼻を向けていた。あかりをからかうようにくるくると回して見せる。
「バックバク~! 手応えないバクね~。楽勝バク~!」
くるくると鼻を回しながら、バクは一歩あかりへ踏み出した。あかりの戦闘力を読み切っているのか、全身から余裕が滲みだしていた。
「急げあかり! 三人の力を……三つの力を合わせるんだ!」
「わかった! 智恵、美佳!」
あかりはバクを見据えたまま叫んだ。この変身が戦隊のものならば、三人そろえば無敵のはずだ。少なくともあかりの信ずる常識ではそうだった。
……しかし。
「おまっ……回りよく見てみろ! 怪物と、変身した友達がいんだろうが!」
「あ~もう! うるっさいわね! 今現状を分析してるんだから黙っててよ!」
智恵は携帯電話と口喧嘩していた。
そして美佳は。
「お嬢様、それより、お友達がピンチです!」
「え? あ……あかりちゃんが!」
携帯電話から聞こえる執事風の声に、美佳の顔にも緊張が走る。
「お嬢様、念写を! 私の力を念写して、お嬢様の力と合わせるのです!」
美佳はうなずいた。
ついさっき、あかりが変身したのを見ている。自分にもできるのなら、あかりを助けたい。
その気持ちと同時に、美佳は携帯から聞こえる男の声に絶大な信頼感を感じていたのだ。
理由はわからない。だが美佳は、既に理由など考えないレベルで、彼を信頼しきっていた。
「ええと……写メで良いんだよね……?」
確認するようにつぶやくと、美佳は優雅な手つきで携帯を額に当てた。
「……念写!」
美佳の声に呼応して、携帯が光を放つ。
画面から強烈な光があふれ、その中に浮かび上がったのは……。
端正な顔立ちをした、金髪碧眼の青年。
「あ、あなたは……?」
無論、美佳はその青年の顔に見覚えはない。だが、どこかで見た事があるような、そしていつもそばにいてくれたような、不思議な親近感が胸の内に存在していた。
「お嬢様、謹んで競演させていただきます!」
柔らかな笑顔を浮かべる美佳を、携帯からあふれた光が包み込んだ。
そして。
「美佳も変身した……って、すっごく黄色っ!!」
変身した美佳は、あかりと同じデザインのスーツに身を包んでいたが、その色は完全に黄色一色だ。
「うーん、ちょっと目がチカチカするね、この色……」
美佳は自分の身体を見回して、ちょっと不満げな声を出した。
「二人になったところで、問題ないバクよ~!」
バクが鼻をくるくる回しながら二人を見比べた。戦闘力は赤の方が高そうだったが、その赤い方の必殺技は既に破っている。そこに戦闘力が低そうな黄色が増えたところで、脅威になるはずもない。
あかりは気を引き締めて拳を握りなおした。
「気をつけて……手強いよ!」
「うん、でもなんかすごいね! 智恵ちゃんもおいでよ~!」
楽し気に手を振る美佳。信じられない現象の連続に、智恵は考え込む。
「美佳まで変身……? どういう事……?」
「あ~もーうっとうしい!」
苛立ちのこもった声を最後に電話が切れた。同時に智恵の電車が空中に浮いた。
「え、あ、あたしのチャリンコ智恵スペシャルが……?」
智恵の目の前で、自転車がガチャガチャと音を立てながら変形し、色が変化していく。
そして。
変形を終えた時、智恵の自転車は黄金色に輝くホウキになっていた。
「へ、変形した……?」
呆然とつぶやく智恵。己の才覚の全てをつぎ込んで改造した自転車が、竹箒のような形になってしまったのだから無理もない。
変形した黄金のホウキに顔が浮かび、智恵に向けて怒鳴りつけた。
「おめーは一生そこで考えてろ! 俺様が代わりに戦ってやる!」
ホウキはそう言い捨てると、バクに向き直った。
「ほ、ホウキ……あたしのチャリンコ智恵スペシャルが……」
トップスピードでバクに向かって飛翔しながら、ホウキはちらっと智恵に視線を投げた。
「へっ! ホウキっつってもタダのホウキじゃねえ! 俺様は……ぐはっ!!」
バクの鼻に弾かれて、カラン、と音を立ててホウキが地面に横たわる。バクは鼻をくるくる回しながら笑い声をあげた。
「よそ見しながら飛ぶのは危ないバクよ~。あーあ、みんな弱くてつまんないバク~」
「なんでホウキがしゃべるの?飛ぶの……?あたしの……チャリ……」
力なく転がるホウキを見つめ、まだ呆然としている智恵。
「智恵! 変身して!」
「智恵ちゃん!!」
必死に声をかけるあかりと美佳に、ホウキが顔を向けた。
「へ……っ、赤と黄色のお二人さん、こいつには無理だぜ。頭だけで考えて、現状を受け入れるって事ぁ出来ねえんだから……」
その言葉は、誰よりも智恵の耳に届いた。心に刺さった。
なによ、ホウキの癖に。
なによ、このあたしを馬鹿にしようっていうの?
この、天才科学者、鷹城智恵を!!!
「うっさいうっさいうっさーーーい!!
出来るわよ! やればいいんでしょ! やれば!!
……念写!!」
智恵が携帯を額に当てると、携帯が強烈な光を放った。
画面から強烈な光があふれ、その中に……。
目と口がついた、黄金のホウキ。
地面に転がっていたホウキは、自転車に戻っていた。
「……上出来じゃねえか。俺様の力、お前にも使わせてやる!」
ホウキが光に溶け、その光が智恵を包み込む。
そして。
「あたしも……変身出来た……」
「へっ、だから言ったろーが」
智恵の身体は、あかり達と同じデザインのスーツに包まれていた。三人目の戦士、誕生である。
その色は――。
「すごい!! 智恵ちゃん真っ青!」
「お嬢様、それは少しニュアンスが……」
全身青一色の戦士となった智恵が、あかり、美佳と並び立つ。戦隊誕生の瞬間であった。
「よーし、三人そろったからには、もう負けないわよ! 怪物、覚悟!!」
あかりが気合たっぷりに叫んだ。が。
「……あれ?」
「怪物は?」
きょろきょろと見回す美佳と智恵。だが、バクの姿がない。
既に空中にいた悟空とアラジンの姿も、どこにも見えなかった。
「……逃げたようだな……」
「え~~~~~!!」
あかりのヘルメットから弧次郎の呆れ声、続いてあかりの落胆の声が響く。折角の戦隊初戦闘が、始まる前に終わってしまったのだ。
「おめーがぐずぐずしてっからだぞ!」
智恵のヘルメットからホウキの声。その声は智恵の癇に障った。
「うるさいわね! しょうがないでしょ! 不可解なことをそのままにしておけない性格なんだから!」
「智恵ちゃんは、天才科学者だもんねっ」
「へっ、どうだか」
ホウキと智恵の空気が険悪になっていくのを察したのか、美佳のヘルメットから優し気な声がそっと割り込んだ。
「ところでお嬢様、戦闘も終わったようですし、私は携帯に戻ろうと思いますが……」
「そうだな。俺もそうさせてもらう」
三人のスーツが無数の光と散って、あかりたちは制服姿に戻る。そして……。
「あ……! 待ち受けが弧次郎に……!」
「弧次郎……。それが、俺の名か」
待ち受け画面に表示された弧次郎が、ゆっくりとうなずいた。
「え! しゃべった! ……って、もうそんなに驚かないけど。でも弧次郎さん、自分の名前、知らなかったの?」
「私たちはお嬢様たちの妄想から生み出された存在ですから……」
あかりの問いに、美佳の携帯から執事風の男が答えた。
「妄想のモデルはあるだろうが……やはり、妄想主がどう呼ぶか、だからな」
「ええ。私たちはお嬢様たちの妄想によって生まれた、お嬢様たちの『戦う力』なのです」
弧次郎たちの言葉は、彼女たちにとってまだ理解しきれるものではなかった。しかし怪物の出現、自らの変身という異常な経験をしたばかりの三人は、それぞれの感性のまま受け入れ始めてもいた。
「そっか。私の妄想から生まれたから、私をお嬢様って呼ぶのね」
美佳には覚えがあった。小さなころからあこがれていたのだ。自分を守り、導いてくれる王子様がいてくれたら、と。
成長するにつれ、何故かそのイメージは王子様から若い執事に変わっていった。その理想の姿が、今携帯に表示されている。
「私は美佳。あなたの名前は……やっぱり、モーツァルトからとって、ウォルフガング……でいい?」
「ありがとうございます。それではウォルフとお呼びください」
執事風の男――ウォルフは画面の中で目を閉じ、頭を下げた。
「ね、ウォルフさん。あなたたちは、携帯に住んでいるの?」
美佳の無邪気な質問がウォルフを困惑させる。
どう説明すればよいのかわからなかったのだ。実際彼ら自身、自らの存在がどういうものであるのか完全に理解できているわけではなかった。
「住んでるっつーか、宿っているって言う方がハマる表現だがな」
智恵の携帯から、目鼻のついたホウキが助け舟を出した。
「お前たちの妄想力、つまり俺様たちの力を、この……携帯電話? で、この世界に念写して具現化するわけだ。
このちびはアタマで理解できねえと納得しねえらしいから、これからじっくり説明してやらねえとな。
はーーーめんどくせえ」
最後に余計な一言を付け加えるホウキ。智恵はたまらず噛みついた。
「ちびとは何よ! ホウキのくせに! あたしには智恵って名前がちゃんとあるんだから!!」
「うるせえ! 好きでホウキになってるわけじゃねえ!」
「あかりのも美佳のもなんかイケメンの男の人なのに、なんであたしのだけホウキなのよ!」
「おめーの妄想が元になってんだ! こんな姿にされた俺様の方が被害者だっての!」
「あたし、こんなバカホウキ妄想した覚えないから!」
「てめー、今度ホウキって呼びやがったらただじゃおかねえからな! ふんっ!」
「フン!」
ヒートアップしていく智恵とホウキをぽかんと見ていたあかりたち。仲裁に入ろうにも隙がなかったのだ。
言い合いがようやくひと段落したところで、あかりが口を開く。
「と、とにかく、今日は家に帰ろ? もしかしたら明日また怪物が来るかも知れないし。
弧次郎さんに戦い方とか教えてもらわないと……」
「そうだねっ。ウォルフさん、いろいろ話そうね!」
「かしこまりました、お嬢様」
いつの間にか日は傾き始め、あれほどうるさかったサイレンの音も止んでいた。
そして三人が歩きだした時。
智恵の携帯から聞えよがしの声が響いた。
「はぁ~あ。俺様なんでこんなガキのお守りをしなきゃなんねえんだ……?」
「なっ……! あんたには、聞きたいことが山ほどあるからね?」




