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専属の侍女もいなければ、そもそも高位の人間に会う場に適したドレスを持っていないザラ。普段着は裕福な平民の娘が着るようなワンピースやゆったりとしたシャツにズボン。陛下がザラのこの現状に気づいているとは思えないし、王太子はウィルヘルム公爵の出迎え準備でてんやわんやしているだろう。
王妃様に相談すれば力を貸して貰えるだろうけど、相手がウィルヘルム公爵相手だと難しいし。
客間の中でも豪華と終われる部屋へ案内され入室するとすでに陛下と公爵が向かい合って座っている。当然空気は重かった。重圧とはこういう事をいうのだろう。知りたくなかった。
事情は陛下から説明を受けたが、改めて当事者から話を聞きたいと公爵より言われて、冷や汗は止められないが、声の震えはどうにか抑えなければ。
「お待たせして申し訳ありません。ウィルヘルム公爵」
「……いえ、急な謁見を申し出たのは私の方ですから」
流石は公爵。驚いた顔をしたのは一瞬ですぐに表情を取り繕った。
何故、公爵が驚いたか?それは、
「ザラ、何故制服なんだ?」
陛下が指摘した通り、私は今学校の制服を着ているから!ええ、わかってますとも、非常識ですよね!でも、制服が一番まともな服なんですよ!!!本当に!
王太子は「あ」と何かを察した様子だったが最早手遅れなので結局何も言わなかった。内心落ち込んでいそうで申し訳ない。王太子の所為ではないのに。
「学園に調査に出ようとしていた所でして、ドレスに着替えようかとも思ったのですが、ウィルヘルム公爵をお待たせするのが心苦しく急いで参った次第です。他でもない、ウィルヘルム公爵令嬢の事でいらっしゃっているのですから」
しおらしい演技、というのは昔から苦手なので、姿勢は正し目は伏せ、声はトーンを落として伝える。例え無表情でもこうする事でいくらかマシに見えると習った。
そして、嘘でも堂々と!誉められた事ではないけれどこの場を乗り切るには開き直るしかない!
「私の娘に得体のしれないポーションを飲ましたとは事実ですか?」
「はい」
迷いなく返答した私にウィルヘルム公爵は拳を握りしめた。このままでは視線で身体に穴があくのではと錯覚する程の怒気に帰りたくなるが盛ったのは間違いなく私である。
「いくら王女殿下といえどあまりにも横暴ではありませんか!?陛下!まさか、王女殿下に何の処罰も与えない等とは申されますまい!!!」
公爵の怒号が部屋に響く。ここが、消音の魔法具が設置された部屋でなければ、廊下にも丸聞こえだっただろう。それにしても、如何なる時にも冷静沈着で参謀の鏡だと詠われるウィルヘルム公爵とは思えない乱れっぷり。子煩悩だからなのか、魅了のせいなのか…。
鑑定眼、精霊にお願いしてから来ればよかった。焦って頭からすっぽ抜けてたわ。
「公爵、ザラが令嬢に飲ませたポーションは第二王子も飲んでおると説明したが、忘れたか?」
「それは…ですが、現に娘の意識はなく昏睡状態です!」
「数日で目を覚ます。目を覚ました令嬢から話を聞いてからでも遅くはあるまい」
「陛下!!!」
ど、どうしよう…公爵にもポーション盛る?別に健康な人が飲んでも害はないんだし…いや、この状況じゃ水一滴すら飲まないか…。
《ザラ、こっそり、ポーションいれる?》
《コウシャク、のみたくなーる》
《とっても、のど、かわいてくる》
「……………………」
まんまる三体が現れてぴょこぴょこ跳ねている。
無邪気な声だが、言っている事は悪魔の囁きと相違がない。
私はアイテムボックスから掌の上に魔石を三つ取り出した。
《おっけー!》
《まかせて!》
《あびるほど、のむといい!》
掌から魔石が消えるのと同時に、カップに入っていた紅茶が消え、代わりにポーションが並々と注がれる。しかし、陛下も王太子も公爵も誰も反応しない。
あまりの緊張に公爵よりも先に口の中が乾いてしまい、冷めた紅茶を口にする。すると、「今日は喉が乾きますな」と言って公爵もカップに口をつけた。
「…不思議な味ですな。飲むと視界が晴れるようです。頭もすっきりとしますな」
公爵の発言に陛下と王太子の視線が同時に向いた。
今は絶対に目を合わせてはいけない。
視界が晴れたという事は少なからず魅了に掛かっていたのだろう。公爵の魅了の程度はわからないが、飲んで気絶しなかったという事は精神汚染はあまり進んでいない筈。
あ、公爵のカップにポーションがまた注がれている…。え、と、そんなに飲ませなくても良さそうなんだけど?
「公爵はペネロペ男爵令嬢について、どのような印象をお持ちでしょうか」
「最初は異性との距離が近いなどマナーに問題があると思い込んでいたが、それは誤解であったと娘から聞いている」
「誤解、ですか」
「ああ、ペネロペ嬢は誰にでも公平であり、それ故にマナーを重視する娘の価値観と相違があっただけで、今は彼女とは良き友人で尊敬の念すら抱いていると」
「なるほど…」
魅了って恐ろしい…あれを公平と認めてしまえば最早身分社会の意味が問われてしまう。もちろん、革命を起こして国をまるっと変えましょう!とか言うなら別かもしれないけど。
「公爵もご息女と同じお考えでいらっしゃいますか?」
「本人を見るまでは断言はしないが、娘の人を見る目は確かだからな」
「そうですか。私がウィルヘルム公爵令嬢にポーションを盛った理由ですが」
「盛っただと!?」
「魅了に掛かり、精神崩壊一歩手前だったからです」
「……何ですと?」
「ペネロペは魅了の使い手です。この国に現れるのは三百年ぶりで、魅了使いという存在を知っている貴族も少ないでしょう。公爵はご存知ですか?」
「魅了と言えば稀代の悪女の事ですな。しかし、あれは実在したか怪しいと言うのが常識です」
「実在したかは怪しいけれど、嘘にしては資料が残り過ぎているという意見も多数ありますよね」
「それは……」
「公爵、貴殿が送る前に来てしまったが、事の顛末を纏めて届ける所だった。これを読んで貰えないか?」
王太子が公爵に送る予定だった手紙を渡す。
「………………王女殿下と二人で話をする許可を頂けませんか」
最後まで手紙を読んだ公爵は暫く考えると様子で黙っていたが、敵愾心や怒りをわかりやすく向けてくる事はない。
「それは」
王太子が止めようとしたのを陛下が制して私に視線を向けた。
「私は構いません」
「我々は隣の部屋にいる。扉の外に騎士も待機させる」
「ご配慮ありがとうございます」
魅了が解けたのか、公爵はすっかり感情の読めない貴族らしい表情をしている。
精霊達が、
《のみたりない?》
《こんなものじゃない》
《まだいける!》
と追加で三杯飲ませていた影響もあるのだろうか…。いや、深く考えるのはやめよう。
「なぜ、娘を助けたのですか」
「公爵令嬢が小間使いの真似事をさせられているのを見ていられなかったものですから」
「これによると魅了に掛かっている間の記憶は残らないそうだが」
「例え記憶に残らなくとも、公爵令嬢として皆の見本であれと言われ育てられて努力を積んで来た者に対してあまりにも酷い侮辱ではありませんか」
マートン伯爵令嬢も魅了されてからのヴィルヘルム公爵令嬢の言動にショックを受け憤っていた。もし、本人が知ったならその怒りは計り知れない。
「何より公爵令嬢の精神が崩壊する恐れがありました。緊急を要すると判断した次第です。とはいえ、公爵の許可なくポーションを飲ませた事は謝罪致します。申し訳ありませんでした」
「ザラ王女殿下がそれほど娘に心を砕いて下さるとは思っておりませんでした」
「完璧な淑女と謳われる高貴な令嬢を丁重に扱うのは当然の事です」
「確かに娘は優秀ですが…高貴であるなど王女殿下に比べれば」
「私が名ばかりの王族である事なんて公爵がよくご存じでしょう?私の代で最も高貴な令嬢と言えばウィルヘルム公爵令嬢ではありませんか」
「そ、それは……」
あれ、別に嫌味とかじゃなかったんだけど。ちょっと顔色悪くなってる。
「責めている訳じゃありません。あなたが圧力を掛けてくれたお陰で、私は最低限のマナーを学ぶ以外は読書に没頭できた訳ですし。王族に産まれておきながら義務を果たさないのは心苦しいけれど、まあ、その内我が国にとって益のある縁談が来たら相手がどんな人でも嫁ぐ覚悟はありますので」
近隣で一番ヤバイ所は魔石が作れる間は人として最低限の生活はさせてくれそうだし、二番目にヤバイ所は若いうちはどうにかなる。三番目は……なんだっけ。どこもかしこもハイリスクハイリターンだったから忘れてしまった。
「あ、圧力など…殿下は何か誤解をなさっておいでのようだ」
「……?第二・四側妃様をけしかけて、王妃様のご実家の事業の妨害をしてましたよね?ご息女の王位継承権の優位性を上げるために」
優位性とは、王位継承権の順位が低い者でもその能力が認められるもしくは、他の上位の王位継承権を持つものが能力的に劣ると判断された場合に、継承権の順位より優先されてふさわしいと判断する事だ。
例えば「王位継承権一、二位の者より優位性が高いと判断し、継承権三位の者を立太子させる」みたいな感じ。多くはないけど、たまにある。一番最近だと今から百八十年前、その前は今から二百十年前。かなり殺伐としていた時代だ。
陛下の子どもは男二人の女六人。そして、この国の王太子は性別に依存しない。なので、女でも立太子できる。
現状、第一王子が王太子、第二王子は一代限りの公爵位を賜り臣下に降る予定、第一から三王女は既に嫁ぎ王位継承権は無効、第五、六王女は国内外に婚約者がおり結婚と同時に王位継承権が無効になる予定。
つまり、私より優位性が高ければ王子達に何かあった時に王家の血を引く公爵家の誰かが立太子する可能性があるという訳だ。筆頭公爵家のご息女とかね。
だから、第二・四側妃を唆して王妃様のご実家に圧力を掛け、王妃様に私の教育やその他諸々を必要最低限にするように持ち掛けた。王妃様は「半年間だけ我慢して頂戴、その間にどうにかするわ」と言ってくれたが、私が王妃様に提示した公爵の条件を呑んだ。ただでさえ、側妃様達の手綱握るのに忙しそうだったし、最低限のマナーや知識は覚えた後だったから。陛下が気づけば話は別だっただろうし、王妃様も最初は期待したみたいだけどそれは叶わなかった。
とはいえ、今のところ王太子に瑕疵がない上に、第二王子も急に病気なったり何かしらがないと無理だろうけど。何より陛下も健在で王妃様も人格者で頭も良いから、そもそも無謀だと思うけどな。野心がある人の考えはわからない。あーでも、今回の事で第二王子の継承順位は下がるかもしれない。
「目的は何です?」
公爵の声には警戒が宿っている。当然か。これを私が陛下に伝えたら何かしらの処罰が下される可能性がある。もし、表面上何もなくても、今までの信頼関係は崩れるだろう。私から言わせれば、今まで気づかなかった陛下が怒るのも筋違いだと思うけれど。
陛下が私を信用しているのを見たばかりの公爵は気が気ではないだろう。お陰で交渉しやすいのだけど。
「私がご息女にポーションを騙し討ちで飲ませた事を水に流して頂けないかと」
「……は?」
「陛下や王妃様、王太子殿下に対しての交渉材料に使わないでって事です」
「意味はわかります。それだけですか?」
「…?他にあります?」
「……自分を王太子にするよう推薦しろ、とか」
「冗談でしょう?私のような怠惰で正義感もなく、王族としての義務を最低限果たしているかも怪しい小娘が王太子ですって?折角滅びを回避してもすぐ国が滅びますよ?私にできるのは精々若くて女としての価値がある内に、国にとって益となる所に嫁ぐ事です」
「……では、本当に水に流すだけだと?」
「ええ。王妃様が何もしていないのに、私が口を出す事ではありませんから」
「ウィルヘルム家を畏れている……訳ではない、か。そういう所は第三側妃様に似ている」
「母様ですか?」
――ご冗談でしょう?私が側妃を受け入れたのは王妃様をお独りにしたくないからですわ。貴方に協力して王妃様を嵌めるくらいなら、今ここで毒を飲んで死んでやりますとも。さっさと隠し持ってる毒をお出しなさい。
手を組む提案をしたらそう返って来たらしい。
何て事なの。母様胆力ありすぎじゃない?相手筆頭公爵家だよ?本当に殺されかねないだろうに。
「他の側妃を牽制していたから野心があるものだと思ったが完全に宛が外れたよ。ザラ王女、貴女も娘を助けたのは野心故だと思ったのだがな…謀ばかりして私の目は雲っていたらしい」
苦笑する公爵は憑き物が落ちたような顔をしている。目に宿っていたギラギラとした威圧感が無くなっている。手を組まなかった母様を殺さなかったり、ただ王女として生まれただけの娘の話を聞いたり…色々と中途半端というか悪に染まりきらない人柄というか…よくわからない人だなあ。
「娘が殿下にお礼をしたいと申しております。事態が落ち着いたら場を設けますのでどうか応じて頂きたい」
「もちろんです」
「我がウィルヘルム家はザラ殿下の盾となる事を誓います」
「え、それなら王太子殿下に言った方が」
「誰に忠誠を誓うかは当主に権限が御座います故」
「それは、そうですけど…」
重い、要らない、私には荷が重すぎる後ろ楯!!!拒否するのもまた荷が重いとかどうなってるの!?
「……撤回したい場合はいつでも受け付けますので」
「そのような事は先ずあり得ませんが、ご配慮承ります」
……まあ、アレだよね、代替わりするか、私が嫁ぐまでの辛抱だよね。
***
王宮を後にし、公爵邸の執務室の椅子に深く腰掛けてウィルヘルム公爵は天井を見上げた。
「……王の器か。確かに私には過ぎた野心だったようだ。第三側妃様」
――適材適所でしょ。貴方みたいな腹黒な野心家が必要な立場だってあるわ。ただ、貴方に王は無理よ。陛下とは王としての器が違うもの。まあ、陛下は夫としては甲斐性なしですから、そこは努力次第で貴方の方が器が大きくなるかもしれないわよ?奥様を大事になさい。
「…言われた当時に変われたら少しは違ったのだろうか」
線が細くたおやかな雰囲気からは想像もできない胆力を持っていた女性。彼女が王妃になりたいと望むのであれば己の野心など捨てて協力を惜しまないと思っていた。彼女になら忠誠を誓えると。
――わたくしも第三側妃様に憧れているけれど、貴方は心酔なさっているのね。
唐突に妻から言われた言葉を思い出す。
――旦那様、コーデリアが女王になったとしても貴方の心は満たされないわ。
困った子どもを見るような美しい紺碧の瞳。
――少し距離を置かせて下さいまし。
悲しげな表情で告げた妻が領地に去って二年が経った。手遅れは承知の上で向き合わねばならないな。




