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父上、私の夫を盗らないで!  作者: ひろの
第二章 ブランド戦争編

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第29話 お菓子が三年分の果物!?

ようやくテロン男爵邸に到着した頃には、ミレイユはすっかり疲れ果てていた。


「はぁ……やっと着いたぁ……」


「ミレイユ、大丈夫か?」


「は、はい……。大丈夫です……」


そう答えたものの、足はすっかり疲れ切っていた。


(もう無理……。ちょっと休みたい……)


空港からここまで案内してくれたテロン男爵が、屋敷の門を開けた。


「ヴァルミール様、ミレイユ様。こちらが私の屋敷でございます」


男爵邸は、伯爵邸と比べるとかなり小さな建物だった。


この辺境の城塞都市では、領主の屋敷といってもそれほど立派なものではないらしい。


それでも建物はきちんと手入れされており、玄関では男爵夫人が二人を待っていた。


「ようこそお越しくださいました。ヴァルミール様、ミレイユ様」


男爵夫人は丁寧に頭を下げた。


「お世話になります」


「こちらこそ、お越しいただけて光栄でございます。長旅でお疲れでしょう。どうぞ中へお入りください」


男爵夫人に促され、二人は屋敷へ入った。


「まずはお部屋へご案内いたします」


案内された客室は広くはなかったが、清潔で落ち着いた部屋だった。


「当家には十分な客室がございませんので、お二人で一室をお使いいただくことになりますが……」


男爵夫人が申し訳なさそうに言った。


「構わない。私たちは夫婦だからな」


ヴァルが当然のように答えた。


「そ、そうですね!」


ミレイユも慌てて頷いた。


(そっか! 同じ部屋なんだ!)


疲れていたはずなのに、少しだけ元気が戻ってきた。


客室には大きなベッドが一つと、小さなテーブル、椅子が二脚置かれていた。


窓からは城壁と、その向こうに広がる熱帯雨林が見える。


「ここならゆっくり休めそうだな」


「はい!」


ミレイユは荷物を置くと、ベッドを見つめた。


(あぁ……横になりたい……)


今すぐ倒れ込みたいところだったが、到着したばかりで、まだ休めそうになかった。


「それでは、応接間へご案内いたします。お茶をご用意しておりますので」


「ありがとうございます」


ミレイユは名残惜しそうにベッドから目を離し、ヴァルと一緒に客室を出た。


そして、応接間へ入ったところで――。


「……え?」


ミレイユは入口で足を止めた。


部屋の中に、大量の箱が積み上げられていた。


テーブルの横にも、部屋の隅にも、箱、箱、箱。

壁際だけでは収まりきらなかったらしい。

しかも、どれも見覚えのある包装だった。


ニャリンダルの老舗菓子店。

デパートで買った限定商品。

ヴァルと一緒に選んだ焼き菓子。


その全てが、目の前に積み上がっている。


「……あ」


ミレイユは固まった。


(これ……全部、私たちが買ったお菓子……)


そうだった。

ニャジへの報酬として、軽トラック二台分ものお菓子を購入したのだ。

持ち運べないので、先に男爵邸へ送っておいた。

それにしても、実際にこうして積み上げられているのを見ると、とんでもない量だった。


「いやぁ、驚きました」


テロン男爵が苦笑した。


「伯爵家から大量の荷物が届くとは伺っておりましたが、まさか全てお菓子とは……」


「そ、そうですよね……」


「最初は何かの間違いかと思いましたよ。

 ですが、送り状を確認すると、確かにミレイユ様のお名前がありまして」


「は、はい……。

 私が注文しました……」


ミレイユは顔を真っ赤にして俯いた。


(うわぁぁ……恥ずかしい!!

 男爵様のお屋敷をお菓子の倉庫にしちゃったぁ!!)


テロン男爵は困ったように笑っている。


「当家にはこれほど大量の荷物を保管する倉庫がございませんので、ひとまずこちらに置かせていただきました」


「す、すみません!」


ミレイユは慌てて頭を下げた。


「こんなに場所を取るなんて思わなくて……」


「いえいえ。ヴァルミール様からお預かりするよう申し付かっておりましたので、問題ございません」


男爵はそう言ってくれたが、応接間の半分近くがお菓子で埋まっている。


(絶対、迷惑だったよね……)


ヴァルはそんなミレイユの様子を見て、不思議そうに首を傾げた。


「どうした、ミレイユ?」


「ヴァル……。

 これ、ちょっと買いすぎたんじゃ……」


「そうか?」


ヴァルはお菓子の山を眺めた。


「ニャジ殿は可能な限りたくさん欲しいと言っていたんだろう?」


「そうですけどぉ……」


「なら問題ないじゃないか」


「……」


(ヴァルは気にならないんだ……)


ミレイユはもう一度お菓子の山を見た。

これほど大量の菓子が、売り場ではなく住居に積み上げられている光景など、ニャリンダルでも滅多に見られないだろう。

ましてや、ここは辺境のニャリューシャ地方である。

男爵邸の規模からしても、首都のように何でも簡単に手に入る場所ではなさそうだった。


(きっと、ずっと不便な暮らしをされてるんだろうな……)


そう考えると、ますます申し訳なくなってきた。


「テロン男爵様!」


「はい?」


「このお菓子、すぐに運び出します!」


「え? 今からですか?」


「はい!」


ミレイユは力強く頷いた。


「ニャジさんへの報酬なんです。

 これからお届けしようと思います!」


「しかし、ミレイユ様。

 お疲れではございませんか?」


「だ、大丈夫です!」


本当は全然大丈夫ではなかった。

足は疲れているし、今すぐベッドに横になりたい。

それでも、このまま男爵邸の応接間を占領し続けるわけにはいかない。


(頑張れ、私!

 もうひと仕事だけ!)


「ヴァル、ニャジさんのところへ行きましょう!」


「ああ。私も早く会ってみたいと思っていたところだ」


ヴァルは快く頷いた。


「テロン、荷物を運ぶ車を借りられるか?」


「もちろんでございます。

 小型の運搬車でしたら二台ございますので、すぐに用意させましょう」


「助かる」


「では、使用人にも積み込みを手伝わせます」


「ありがとうございます!」


ミレイユは深々と頭を下げた。


◇◇◇


しばらくして、男爵邸の前に小型の運搬車が二台用意された。

男爵家の使用人たちに手伝ってもらい、荷台には大量のお菓子が積み上げられている。


「それでは、ニャジ殿のところへ向かうか」


ヴァルが運転席へ乗り込んだ。


「え? ヴァルが運転するんですか?」


「ああ。若い頃は、軍で物資の輸送を手伝うこともあったからな」


「そうなんですか!」


ミレイユは助手席に乗り込んだ。

いつもは立派な軍艦や専用機を操るヴァルが、今日は軽トラックの運転席に座っている。


(ふふっ。なんか新鮮!)


もう一台には男爵家の使用人が乗り、後ろからついてきてくれることになった。


「ニャジ殿の店は、どこだったかな?」


「街の外れみたいです。場所は教えてもらってます!」


ミレイユが通信端末に地図を表示すると、ヴァルは軽トラックを走らせた。


街の中心部から城壁に近づくにつれて家々はまばらになり、道端には小さな商店や畑が見えるようになった。


「ミレイユ、疲れていないか?」


「……ちょっとだけ」


「無理をしなくてもいいんだぞ。今日は休んで、明日でも構わないんじゃないか?」


「いえ! 早くニャジさんにお菓子を届けたいんです!」


「そうか。君は本当に頑張り屋だな」


「えへへ……」


褒められると、やっぱり嬉しい。


(でも、帰ったら絶対休もう……)


ミレイユは座席に体を預けた。


(それにしても、ニャジさんはこんなに大量のお菓子を何に使うんだろう?)


そんなことを考えているうちに、目的地が見えてきた。


◇◇◇


やがて、ニャジの農園だと聞いていた場所に到着した。

しかし、そこにあったのは小さな家と、果物を保管するためと思われる三棟の倉庫だけだった。


農園らしきものといえば、家の前にある小さな畑くらいである。

しかも、育てられているのは茄子やピーマンといった、ごく普通の野菜だった。


「あれ? ニャルシア・ベリーとニャグネム・サンメロンは?」


ミレイユが首を傾げていると、ヴァルが軽トラックを停めた。

二人が車から降りると、家庭菜園に水をやっていた男性がこちらに気づき、慌てて駆け寄ってきた。


その顔は、ニャリンダルで会ったニャゾにそっくりだった。


(あっ、ニャジさんだ!)


「あー、あー! これは、ひゃ、ひゃ、伯爵《ひゃくしゃく》様!

 ごごご、ご機嫌煩いしうございますっ!」


ニャジは盛大に噛みながら頭を下げた。


(やっぱりニャジさんだ……全然ちゃんとした挨拶ができてない)


通信で話した時と全く同じだ。本人に間違いない。


「そんなに畏まらなくていいぞ。今日はよろしく頼む」


「は、はいっ!」


「ニャジさん、お久しぶりです!」


「ミ、ミレイユ様!

 遠いところをようこそお越しくださいましたっす!」


軽く挨拶を交わしたところで、ニャジが軽トラックの荷台に目を向けた。


「……ん?」


そこには大量のお菓子が積み上げられていた。


「こ、これ……全部お菓子っすか!?」


「はい! ニャジさんができるだけたくさんっておっしゃったので、いっぱい買ってきました!」


「こ、こりゃあ……すげぇ……!」


ニャジは目を丸くして、お菓子の山を見上げた。


そして、思わず呟いた。


「三年分くらいの果物に変わりそうだ……

 いんや、もっと恐ろしいことが起きそうだ」


「……え?」


ミレイユは耳を疑った。


「え? 変わる? 恐ろしいこと?

 どういうことぉ!?」

挿絵(By みてみん)

【あとがき】

お菓子をいっぱい買って、ニャジさんに届けてきました!


えへへっ、きっと喜んでもらえるよね!


……って、えええっ!? 三年分の果物!?


しかも、もっと恐ろしいことって何なのぉ!?


私、ただお菓子を買ってきただけなのにぃ!!

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