税吏の横暴と、最初の決断
朝の訓練が一段落した頃、エルム村に不穏な馬の蹄の音が響いた。
蓮は棍棒を振るっていた手を止め、村の入り口の方を見た。
ルークが素早く木陰に隠れ、耳をピクピクさせて様子を窺っている。
「馬車……三台。武装した男が八人。旗はフェルン王国のものだ」
獣人の少年の報告に、村人たちの顔が一気に曇った。
「税吏だ……」
村長が苦々しく呟いた。
蓮はすぐに村民たちに指示を出した。
「訓練道具は隠せ。女性と子供は家の中に。男たちは自然に集まれ。
俺が前に出るが、皆は後ろで静かにしていろ」
馬車が村の広場に止まると、派手な服を着た中年男が降りてきた。
腰に剣を差した護衛たちが、周囲を威圧するように睨み回す。
税吏の男——名前はバルドスといった——は、村長を見るなり鼻で笑った。
「ほう、今年も生き残っていたか、エルム村。
魔物が増えているという報告を聞いていたが、まだ税を納められる余裕があるようだな」
村長が頭を深く下げた。
「バルドス様……今年は魔物の被害が大きく、収穫が例年の七割ほどです。
どうか、少しだけ猶予を……」
「猶予? 笑わせるな」
バルドスは村長の言葉を遮り、指を鳴らした。
護衛の一人が荷馬車から大きな天秤と袋を取り出す。
「今年の税は昨年の1.5倍だ。王国が魔王軍対策で軍費を増やしている。
文句があるなら、村ごと焼き払うぞ」
村民たちがざわめいた。
子供が母親の後ろに隠れ、ルークの耳がぴったりと頭に張り付く。
蓮は静かに前へ出た。
「失礼ですが、バルドス様。
税を1.5倍に引き上げる根拠を教えていただけますか?」
税吏の視線が、蓮の端正な顔に向けられた。
イケメンになった容姿と、落ち着いた物腰に、わずかに眉を寄せる。
「誰だ、お前は? この村の者ではないな」
「神崎蓮と申します。通りすがりの旅人ですが、この村に滞在しています。
村の状況を少し聞きました。魔物の被害が深刻で、今年は本当に厳しいようです。
王国としても、村が潰れてしまっては税収がゼロになる。
現実的な数字で交渉できないでしょうか」
蓮の言葉は丁寧だったが、核心を突いていた。
自衛隊時代に何度も経験した「上層部の非現実的な要求」と「現場の苦情」の板挟み。
ここでも同じ構造が見えた。
バルドスは鼻を鳴らした。
「交渉? 下賤の分際で偉そうな口を。
お前のような若造が何を知っている。税は王国が決めるものだ。
さあ、早々に納めろ。足りなければ、村の娘を何人か連れて行ってやる。奴隷市場でいい値がつくぞ」
その言葉に、村人たちの間に怒りの空気が広がった。
ルークが小さく唸るような声を漏らす。
蓮の胸の奥で、正義感が静かに、しかし強く燃え上がった。
「娘を奴隷に? それは王国法に則った行為ですか?」
「法などどうでもいい。力のある者が決めるんだよ」
バルドスが護衛に目配せした。
武装した男たちが剣の柄に手をかける。
その瞬間、蓮は決断した。
「皆、武器を取れ。ただし、殺すな。威嚇と制圧だけだ」
彼の声は低く、しかし村中に響いた。
訓練で少しずつ身につき始めた「指揮の響き」が、そこにあった。
村民たちが棍棒や農具を握り、昨日学んだ簡易陣形を自然に取る。
ルークも小さな石を手に、木陰から身を低くした。
「なんだ、この態度は!」
バルドスが顔を赤くして叫んだ。
戦闘は一瞬で始まった。
護衛たちはプロの傭兵らしく動きが素早かったが、蓮の指示は的確だった。
「前衛は板で受け止めろ! 横から回り込め! ルーク、足を狙え!」
獣人の少年が素早い動きで石を投げ、護衛の一人の膝を正確に撃った。
隙を突いて村の男たちが棍棒を振り下ろす。
蓮自身もナイフを手に、最も強そうな護衛に突っ込んだ。
レベル5になった身体能力と、自衛隊の格闘技術が融合し、相手の剣をかわしながら急所を的確に打ち据える。
【スキル『戦闘指揮』 レベル1を取得しました】
戦いの最中、再びスキルが開花した。
蓮の指示がより明確になり、村民たちの動きにわずかな連携が生まれる。
バルドスは馬車に逃げ込もうとしたが、ルークが縄を投げて足を絡め、転倒させた。
数分後、護衛たちは全員地面に倒れ、武器を奪われていた。
誰も致命傷はない。蓮が「殺すな」と厳命したおかげだ。
蓮はバルドスの前に立った。
「税の件は、今年は例年通りで勘弁してもらう。
王国に報告するなら『魔物の被害が激しく、村が自衛に追われている』と伝えてくれ。
余計なことを付け加えたら、次は容赦しない」
バルドスは震えながら頷いた。
イケメンだが冷たい目をした若い男の威圧感に、完全に気圧されていた。
「わ、わかった……今回は見逃してやる……」
馬車が慌てて村を去っていくのを見送り、村民たちから安堵と興奮の声が上がった。
「蓮様……本当に税吏を追い返した……」
「村が助かった……」
村長が深々と頭を下げた。
「しかし、これで領主に目をつけられたかもしれません。どうしましょう……」
蓮は静かに答えた。
「目をつけられるのは覚悟の上だ。
このまま搾取され続けるより、立ち上がる方がマシだ。
俺はここに留まる。村を守り、皆で強くなる。
必要なら、この村を俺たちの拠点として、もっと大きな『義勇軍』を作ってもいい」
その言葉に、ルークの目が輝いた。
「僕も……一緒に戦う。蓮さんについて行きたい」
他の村民たちも、次々と頷き始めた。
昨日まで「どうしようもない」と思っていた人々が、少しずつ希望を見出し始めている。
夜、焚き火の前で蓮は一人考えていた。
【クエスト『腐敗した税吏を退けよ』 完了!】
【経験値獲得】
【レベルが2上昇しました】
【現在のレベル:7】
さらに、
【称号『村の守護者』を取得しました】
力は着実に増えている。
しかし、蓮はわかっていた。
これはまだ序の口だ。
本当の敵は、この村の領主であり、王国の中枢にいる腐敗した貴族たち。
そして、遠くで蠢く魔王軍。
「現代の知識を、すべて活かす。
衛生、訓練、戦略、補給……
この世界の魔法と融合させて、誰もが守られる秩序を作る」
ルークが近づいてきて、控えめに声をかけた。
「蓮さん……これからどうするの?」
蓮は少年の頭を軽く撫でた。
「まずは村を要塞化する。
次に、近くの村や、逃げてきた獣人たちを仲間に加える。
少しずつ、だが確実に、軍団を大きくしていく」
彼は夜空を見上げた。
「俺の正義は、ここで始まる。
弱き者を守り、理不尽を正す軍略家として——」
遠くの森から、魔物の遠吠えが聞こえてきた。
しかし、今のエルム村には、もう怯えるだけの村人しかいなかった。
新たな仲間と、新たな決意を胸に、
神崎蓮の異世界での戦いは、本格的に動き始めた。




