鉄の牙要塞への進撃
ヴォルド男爵を捕らえてから十二日後。
『秩序の盾』は大きく変わっていた。
総勢は180名を超え、訓練の精度も格段に上がっていた。
エルム村とミスト村の二拠点はすでに軍事基地として機能し始め、新たに第三の小規模前進基地も建設中だった。
神崎蓮は司令所で最終作戦会議を開いていた。
エリシア、シオン、ルーク、ミア、そして新たに前衛副官となった狼族の戦士ガルムが集まっている。
「目標は黒鉄商会本拠地『鉄の牙要塞』。
ここを落とせば、辺境一帯の奴隷取引ネットワークが崩壊する。
守備兵は約180名。堅固な石造りの要塞で、魔法使いも数名いる」
シオンが地図を指しながら報告した。
「要塞の弱点は北側の崖。
警戒が薄く、登攀すれば裏手から侵入可能。
ただし、岩場は魔物も出る危険地帯だ」
エリシアが腕を組んで言った。
「正面突破は犠牲が大きい。
北側からの奇襲を主力にすべきだ」
蓮は頷き、作戦を発表した。
「作戦名『牙折り』。
三段階で進める。
第一段階:シオンとルーク率いる斥候隊20名が、要塞の注意を南側に引きつける。
第二段階:俺とエリシア、ガルム率いる主力50名が北の崖から登攀し、裏門を内側から開ける。
第三段階:ミア率いる残り部隊が正面から突入し、捕虜の解放と要塞の制圧を行う。
目的は要塞の完全占領と、奴隷の解放。
可能な限り敵を殺さず、降伏を促す」
ルークが目を輝かせた。
「崖登り、僕が先導するよ! 獣人の足なら大丈夫!」
ガルムが低い声で言った。
「前衛は任せろ。 エリシア様と一緒に、門を守り抜く」
蓮は全員を見渡した。
「これは今までの戦いの中で最大規模の作戦だ。
失敗すれば大きな損害が出る。
しかし、成功すれば辺境の解放が一気に前進する。
皆、準備はいいな?」
「「はい!」」
決行は三日後の深夜に決まった。
その間、蓮は徹底的に訓練を重ねた。
崖登攀の連携、夜間での合図システム、要塞内での分隊行動——細部まで何度も確認した。
そして、作戦当日。
雲一つない夜空の下、『秩序の盾』の主力が鉄の牙要塞に接近した。
シオンとルークの斥候隊がまず南側で陽動を開始した。
火矢を放ち、大きな音を立て、敵の注意を南門に集中させる。
その隙に、蓮率いる主力隊が北の崖に取り付いた。
ルークが先頭で岩を登り、縄を下ろす。
獣人の敏捷性が、ここで最大限に活きた。
エリシアとガルムが重い装備を背負いながらも、力強く登っていく。
蓮は最後尾で全員の安全を確認しながら登った。
自衛隊の山岳訓練の記憶が、異世界の岩場で蘇る。
崖を登りきった時、要塞の裏手が見えた。
警備は予想通り薄かった。
「第二段階開始。 裏門を制圧する」
エリシアとガルムが先頭に立ち、裏門の守備兵を瞬時に無力化した。
蓮が門の閂を外し、内側から大きく開ける。
「第三段階! 突入!」
ミア率いる正面部隊が、一斉に要塞へ雪崩れ込んだ。
要塞内は大混乱に陥った。
「敵襲だ! 裏門が開いている!」
黒鉄商会の傭兵たちが慌てて武器を手に走り回る。
しかし、『秩序の盾』の連携は完璧だった。
エリシアの前衛部隊が正面から敵を押し、エリシア自身が獣人の力で敵を次々と吹き飛ばす。
ガルムがその横で重い棍棒を振り回し、道を切り開く。
蓮は中央で指揮を執りながら、的確に指示を出した。
「右翼の魔法使いを優先的に制圧!
捕虜の檻はルーク隊が解放!
補給倉庫はミア隊が確保!」
ルークとシオンが素早い動きで檻を次々と開け、捕らわれていた獣人たちを解放していく。
解放された者たちは、最初は怯えていたが、『秩序の盾』の旗を見ると希望の表情に変わった。
要塞の最奥で、黒鉄商会の幹部である中年男・バルガスが、護衛を引き連れて立ちはだかった。
「貴様らが『秩序の盾』か……!
よくもここまで……!」
蓮は静かに前に出た。
「弱い者を金のために売り飛ばす者たちに、正義の審判を下しに来た。
降伏しろ。無駄な抵抗はしない方がいい」
バルガスが怒りに顔を歪め、魔法使いに命じた。
「奴らを焼き払え!」
炎の魔法が放たれるが、蓮は冷静に指示を出した。
「前衛、盾を上げろ! 横に散開!」
エリシアとガルムが盾代わりの板で魔法を防ぎ、蓮がその隙にバルガスへ接近。
ナイフの柄で顎を打ち、瞬時に気絶させた。
【スキル『要塞攻略指揮』 レベル1を取得しました】
【現在のレベル:32】
戦いは二時間で決着した。
鉄の牙要塞は『秩序の盾』の手に落ち、捕虜として解放された獣人は180名を超えた。
敵の死傷者は六十名程度で、多くは降伏した。
要塞の地下から発見された大量の帳簿には、ヴォルド男爵だけでなく、王国の中堅貴族数名が奴隷取引に関わっている証拠も残っていた。
勝利の朝、要塞の広場で蓮は全軍の前に立った。
「皆、よく戦った。
これで辺境の奴隷取引は大きく弱体化した。
しかし、まだ完全に終わったわけではない。
黒鉄商会の残党は王都方面に逃げているはずだ。
これからも警戒を続け、仲間を増やし、軍団を強くする」
エリシアが皆の代表として言った。
「蓮……あなたは本当にすごい。
小さな村からここまで軍団を導いた。
私は、これからもあなたの盾として戦う」
ルークが笑顔で飛びついてきた。
「蓮さん、勝ったよ! 僕たち、強くなったね!」
シオンとミア、ガルムも静かに頷いた。
蓮は皆を見渡し、静かに宣言した。
「次は王都方面への影響力を考える。
奴隷取引の黒幕を暴き、腐敗した貴族を一掃する。
そして、遠くで蠢く魔王軍の脅威にも備える。
『秩序の盾』は、もう止まらない。
正義と秩序の旗を、この大陸に広げていく」
要塞の空に、朝日が昇っていた。
解放された獣人たちが、新たな希望に満ちた目で蓮を見つめている。
神崎蓮は拳を握り、静かに誓った。
「俺の正義は、ここで形になり始めている。
自衛隊の知識と経験を、すべてこの世界のために——」
鉄の牙要塞を手中に収めた『秩序の盾』は、
辺境の小さな抵抗から、
本格的な勢力へと、
確実に歩みを進めていた。




