第1話 最後の晩餐会と、運命の勘違い
公爵邸の大広間は、これでもかというほど煌びやかだった。
天井を飾る星灯りのシャンデリアは、まるで夜空の星々を閉じ込めたように輝いている。
銀の食器には惑星各地から集められたご馳走が並び、音楽隊の優雅な旋律が会場を満たしていた。
私、ミレイユ=ミャルフォードは、ワイングラスをそっと傾けながら、胸の奥で小さくため息をついた。
(あー……これ、もしかして)
もしかしてというか、確実に。
(貴族として、ちゃんと振る舞える最後の夜かも)
数日前、父――アレクシオン=ミャルフォード男爵は、急に忙しくなった。
上司筋のセリューヌ伯爵様がやらかしたとか、陰謀がどうとか、政治がどうとか。
簡単に言うと、父もとばっちりを受けて領地没収。
いわゆる没落である。
あはははは!……泣ける。
難しい話はよく分からない。
でも、家の空気が一気に重くなったのは確かだった。
使用人たちの表情は暗く、父は書斎に籠もりきり。
母はため息ばかり。
私財が尽きたら、貴族の体裁すら保てなくなる。
そう遠くない未来の話だ。
だから今日は、考えないことにした。
(もう食べる! 飲む! 記念日よ記念日!
没落記念日!)
そう心の中で宣言して、私は目の前のオードブルに手を伸ばす。
父の元領地で採れる海老のマリネ。
(ああ、美味しい。)
この星系の海産物は本当に絶品なのだ。
父が開発に尽力した成果である。
(どうせなら楽しまなきゃ損だもの)
こんなご馳走、もう二度と食べられないかもしれない。
そう思うと、逆に清々しい気分になってきた。
会場を見回せば、煌びやかなドレスに身を包んだ貴族の令嬢たち。
凛々しい軍服姿の貴族の子息たち。
みんな笑顔で談笑している。
私も、この輪の中にいられるのは今日が最後かもしれない。
ならば――。
「ミレイユ」
不意に、隣から声がかかった。
振り向けば、少し疲れた顔をした父が立っている。
「父上」
「楽しんでいるか?」
「ええ、もちろん」
私は笑顔を作った。
父は、ほっとしたような表情を見せる。
「そうか……連れてきてよかった」
「父上こそ、お疲れではありませんか?」
「ああ、少しな。
だが、お前が笑っているのを見られただけで十分だ」
父はそう言って、私の頭にそっと手を置いた。
(ああ、父上。
こんな状況でも、私のことを気遣ってくれる。
優秀で、優しくて、でも――きっとお人好しすぎるのだ。
だから、上司の失態に巻き込まれた)
不器用で優しい、そんな父が――私は大好きだった。
「父上、あまり無理なさらないでくださいね」
「ああ、ありがとう。ミレイユ」
父は再び会場の隅へと消えていった。
多分、他の貴族と何か話をするのだろう。
私は再びワイングラスを手に取る。
(さて、もう少し楽しみましょうか)
その時、会場のざわめきが一段と大きくなった。
「来たわ……」
「辺境伯様よ」
「噂どおり、素敵……!」
女性たちの声が、ひそひそと広がっていく。
(辺境伯?ああ、そういえば)
このパーティは、追放されたセリューヌ伯爵様の代わりに、
新しく惑星ニャグネムIIIの領主として赴任してくる伯爵様の歓迎会だった。
(私には関係のない話だけれど)
視線の先――大広間の入口に、一人の男性が現れた。
その瞬間、会場の空気がふっと張りつめた。
背が高い。
軍服姿でも分かる、引き締まった体躯。
無駄のない、しなやかな歩き方。そして――。
(うわ……本物のイケメンだ)
整いすぎた顔立ち。
凛とした眉、鋭い眼差し、
でもどこか穏やかさも感じさせる表情。
黒髪に、指先で触れたらさらりと零れ落ちそうな、
少し長めの前髪。
軍人らしい引き締まった印象なのに、
爽やかさも兼ね備えている。
ヴァルミール=ドラヴォン辺境伯。
別の辺境地で武人として活躍し、
宇宙艦隊提督としても名を馳せた人物。
噂には聞いていたけれど、まさかここまでとは。
周囲の女性たちが、明らかに浮足立っている。
(まあ、わかる。わかるけど――
私には関係ないわね)
没落寸前の男爵令嬢に、伯爵様なんて高嶺の花もいいところ。
そう思って、私は再び料理に意識を戻そうとした。
その時。
ヴァルミール辺境伯が、まっすぐこちらへ歩いてきた。
(……え?)
いや、違う。きっと誰か他の人のところに向かっているのだ。
私の後ろには、公爵家の令嬢もいるし、伯爵家の子息もいる。
そう思っていたのに。
彼は、私の目の前で立ち止まった。
周囲の視線が、一斉に私へ集まる。
心臓が、胸の中でバンッと跳ねた。
ヴァルミール辺境伯は、穏やかに微笑んだ。
「ミレイユ=ミャルフォード」
「……へ?」
名前を、呼ばれた。
どうして。
どうして、この人が私の名前を。
「もしよければ――」
彼は、そこで一度言葉を切った。
会場全体が、息を呑む。
そして。
「我が妻になってほしい」
「……はぁぁぁぁああ!?」
思考が、完全に停止した。
会場はどよめいている。
あちこちから驚きの声が上がり、女性たちの悲鳴のような囁きが聞こえる。
父は――
視界の端に映る父は、完全に固まっていた。
「突然で驚かせてしまったかもしれない。だが、私は本気だ」
何か仰ってる……けど頭に入ってこない。
(あぁー、脳ってこんな簡単にフリーズしちゃうんだ
まだ何か仰ってるけど、全然頭が動かない)
「……はい」
私は、脳がフリーズしたまま頷いていた。
◇◇◇
ゴーン、ゴーン、ゴーン。教会で祝福の鐘が鳴る。
「では、誓いの言葉を」
神官の声が、静かに響く。
「ヴァルミール=ドラヴォン、ミレイユ=ミャルフォードを妻とすることを誓いますか?」
「誓います」
ヴァルミール辺境伯の声は、力強く、そして穏やかだった。
「ミレイユ=ミャルフォード、ヴァルミール=ドラヴォンを夫とすることを誓いますか?」
「はい、誓います」
あれから、あれよあれよと話は進んだ。
(うん、これだめだ。頭のフリーズが直る前に次から次へとイベントが襲ってくる奴だ)
そして今イケメンの伯爵様が優しい目で私を見つめている。
(いや、これはもう、受け止めればいいんだ。幸せを。
神様、ありがとうございました!)
◇◇◇
初夜。
豪華な寝室で、私は背筋を伸ばして待っていた。
大きな天蓋付きのベッド。
壁には美しい星系の絵画。
窓の外には、夜空に輝く無数の星々。
侍女たちが用意してくれた、薄いシルクのナイトガウン。
髪も丁寧に梳かしてもらった。
準備は完璧なはず。
なのに。
(遅いな……)
どれくらい経っただろう。
もう日付が変わってどれくらい待ってるんだろう。
初夜なのに、夫がいない。
不安が、じわじわと胸に広がる。
その時、扉が開いた。
ヴァルミール辺境伯が、部屋に入ってくる。
少し、疲れた顔をしていた。
「遅くなってすまない」
「い、いえ……!」
慌てて立ち上がる私に、彼は穏やかに微笑む。
「父君と、開発計画の確認をしていた。
どうしても今日中に詰めておきたい内容があって」
「そう、だったのですね」
父と、仕事の話。
初夜なのに。
でも、それだけ重要な仕事なのだろう。
「座ってくれ」
ヴァルミール様が、ベッドの端を示す。
私は、言われるままに座った。
彼も、隣に座る。
そして――私の髪に、そっと指を通した。
「綺麗だな」
「あ……ありがとうございます」
その言葉は、優しかった。
でも――
視線の先には、窓の外の星々。
ああ、この人は今も、辺境開発のことを考えているんだ。
そう、気づいてしまった。
「ミレイユ」
「はい」
「これから、よろしく頼む」
彼は私の手を取った。
温かい手。
そして、額にキスを落とす。
「君は、私の妻だ。大切にする」
「……はい」
その後のことは。
丁寧だった。
優しかった。
でも。
どこか、形式的で。
まるで、義務を果たしているような。
そんな印象を、拭えなかった。
◇◇◇
チュンチュン。
鳥の鳴き声で、目が覚めた。
天井を見つめる。
隣には、もう誰もいなかった。
多分、仕事に行ったのだろう。
「……あ、これ。なんか違うわ……」
小さく、呟いた。
こうして、バラ色とも言えない新婚生活が始まった。
【あとがき】
父上、私の夫を盗らないで! 略して「父盗ら」です。
えぇ、これは父上とミレイユ、そして夫が三角関係になるようなドロドロストーリーじゃないんです!
この物語、大人の女性のあるあるを詰め込んだノーマルなラブコメなんです。
夫が優秀な父親に取られて寂しい想いをする超ポジティブヒロインの物語なんです。
どうか、こんなお話ですが、最後までお付き合い下されば幸いです。
ご感想やご意見、スタンプ、どんな些細なものでも大歓迎です。励みになります。
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ミレイユ
ヴァル
父上
【おまけ設定集】
あとがきでオマケの設定を公開していきます。
読んでも読まなくてもいいんですが、読むと理解が深くなる、そんな小話です。
第1回はこれ。
この物語は「ニャーン」と呼ばれる猫耳種族が主役です。ニャーンのシリーズ小説は他にもたくさんありますのでよろしければ他もどうぞ。
『ニャーン』
外見は地球人とほぼ同じで第二の耳、ネコ耳が生えている。
20代で老化が止まり、40代くらいまでは若い姿を維持し、50~60代頃から急激に老い始め、平均寿命は60代で老衰死する。不老長寿ではなく、不老長若種。
総じて好戦的な戦闘民族で、無邪気で愉快で気まぐれな種族。
比較的寿命が短い割には若い時代が長いため、精神的にも若々しく、恋に仕事に一生懸命。




