第五話 ヴォイド機関
温泉から戻ってきたリシャールは二つの懸案に対処した。
一つは工作員の処分。
「七か所すべてで不審な人物を拘束しました」
ミシェル総督からの報告を受ける。
「残念ながら命令系統を探ることはできませんでした」
「敵ながら見事な手際だな」
と称賛するリシャールに、
「敵と、呼んで良いかどうかも不明ですが」
根が軍人であるリシャールは目の前の勢力を敵か味方かに分けて単純化する傾向があるが、宮廷闘争に精通しているミシェルの読みは一段と深い。
「・・・なるほど。連中の目的のために俺が邪魔だったとして、状況が変われば利害が一致する可能性もあるのか」
倒すべき敵は出来る限り減らし、可能なら味方に取り込む度量が必要になる。
興味深いのは、全員がヘイミッシュ=ボイドと名乗っていることだ。
「ボイド。虚空か。この名前を思いついた人物は相当に性格が悪いな」
暗殺未遂は表沙汰にされなかった。皇女殿下を危険にさらしたと、別の方面からの攻撃を招きかねないからだ。結果として工作員たちは大した罪に問えない事になる。
「殿下とその周辺にもその辺はご理解いただきました」
「まあその代わり頻繁に会いに来いと言われたけれど」
もう一点が、これと関連する話であるが、警護部門の強化である。今の警護隊は陸戦隊からの選抜である。機動力と攻撃力では帝国でも随一だが、要人警護となると畑違いになる。
「今回は皇女殿下の警護隊が居なかったら危なかったな」
狙われるとすれば皇女殿下の方が可能性が高いと思われていたが、工作員たちの証言から狙われたのはリシャールであると言う点は一致していた。
「そもそも皇族を狙ったら未遂で済んでも極刑は免れませんが。辺境伯領に潜伏して皇女殿下を待ち受けると言うのは現実出来ではありませんからねえ」
とミシェル。
帝都に帰還する皇女殿下の紹介で警護部隊を鍛える教官を招聘することになった。その代償と言うわけ
では無いが、リシャールは定期的に帝都に顔を出すように約束させられた。
警護部隊の教官を務める事になったのは元近衛曹長で、ミシェルの後輩だった。
「警護の良し悪しの判断は出来ますが、指導となると前線を離れて久しい自分では心許ないので」
「ご無沙汰しております。ミシェル先輩」
「元気そうでなによりだ、エドワウ。我が主君を紹介しよう」
「お初にお目に掛かります。エドワウ=ルノワールであります」
近衛に採用されるだけあって、長身で容姿も整っている。早くに退役して貴族の警護隊を指揮していたらしい。
エドワウ教官の指導が始まる。
「警護には大きく二種類あって、警護されていることを周囲に知らせない隠密警護と、敢えて周囲に見えるように行う威圧警護があるが、近衛として行うのは当然後者になる」
前者は情報部の受け持ちである。いずれは必要になるかもしれないが今は考えても仕方がない。
「警備隊として警戒すべきは二点。一点は近距離からの突撃。これに関しては陸戦隊であればある程度対応できるでしょう。問題はもう一点。つまり遠距離からの狙撃です」
「要人の楯になると言う点では同じなのでは?」
と疑問が出る。
「それはある面では正しい。しかし狙撃に関しては撃たれる前に対処しないと防げない」
単純に狙撃ポイントを人数掛けて潰すのが速いが、数が不足しているなら機動力で先回りするしかない。
「必要なのは狙撃地点を見極める目になるのだけれど、地上と無重力下ではスキルが異なる」
リシャールの陸戦隊は無重力下での戦闘には慣れているが、地上では勝手が違う。
「地上軍を新たに養成する必要があるな」
とリシャール。
「それと憲兵部隊も」
ミシェル総督が言い添える。
治安組織の浄化作戦はまだ途上にあって、まだ信頼度が低い。旧テトラ連合からの移住者を軸に新規採用して人員の補充を始めている。
連合でも特に首都星系は辺境伯の庇護民になっていたので、移住希望者が多かった。首都機能を喪失した所為で官僚が大量に失業しその受け皿が無かった。逆に辺境伯領には未開拓地もあって、人口を吸収する余地が大きかった。まさに需要と供給が一致したのである。
テトラ出身の元軍人たちから興味深い情報が聞けた。
「ヴォイド機関と言うものをご存じですか?」
テトラ連合の情報機関の特務機関だと言うのだが、実態は連合の市民にも明らかにされていない。
「政権交代の際に肥大化した情報部の予算を大幅にカットしたのですが」
それから半年ほどで連合は敗戦によって消滅したので、ヴォイド機関の実態は不明のままで終わった。
だが調査の過程で元情報部の将校が出頭してきた。
「ヴォイド機関について調査されていると聞き及びまして」
男は元テトラ連合情報部大尉エルロック=モーリソンと名乗った。
「ヴォイド機関は連合建国当時に存在した特務機関で、情報部の発足により吸収されて消滅した。と言うのが情報部における公式記録ですが」
連合の建国は五十年前。帝国との境界争いをきっかけに四つの星系によって結ばれた軍事同盟を基盤にしているが、
「その際に国内の反対派、はっきりと言えば親帝国派ですね。これを排除する活動を行ったのがヴォイド機関でした」
モーリソン元大尉の曽祖父も創設メンバーの一人だったと言う。
「父や祖父は諜報活動とは無縁で、父などは、曽祖父の仕事を全く知らなかったでしょう。かく言う小官も情報部に入るまでは曽祖父の過去を全く知りませんでしたから」
ヴォイド機関が全く実体のないモノだったわけでは無く、連合の政財界の大物たちを制御する手綱となっていた。それが情報部の不明瞭な会計処理に繋がっていたのだが、半世紀を経て既得権益と無縁の政権が誕生したタイミングで国家そのものが瓦解したのは皮肉な顛末であった。
元大尉は総督府の秘書官として採用されることになる。




