シーン9 @夜の教室
10万人もの人々を開放し終えた時、時計は既に21時を回っていた。
「ふ~、さすがに疲れたわね」
智恵が息をついて、イチゴオレを飲んだ。
三人と水上は、教室で一息ついていた。机には、約束通りジュースやお茶の類が大量に用意されている。
紅いひょうたんのストラップ――ひょうタンは、ホウキから取り外され、机の上に置かれていた。
「先生、ここまで付き合ってくれてありがとうございました! 家にも連絡してくれて……」
あかりがぴょこんと頭を下げた。
「教師として当たり前の事をしただけだ。
さぁ、あとはそのひょうたんを壊すだけだな」
水上はゴミ袋を机の上に置いて、三人を見回す。
「ゴミ袋を三枚重ねにして、中にひょうたんを入れてから叩いて壊す。いいな?」
あかりがうなずいて、ゴミ袋をとった。
「待て、あかり。本体以外にもコピーが大量にばらまかれているはずだ。それらを見つけるために、本体が必要になるかも知れない」
「いーーーーーーーーーえ、だいじょぶでーーーーーーーーーーーす」
間延びした、少しイラッとする声で、紅いひょうたんのストラップ――ひょうタンが言った。
「ほーーーーーんたいが壊されれーーーーーーーーーばぁ、
ぼーーーーーーーーくたちのちーーーーーーからもーーーーーーーーぉ、
なーーーーーーーーくなってしまいまーーーーーーーーーす」
「力がなくなる……って、大丈夫なの? ひょうタン」
美佳がストラップを取り上げ、描かれた顔を見つめる。
「そーーーーーうですねーーーーーぇ、
ぼーーーーーーーくたちは、ほーーーーーーーーんたいのちーーーーーーからで
出ーーーーーー来てますからーーーーーー、
下ーーーーー手をするとーーーーー、どーーーーーうじに壊れまーーーーーーす」
「えっ、そんな……」
「でーーーーもぉ? おーーーーーじょうさまのおかげでーーーーーーーーぇ、
わーーーーるい赤ひょうたんからーーーーーー、
せーーーーいぎのひょうタンにーーーーーー、なーーーーれたのでーーーーーす」
ひょうタンの表情は、あくまでも爽やかな笑顔だった。
自分が大切な人たちを吸い込んだせいで、美佳を苦しめていた。だが美佳の力のおかげで、少しでもその罪滅ぼしが出来たのだ。
ひょうタンは満足だった。
「ほーーーーんたいがあるとーーーーぉ、
まーーーーたわるいことがーーーーー、おーーーーこるかもしれませーーーーん。
だーーーーーからーーーーーーー……」
「うん……壊さなきゃ……だね……」
智恵がうつむいて、言った。
「でも……でも……っ!!」
「那須野……これは、彼の意志なんだ。もう二度と、お前を苦しめないために……」
涙で滲む美佳が見つめる先で、ひょうタンは曇りのない笑顔のまま口を開いた。
「ありがとう……お嬢様……」
「ひょうタン……っ」
美佳はひょうタンを握りしめて、肩を震わせた。
「なんだよ……普通に喋れんじゃねーか……。最後だけかっこつけやがって……」
ホーキングはそう言うと、携帯の中に消えた。
「あかり、本体を……破壊するんだ……」
「うん……」
あかりは本体のひょうたんを袋の中に入れて、金づちを握りしめた。
「あかりちゃん、ちょっと待って……!」
金づちを振りあげたあかりを、美佳の声が止めた。
「せめて……最後は、悪い事した本体の色じゃなくて……。
ひょうタンの色、塗り直してあげたい……」
「お嬢様……」
あかりはうん、とうなずいて、金づちを下ろした。
「……わかった。
ねぇ美佳、何色に塗るの?」
「うん、ひょうタンが幸せになれるように……幸せの色……」
こうして、大量失踪事件は幕を閉じた。
紫金紅葫蘆の本体を破壊すると、コピーたちは力を失い消滅したが、幸せの色に塗られた美佳のコピーストラップは力を失っても消えることはなかった。
ウォルフの宿った美佳の携帯には、今でも黄色いひょうたんのストラップが揺れている。




