不敵な年下くん2
その微笑ましい背中を見送っていたアリアドネの背後で、わざとらしい扇子の打ち鳴らす音が響いた。
「あらあら、随分と余裕ですこと。未来の王妃候補を手玉に取って、聖女気取りかしら?」
振り返ると、そこには豪華な装飾をこれでもかと盛り込んだ令嬢たちが、嘲笑を浮かべて立っている。
彼女たちは、あの星夜祭の夜にもアリアドネに対し「光らない」「貧乏臭い」と罵った面々だった。
名門の家柄を背景にした「加護師」としての誇りを持っている彼女たちは、自分たちよりも注目を浴び、国王夫妻から直接の賛辞を受けたアリアドネが疎ましかった。
「王妃様をたまたま救ったからといって、調子に乗られては困りますわ。所詮は『貧乏伯爵』の出。最高級の素材を賜ったところで、豚に真珠というものでしょう?」
「本当ですわね。エシュリオン王子やセリアス様をたぶらかして……身の程を知るべきですわ」
投げつけられる言葉は、嫉妬という名の毒をたっぷりと含んでいた。
彼女たちは、かつて自分たちが下に見なしていた存在が、一晩にして「国の至宝」へと駆け上がった現実が受け入れられないのだ。
アリアドネは、その低俗な言葉の数々を静かに受け止めた。以前の彼女なら、ただ俯いて耐えることしかできなかっただろう。だが、今の彼女の指には、自らの意志で選び、紡ぎ上げた誇りがある。
アリアドネは、かつての自分とは違う。けれど、今ここで言い返して、国王陛下が整えてくださったこの素晴らしい夜会に泥を塗るわけにはいかなかった。
「……身の程、ですか。ええ、肝に銘じておきますわ。私がすべきことは、誰かと口論することではなく、陛下に賜った糸で最高の仕事をすることですから」
アリアドネは静かに、けれど芯の通った声でそれだけを告げた。令嬢たちが「な、なんですって……!」と顔を真っ赤にするのを横目に、アリアドネは腕にかけていたストールを、ふわりと肩に羽織り直すと彼女の存在を人々の意識からそっと消えていく。
令嬢たちが「あら、どこへ行ったのかしら?」とキョロキョロと周囲を見渡し始めた隙に、アリアドネは音もなくその場を離れた。
「――おやおや。奇跡の加護師殿ではないか」
アリアドネが振り返ると、そこには成金として名高いガストン侯爵が、脂ぎった笑みを浮かべて立っていた。
(何故、ストールを羽織ったのに気づいたのかしら……)
シルフィード家の最大の債権者であり、かつては借金のカタにアリアドネを娶ろうと画策していた男。彼は獲物を見つけた蛇のような目で、アリアドネのシルバーブルーのドレス姿を舐めるように見回す。
「ふん、垢抜けたものだ。貧乏伯爵の娘だった頃が懐かしいよ。……あと少しで、君を私のコレクションとして手に入れられると思っていたのに。実に残念だ」
ガストンは強欲さを隠しもせず、アリアドネに一歩近づいた。
「だが、王妃を救った程度で舞い上がるなよ? 騎士たちが竜に敗れ、国が傾けば……また私の金が必要になる。その時は、今度こそ君を『加護』ごと買い取ってやろう」
不快な脂の臭いと、身勝手な欲望。アリアドネはストールを強く握りしめ、冷ややかな視線で彼を射抜いた。
「おやおや、反抗的な目だな!」
ガストンはアリアドネの細い腕を掴み、捻り上げる。
「な……っ、離してください!」
「ははっ、いい肌触りだ。このドレスも、中身もな」
強引に引き寄せられ、ガストンの厚い胸板に押しつけられた。鼻を突くのは、高級だがひどく鼻に付く酒の悪臭だ。
ガストンは脂ぎった指でアリアドネの腰から背中にかけて、執拗に体の線をなぞり始めた。
アリアドネは必死に抵抗し、その胸を押し返そうとする。だが、贅を尽くした巨体は岩のようにびくともしない。
「無駄だ。自分で縫ったこのストールのせいで、周りからは我々が仲睦まじく語り合っているようにしか見えんのだよ」
皮肉なことに、アリアドネが人目を避けるために使った「目眩ましの加護」が仇となった。楽しげな楽団の音に遮られ、誰一人として彼女の危機に気づく者はいない。
「……顔色が悪いな。少し酒が回ったんだろう? さあ、静かな部屋で休もうじゃないか」
ガストンはアリアドネの耳元で囁くと、逃げられないよう強引に彼女の肩を抱き込み、会場の外へと連れ去ろうとした。アリアドネの視界が、恐怖と絶望で歪み始める。
ガストンは勝ち誇ったように喉を鳴らし、動けなくなったアリアドネをいっそう強く抱き寄せた。
「そう、いい子だ。震えて私を待っていたんだろう?」
アリアドネは必死に声を上げようとしたが、喉の奥が引き攣り、言葉にならない。
恐怖で強張る指先が、ドレスの生地を虚しく掴んだ。
(……誰か、助けて……)
視界が涙で歪み、シャンデリアの光が滲んでいく。
脳裏に浮かんだのは、皮肉を言いながらも常に自分を見守り、傷ついた指先を誰よりも先に案じてくれた、あのシルバーグレーの髪の男。
アリアドネは絞り出すような震える声で、彼の名を呼んだ。
「……セ、セリアス……様……っ」
その瞬間だった。
「――ボクの名前をそんなに可愛く呼んでくれるなんて。……ご褒美をあげないと」
廊下の温度が、一瞬で氷点下まで叩き落とされた。
ガストンの背後、闇の中から現れたのは、優雅な微笑みを湛えたセリアスだった。
だが、その微笑みは凍てつくほどに冷たく、トパーズ色の瞳には、ガストンをひき肉にしても足りないほどの強い殺意が渦巻いている。
「な……ヴェ、ヴェントゥスだと!? 貴様、なぜここが……」
「目眩ましの加護? ……笑わせないで欲しい。オレが、彼女の縫い目の癖を見間違えるとでも思ったのかい?」
セリアスが指先を軽く振ると、アリアドネを掴んでいたガストンの腕が、ミシミシと音を立てて白く凍りついた。
「ぎ、ぎゃあああああっ!?」
絶叫するガストン。セリアスは一歩、また一歩と優雅に近づくと、アリアドネを力強く引き寄せ、自分の胸の中へと隠した。
「その汚い手を離せ。……さもないと、心臓まで凍らせてあげるよ?」
「……チッ、覚えていろよ! おい、ボリス! どこにいる、早く来い!」
凍りついた腕を抱え、ガストンは見苦しく従者の名を叫びながら、夜闇の向こうへと逃げ去っていった。
廊下に静寂が戻った瞬間、アリアドネの緊張の糸がぷつりと切れた。崩れ落ちそうになるその身体を、セリアスは強い力で抱きしめる。
「……良かった。間に合って、本当に良かった……」
耳元で聞こえるセリアスの声は、先ほどの冷酷さが嘘のように震えていた。アリアドネは彼の胸に顔を埋め、ようやく安堵の涙をこぼす。
「ごめんなさい、ヴェントゥス様……。私、自分の加護を過信して……」
「……謝らないで。ボクが目を離したのがいけないんだ」
セリアスは彼女の背中に回した手に力を込め、壊れ物を扱うように優しく、けれど離さないという意思を込めて抱きしめ続けた。
先程、セリアスがエシュリオン王子に言われ向かった先で待っていたのは、実務とは何の関係もない、どこかの令嬢との縁談という至極くだらないもの。
柔らかな微笑を崩さず、内心では苛立ちを感じながら適当に話を切り上げ、胸を騒がせる嫌な予感を抱いてテラスへ戻った。
だが、そこにアリアドネの姿はなく、念のために彼女に付けたヴェントゥス家の『影』により、場所を知ることができたのだ。
セリアスは1つ短く息を吐く。
「……もう大丈夫だ」
泣きじゃくるアリアドネを軽々と抱くと、迷いの足取りで進み始めた。
途中、声をかけてくる同僚の騎士や上司の視線など、今の彼には何の価値もない。
目的の部屋に入ると、セリアスは加護縫いが施された濃紺の外套を無造作に手に取り、テラスへと向かう。
「ヴェントゥス様……? どこへ……」
「……飛ぶよ」
セリアスが呟くと同時に、彼の周囲に凄まじい風の魔力が収束する。
次の瞬間、重力を無視するように二人の身体がふわりと浮き上がった。アリアドネが驚いて彼の首にしがみつくと、セリアスはそれを心地よさそうに受け入れ、夜の空へと力強く飛び上がった。
眼下に広がる王宮の灯りが瞬く間に遠ざかり、冷たい夜風が頬を打つ。けれど、セリアスの腕の中だけは、驚くほど静かで温かかった。
数分の飛行の後、二人が降り立ったのは、王都の喧騒から離れた場所にあるヴェントゥス家の屋敷だった。
セリアスがアリアドネを抱えたまま玄関をくぐると、待機していた家令やメイドたちが一斉に頭を下げる。
「湯を沸かしてくれ。それから、彼女のために一番肌触りの良い寝衣を」
「既に用意は整っております、セリアス様。……アリアドネ様、こちらへ」
セリアスの指示を待つまでもなく、メイドたちがアリアドネに歩み寄る。セリアスは名残惜しそうに腕の中のアリアドネを下ろすと、その額にそっと唇を寄せた。
「……すべて洗い流しておいで。ボクはここで待っているから」
一人のメイドに手引され、アリアドネは促されるままに浴室へと向かう。
温かな湯気が立ち込める中、メイドは手際よくアリアドネのドレスを脱がせ、最高級の香油を垂らした湯船へと彼女を導いた。
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メイドに案内された部屋に戻ると、すでに正装を脱ぎ捨て、薄い生地の部屋着に着替えたセリアスがソファで寛いでいた。
彼もまた入浴を済ませたのだろう。シルバーグレーの髪先がまだしっとりと濡れていて、その艶っぽさがどこか退廃的な美しさを引き立たせている。
いつも隙のない騎士としての制服姿とは違い、少しはだけた首元から覗く男らしい鎖骨。そのあまりに無防備で色っぽい姿に、アリアドネは気恥ずかしさと緊張で、思わず心臓を大きく跳ねさせた。
「……あ、あの、ヴェントゥス様」
緊張のあまり、声が裏返ってしまう。すると、セリアスはティーカップを置き、少し意地悪で優雅な笑みを浮かべた。
「おや……。さっき廊下ではあんなに可愛く名前で呼んでくれたのに、もう『ヴェントゥス様』に戻ってしまうのかい?」
「それは……っ、その」
顔を赤くするアリアドネを面白そうに
見つめながら、セリアスは隣の席を指差した。
「さあ、おいで。夜会ではろくに食事もできなかっただろう?」
タイミングを合わせたように、メイドが湯気の立つ紅茶と、色鮮やかなフルーツや軽食を運んでくる。温かいスープの香りに、アリアドネの緊張が少しずつ解けていった。
穏やかな時間が流れ、アリアドネがようやく一口サンドイッチを頬張った、その時だった。
「――兄貴! 兄貴いるんだろ! 開けてくれよ!」
静寂を破るような大声と、激しいドアのノック音が廊下に響き渡った。
セリアスはあからさまに深い溜息をつき、しばらく無視を決め込んでいたが、ノックの音は一向に止まない。それどころか勢いを増していく。
「……はぁ、観念したよ」
セリアスが立ち上がりドアを開けると、そこには今しがた夜会から帰宅したばかりの、弟のテオドールが勢いよく飛び込んできた。
「兄貴! いったい誰を連れて帰ってきたんだよ、屋敷中が噂で持ち切り……っ、え、えええっ!? ア、アリアドネさん!?」
寝衣姿でソファに座るアリアドネを見て、テオドールは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まった。
セリアスはテオドールの襟首をひょいと掴むと、氷のように冷たく、けれど優雅な微笑みを浮かべる。
「テオ……。よりによって、一番見せたくない姿の時に現れるなんて。……少し、教育が必要かな?そうだね、明日の稽古量を三倍にしよう」
「ひ、ひえっ……! 兄貴、目が笑ってない、目が!」
テオドールは悲鳴を上げながらも、持ち前のしぶとさでセリアスの腕をすり抜け、アリアドネの元へ駆け寄った。
「アリアドネさん、大丈夫だった!? 会場であのガストンの野郎が騒いでるのを見たんだ。『ヴェントゥスの若造に腕を凍らされた』って喚き散らしながら、衛兵に引きずり出されてたよ」
テオドールの報告に、アリアドネは少しだけ心が軽くなるのを感じた。あの男が相応の報いを受けたのだと知り、ホッと胸をなでおろす。
「 カリアン様は、怒り狂っちゃってさ!成金野郎の屋敷に乗り込むって、意気込んでいたよ」
「……そう。カリアン殿も黙ってはいないみたいだね」
セリアスが冷ややかな、けれどどこか満足げな笑みを浮かべた。テオドールがさらに身を乗り出して続ける。
「……それより、兄貴! アリアドネさんをこんな夜更けに連れ込んで、しかもその格好。いくら兄貴でも、淑女に対して失礼すぎるだろ!」
テオドールが正義感に燃えて兄を問い詰めると、セリアスはアリアドネの肩を抱き寄せ、その細い指先を絡め取った。
「失礼なのはどっちかな、テオ? ボクは彼女の心と体を癒してあげようとしていた所だよ。……君が来なければね」
セリアスのトパーズ色の瞳に宿る、隠しきれない独占欲。
アリアドネは、テオドールの真っ直ぐな心配と、セリアスの熱い視線の板挟みになり、ハーブティーの熱さとは別の理由で顔を火照らせた。
「あの、テオドールくん……。ヴェントゥス様のおかげで、私はもう大丈夫ですから」
「アリアドネさんがそう言うなら……。でも兄貴、絶対に変なことすんなよ!?」
最後まで心配そうに、そして少しだけ兄を羨ましそうに眺めながら、テオドールは「稽古三倍は勘弁!」と言い残し、ようやく部屋を後にした。
「……なぜ。カル兄様は、私とガストン侯爵のことをご存じだったのでしょう」
テオドールが去り、再び二人きりになった静寂の中で、アリアドネがふと疑問を口にした。
「ああ、それはボクの『影』が報告を入れたからだよ」
「影……?」
「ボクが君から目を離さなきゃいけない間、アリアドネさんに何かあれば、報告するようにしておいたから」
「そんな……」
「ガストンが君に接触を図った瞬間、ボクのところに報告が来たんだ。……その瞬間に君の兄君に合図を送って、包囲網を敷いてもらったのさ。あんな男、生かしておくだけ慈悲深いと思わないかい?」
さらりと言ってのけるセリアスの言葉に、アリアドネは驚きで目を丸くした。彼はそんな前から、自分を守るために手を打っていたのだ。
「まぁ、影がいなくてもボクは君をすぐに見つけられるけど」
不敵に笑うセリアスに、アリアドネは背中がぞくりとするのを感じた。
「どれだけ人混みに紛れようとしても、君の持つ魔力の揺らぎだけで、ボクは見つけてみせるよ」
セリアスはそう囁きながら、アリアドネの頬を親指でなぞった。熱を帯びたトパーズ色の瞳が至近距離で見つめてくる。ソファに座るアリアドネは、彼の腕に囲い込まれるようにして、じりじりと背後に追い詰められていった。
「ヴェ、ヴェントゥス様……近すぎます」
「……ほらまた。名前で呼んではくれないの?」
彼は逃げ道を塞ぐようにアリアドネの腰に手を回し、そのまま彼女をソファへと押し倒すような形で覆いかぶさった。
柔らかいクッションに身体が沈み、セリアスの洗いたての髪から漂う清潔な香りが鼻をくすぐる。
(ど、どうしましょうっ!)
さすがのアリアドネも動揺を隠せず、至近距離にあるセリアスの瞳をまっすぐに見つめ返すことしかできなかった。
次に何が起こるのかと心臓が破裂しそうなほど激しく脈打ち身体が強張る。
「本当に、君という人は」
頭上で聞こえたのは、深く、重い溜息だった。
アリアドネが恐る恐る目を開けると、セリアスは彼女のすぐ隣に座り直し、額を片手で押さえながら、心底呆れたような表情で天井を見上げていた。
「どうして、ここまでボクが手を尽くしているのか……その理由を、君はこれっぽっちも理解していないんだろう?」
「それは……。私が今や王家さえも認めた加護師だから、ですよね? ヴェントゥス家としても、私の技術を確保しておくのは……」
「……もういい、黙っていて」
彼は少しだけ困ったような表情を浮かべると、アリアドネを軽々と抱き上げた。そして、壁際にある上質な寝台へ彼女をそっと横にする。
「今夜はもう遅い。色々とあって疲れただろう? 余計なことは考えず、体を休めるといい」
セリアスはアリアドネに毛布を優しく掛けると、そのままベッドの端に腰掛けた。
「何かあれば、先ほどのメイドを呼ぶといい。隣の部屋にいるから」
気遣うような彼の言葉に、アリアドネは素直にうなずいた。けれど、あまりにも豪華で広い部屋と、最高級の寝具に包まれている現状に、どこかそわそわとしてしまう。
「あの……私、こんなに広くて立派な部屋で寝るのは初めてなので、何だか落ち着かないです……」
ふふ、とセリアスが喉を鳴らして低く笑った。その微笑みはいつもの余裕のあるものではなく、どこか柔らかい。
「なら、君が眠りにつくまでここにいてあげよう。それとも、ボクが隣にいた方が落ち着くかい?」
「なっ……! 結構です!」
からかうような言葉にアリアドネが顔を真っ赤にすると、セリアスは満足そうに目を細め、それ以上は何も語らずに部屋の明かりを落とした。
薄暗い闇の中、セリアスは静かにアリアドネの傍らに座り続けている。
視線を向けると、月光に照らされた彼の横顔が、どこか切なげで寂しそうに見えた。
(どうして、あんなに寂しそうな顔をなさったのかしら……。私が何か、いけないことを言ってしまったのかしら……)
その理由が分からないまま、アリアドネの頭に、今日一日の激動の記憶がとろとろと溶けていく。
王家からの褒賞にエシュリオン様とのダンス、令嬢たちの嘲笑、ガストンに襲われた恐怖、セリアスに助けられた安堵、そして今、すぐ傍にある彼の温もり。
やがて、張り詰めていた緊張の糸が切れたように疲れがどっと押し寄せ、アリアドネは深い眠りへと落ちていった。
彼女が完全に意識を失った後――。
暗闇の中で、セリアスはゆっくりとアリアドネの寝顔に歩み寄った。そして、彼女の白い腕に残る、ガストンに強く捕まれた痛々しい跡にそっと指で触れた。
「……すまない、守れなくて」
消え入りそうな声で呟くと、セリアスはその赤くなった手首に、誓いを捧げるかのように、優しく、そっと口づけを落とす。
セリアスは、夜会の会場でアリアドネを嘲笑っていた令嬢たちのことも、すべて把握していた。
あいつらが何を囁き、彼女の心を傷つけたか。その影響で、感情を乱したアリアドネの魔力が、加護を打ち消しガストンに見つかってしまったのだ。
「……ボクは何をやっているんだ」
次から次へと込み上げる守れなかった悔しさが、セリアスの胸を突き刺す。
そんなことを知る由もなく、アリアドネはただ静かに寝息を立てている。彼女がセリアスの想いの熱さに気づくことはなかった。




