024
あたしは怖かった。
優しかったパパが、ママを殴っているのを見た子供時代。
貧しかった家庭に生まれ、両親はあたしの知らないところで喧嘩をしていた。
それでも、パパの腕力によってママはいつもボロボロだ。
だからこそ、あたしはあの記憶が一番古い記憶として残っていたのかもしれない。
それが、あの儀式につながったのかもしれない。
「怖い……痛い」
これじゃあ、あのときのママと同じだ。
ボロボロのあたしは、的場の方をじっと見ていた。
殴られて、蹴られた。男の力は、やはり女のあたしではどうしようも無い。
絶対的な力の差が、あたしを容赦なく痛めつけた。
「あきらせんせい、どうしました?僕をいじめたときは、こんなもんじゃ無かったでしょ」
「大黒だって……ゆみせんせいだっていたでしょ。なんであたしばっかり」
「そういう言い訳を、ここでするんですか?先生」
的場に言われて、あたしはさらに右足で踏まれた。
まるでゴミであるかのように、簡単にあしらわれてしまう。
「先生はスマホを見られたから、僕を殴ったんだよね?
痛かったよ、辛かったよ、苦しかったよ」
「あのときは、ごめんなさい」
小声で、震えるように言うあたし。
だけど的場は、笑っていた。
「何を言っているの?あのときは、全く謝らなかったのに。
今になって、不利になって謝るの?
どうして、あのときの僕は声を発することも出来なかったのに。
ズルいよね、ねえ、ズルいよね?」
的場は、嘲り笑っていた。
それでも、あたしは怖さで何も言い返せない。
(そうだ、あたしは弱いから暴力を振るった。
見られるのが怖くて、自分を守る為にれおを攻撃した)
思い出した、あたしの全て。
暴力を振るわれないようにするために、あたしは暴力を選んだ。
でも、それは間違いだった。
殴られて、蹴られて、初めて気づいた。
でも気づいたときは、もう遅い。
傷だらけの顔、オシャレをしたブラウスもボロボロ。
そんな的場が、頭を雑に掻いていた。
「おい、逃げるなよ。僕はまだ、先生を許したりするつもりは無い」
そういいながら、奥の寝室に入っていくのが見えた。
部屋には、あたし一人が残された。
幸い、あたしには足は縛られていない。
縛られているのは、両手だけだ。
(逃げよう、ここから)
あたしは勇気を持って、膝の力を使って体を起こした。
それと同時に、太い縄で縛られていた腕のままリビングの奥に向かう。
あたしのスマホは、今は取り戻せそうに無い。
だけど、ここを逃げることが最優先だ。
(ここにいたら、殺されてしまう)
そう判断しあたしは音を立てずに、ゆっくりと確実に玄関へと向かっていった。




