セオリーもルールも
「本当にすみません」
「いえ、たまにはいいかなと思って。そういう店も。何でも社会勉強って言うか」
三保は奈津と二人で行列に並んでいた。それは今注目されている、アイドルカフェの列で、隣の劇場で毎日公演をしているアイドルが、直接接客をしてくれたり、決められた時間には歌って踊ってくれるということで、人気を集めていた。
若いオタクっぽい男ばかりかと思いきや、行列には意外に女の子の方が多かった。そのアイドルに憧れているということらしいのだ。
「おじさん一人は絶対に浮くからって学生のアルバイトからアドバイスされて」
じゃあ一緒にと誘ったけれど、「彼女と行けばいいじゃないですか」と軽く流された。拒否されたと察するべきだろう。
何となく浮かんだ奈津の顔を一度はかき消したけれど、結局は誘うことにした。取材なのだけれど一人だと具合が悪いらしいということを強調して。
「それにしても、こんなに並んで入るのに、メインはご飯じゃなくてアイドルってカフェとしてどうなんでしょうね」
奈津は白いパンツにベージュのブラウス、品のあるネックレスを合わせていて全体的に柔らかな印象だ。「どんな洋服着ていいかわからなくて」とおどけていたけれど、三保はほのかに香る香水にドキドキしてきた。
「SNSでは絶賛だったけど」
「オムライスかわいいーって、やつでしょ」
褒め方にセオリーもルールもないけれど、三保にも「かわいい」味は想像つかない。
「あの、すみませんけどぉ」
突然背後から声がかかる。三保よりも奈津の方が先に反応した。
「お願いがあるんですけどぉ」
振り返ると、ブルーのワンピースを着て、目の周辺にはキラキラとラメが入っている女がニコニコ笑っていた。
「何ですか?」
「あのぉ、この店お一人様だとカウンターに通されちゃって、いまいちなんで、ここ一緒にしてもらえません?」
「は?」
奈津が目を丸くしたら、三保はお手上げだ。
「お姉さんたち二人と私で三人にして欲しいんです、お願いです」
拝んできた手の指にはキャンディーのようなつやつやしたネイルが5本とも違う色で乗っていた。どう見ても20代前半だ。
一瞬二人で固まっていると、「進みましたよ、前」と指摘される。女の指をたどると、行列が2人分ほど前に進んでいた。その隙間を埋める時には、女は隣に並んでいて、「お姉さんたちここ初めて?」と微笑んでくる。
「ええ、何か人気だって聞いたから」
「さっきから超浮いてるよ。あなたたち2人」
「すみません」
笑いをかみ殺して、奈津が楽しくなっているのがわかる。
「さっきお一人様の席はイマイチだって言ってたけど、どういうこと?」
奈津はすかさず聞いている。
「1人だとカウンターになっちゃって舞台に背を向けるから見づらいし、背中痛くなるし」
「あなたはそのアイドルのファンなの?」
三保が話しかけると、
「何、おじさんたちは違うの?」
奈津にはお姉さんで自分はおじさんか、と三保は軽くショックを受ける。それに察したらしい奈津がまた笑いを堪えて、
「ええ、実は私たち雑誌の取材で来てるの」
「へぇ、雑誌に載るの?ここ。すごぉい」
「まだわからないけど」
慌てて三保は打ち消しながら、何をこんなに焦っているのかと呆れる。
「私はキラメラっ子のゆうみんっ子なの。あ、ここではイチオシメンバーのことを「子」っていうの。名前に子をつけるのね。カフェは曲数も少ないし、飲食しなきゃいけないけど、間近で見られるからすごい人気なの」
言葉の半分も理解できず三保が呆然としていると、ブルーワンピの子は「これこれ、ゆうみんってこの子」と傍のバッグから出したCDをこちらに見せてきた。それはカラーコピーの苦労がにじむ、女の子の顔という顔が散らばっているジャケットだった。その大きさによって人気度がわかるらしく、ブルーワンピの子がさした場所は隅の小さな顔だった。三保には皆同じ顔に見える。
「キラメラっ子、ルンルンスキップ?」
「おじさん何も知らないで来たんだね。キラメラっ子がグループ名。ルンルンスキップは絶賛発売中の新曲!。このくらい覚えてよ」
三保は情けない気持ちで奈津の顔を見る。諦めなさいよ、とでも言いたげな彼女の視線に腹に力を込める。
「一緒に行くのはいいけど、色々教えてくれるかな」




