夢という苦い果実
三保は帰るなり、デスクに突っ伏した。
「疲れてるねぇ。どうだった?メイド喫茶は」
「一言も合ってない。アイドルカフェだ」
真瀬の言葉に、力弱く反論していると、「お気楽でいいねぇ」とため息をつかれる。
「気楽じゃねぇし、これ見て分かんない?絶賛疲労困憊中」
「猫カフェも大概辛かったぞ。猫かわゆいですねぇ〜、なんて無理くり馴染んだふりしたけどさ。何でわざわざあんなとこ行くの?」
2人して大きなため息をついて、「コーヒーでも飲みに行くか」と立ち上がった。
「俺たちさ、そろそろこの雑誌の記者辛くない?特集記事に魅力感じなくなってきた、俺」
三保は頭の後ろで腕を組み、エレベーター待ちの列に並ぶ。
「かと言って異動先なんてないしなぁ」
もともと真瀬も三保も、月刊ウマイモンの契約記者として採用された。今では正式に雇われてはいるけれど、他にこの会社にグルメ専門誌はないし、三保はグルメ以外の記事など書いたことがない。
「真瀬、お前は他のとこでもやっていけんじゃないの?もともと雑誌記者なんだろ?」
「やだよ、芸能人のスクープとか面倒くさい」
いわゆる大衆紙がないこの出版社に移ってきたのはそのためなのだろう。
「アイドルと俳優の不倫追っかけるぐらいなら、猫カフェでにゃんにゃん言う方が気楽」
表示階数を目で追う真瀬の横顔が、妙にシリアスに映る。
「そんなもんか」
あれから三保と奈津とブルーワンピの子と三人という妙な組み合わせでアイドルカフェに入った。一時間並んだ挙句に食べた、「かわいい」オムライスは、卵で綺麗に巻くタイプで見た目もいいし正直美味しかった。全メニューちゃんと手作りしているらしい。
「ここのアイドルだった子が料理してるんだけど、そっちの方が才能あったんだって。うらやましいよねぇ」
ブルーワンピはうっとりした声を吐いた。メニューは決して多くはないけれど、それが手作りをしている証拠と言えた。飛び抜けて美味しいというわけではないけれど、他にもお楽しみがあるカフェでここまでの料理が食べられるとは嬉しい誤算だ。
「実は私もアイドルしててぇ、本当はキラメラっ子に入りたかったんだけどダメで。他で地下アイドルしてたけど、いまいち。もうどうすればちゃんとしたアイドルになれるかわかんない」
「ちゃんとしたアイドル?」
「そー、誰から見てもあなたはアイドルだねって言われる感じ?今はライブするのにも苦労するの。チケット捌けないし。何が違うのかなって思ったりはするけどねー。自分なんだよね、魅力とかオーラって一日にしてならずじゃん」
口調は明るいのだけれど、案外この子の核心をついた悩みなのかなと三保は思う。
「もう諦めて田舎帰ろかなって」
「まだ若いじゃない」
奈津の言葉に、「15からやってて今21。さすがにヤバイでしょ。貧乏でお金なくて、バイトばっかで」とブルーワンピが明るく一蹴する。三保も奈津もこれ以上何も言えなかった。
そう諦めることは自分次第だから辛い。期限を決めるのも、気持ちを整理するのも、自分である場合には特に。
「あっ、ゆうみんがいるー!!ラッキー」
ブルーワンピはそれ以降は、大好きなゆうみんが店にいると大騒ぎで、別人のように生き生きと声を出していた。
奈津がその様子を見ながら複雑な表情をしていたのを三保は見逃さなかった。
「あんなに若いのに、夢に苦しむなんて厳しい世界なんだね。ただ見てるだけだと全然わからないけど」
夢を諦める。それは楽になる方法でもあるけれど、一生自分を苦しめる可能性も秘めている決断だ。
「なぁ三保、お前ってグルメライターずっと続けんの?」
真瀬が小さく囁いてくる。
「んー、どうかな」
仕事と思って割り切ってやってきた。この仕事を辞めるかどうかという決断は、痛みを伴わない非常に現実的な選択だ。生活できるかどうか。それだけで決められる。
「俺たちライターったって決められた枠で方針に従って書けばいいんだもんな、楽だよな」
「何、お前昔が懐かしいの」
「散々嫌な目に遭って、二度と戻りたくないって辞めたんだけどなぁ、時々恋しいんだ、あの刺激」
真瀬の横顔を見る。いつものおどけた表情は結局見られなかった。




