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第86話



 神社へのお参りも済ませた頃には、丁度お腹が空いてくるような時間帯になっていて、彼はスマホでここら辺の地図とにらめっこしていた。


 「お前、何か食いたいものあるか?」

 「あ、じゃあ一緒にさ、自分の食べたいもの言ってみようよ。意外と一致しそうじゃない?」

 「なんだそのゲーム。まぁ良いだろう、俺の今食いたいものを当てられるとは思えないが」

 「女を食べたいとかはナシね」

 「先を越されたか……」


 女と一緒にいる状況で女を食いたいって思ってるのは相当ヤバいと想うけどね。あれ? なんとなく彼についてってるけど、もしかして私って結構ピンチ?


 「食べたいもの決まった?」

 「あぁ」

 「じゃあいくよ。せーのっ」

 「寿司」

 「ラーメンっ」


 見事に一致しなかったね。


 「寿司なんて贅沢だね」

 「こういうことでもないと行けないからな。ていうか、お前ってラーメン食えるのか?」

 「なにをぉ。私の体格で判断してるでしょそれ。食べたことあるよラーメンぐらい。君はお魚好きなの?」

 「特別好きってわけじゃないが、特別な気分って感じがするだろ」

 「あ、じゃあさ、回転寿司でもラーメン食べられるし、そっちに行こうよ!」


 せっかく遠出してるから地元の美味しいお店とかにも興味はあるけれど、そういうところって結構混んでるし、どれが良いのかとか短時間じゃ決められないし、今の私の空腹を満たせるのは回転寿司ぐらいしかなさそうだからね。ここら辺も漁港が近いし多分美味しいでしょ。


 

 「何、そのイカ三連打。ドンジャラでもしようとしてるの?」

 「この大葉が美味いんだろ」

 「イカじゃなくて大葉目当てなの?」


 私もイカは嫌いじゃないけど、いくら好きな寿司ネタだったとしても一気に三皿は注文しないと思う。


 「なんだか、君がご飯食べてるところ初めて見た」

 「当たり前だろ、バス停で会ってるだけなんだから。お前の前で食ってたのってチョコぐらいだろ。それに俺だってお前が飯を食ってるところを見るのは初めてだ。結構食うんだな、お前」

 「あ、デリカシーないよそういうの。いっぱい食べる君が好きとか言わないと」

 「おっぱい食べる君が好き?」

 「君って結構度胸あるよね。私の胸より……グスン」

 「飯食ってるときに泣くんじゃない」


 この贅沢なお寿司の栄養が自分の胸部に行くことを願うしかないね。それよりも自分の頭が良くなりそうな気がするけれど。

 そして私がタッチパネルでラーメンを注文すると、ネギトロ軍艦を食べていた彼がギョッとした表情で私の方を見る。魚だけにね。


 「お前、ラーメンまで食べる気か」

 「だってラーメン食べたかったんだもん」

 「いつもそんぐらい食ってるのか?」

 「最近は全然だったけど、なんだか今日はものすごくお腹空いてるんだよね」


 そういう彼だってもう二十皿ぐらい食べてるけど、このラーメンを含めれば私も中々の量を食べてると思う。回転寿司なんてお祝いごとぐらいでしか来ないんだから、やっぱり食べておかないとね。


 「なんだかデートみたいだね、こういうの」

 「自惚れるなよ。あまり理想を高く持ちすぎると、いざ残酷な現実に直面したときにショックを受けることになる。彼氏との初めてのデートでラーメン屋に連れて行かれたらどうするんだ?」

 「私は結構好きだけどね、ラーメン」


 でも個人経営の名店とかじゃなくて、チェーン店のラーメン屋に連れて行かれたらちょっとがっかりしちゃうかも。


 「ねぇいくら?」

 「俺はあまり好きじゃないな、いくら」

 「そうじゃなくてさ、おあいそ」

 「いっぱい食べる君が好き」

 「いや愛想を振り撒けってことじゃなくてね。お会計だよお会計」

 「やっぱ阿弥陀如来とか阿弥陀三尊とか傑作だよな」

 「それは快慶でしょって、良いからお勘定だよ! フンガー!」

 「そう感情的になるでない」


 阿弥陀如来とか、テストの答えとして書くぐらいで口に出すことなんて滅多にないよ。

 なんて言いつつ、私達はレジへ向かったけれど……私は自分の財布の中身を見て愕然とする。立ち尽くす私の隣から、彼は私の財布の中を覗き込んできた。


 「お前って財布も寂しいんだな」

 「財布『も』って何さ財布『も』って。気づいたんだけど私、帰りの電車賃すらないんだけど」

 「俺が出すよ」

 「良いの?」

 「大体、俺が無理やりお前を拉致したようなものだからな」

 「まさか、身代金目的で……!?」

 「だったらもっとお嬢様っぽい奴を選ぶ」

 「じゃあ私の体目当てってこと……!?」

 「良いからさっさとその減らず口を閉じろ。他にも客がいるんだぞ」


 さっき、公衆の面前でおっぱいとか言ってた男子高校生が言えることじゃないね。でもなんだか、口調とか声色とかはいつもと変わらないけれど、いつもバス停で出会う彼とはちょっと雰囲気が違うかも。


 

 「さて、どうしよっか。せっかく海が近いんだし浜辺を散歩してみない?」

 「残念だが、そろそろ帰りの列車に乗らないと遅くなりそうなんだ。帰りも二時間強かかるんだからな」

 「田舎の辛いところだね……」

 「まぁ駅前を軽くブラブラして時間を潰すか」


 まだお昼を過ぎたばっかりなのに、帰りの電車は残り二便しかない。一応他の列車とかバスを乗り継げば帰れないことはなさそうだけど遠回りになっちゃうし、ここは大人しく帰るしかないね。


 この街は私達が住んでるところよりも栄えているけれど、若者が遊ぶ場所としてはやっぱり物足りなくて、ウブそうな彼をランジェリーショップに連れ込むことぐらいしか面白い遊びはなかった。平日の昼間からブラブラしていて警察とかから声をかけられないかちょっと不安だったけど、堂々としてたら意外とバレないもんだね。


 そんなウィンドウショッピングをしながら時間を潰して、私達は夕方頃の列車に乗り込んだ。



 「帰ったら怒られるかな」

 「退学だな」


 帰りの電車もクロスシートに向かい合って座ると、いきなり彼が怖いことを言い出した。


 「そんな厳しい? 一日サボったぐらいだよ?」

 「人生からの退学だ」

 「何その怖い言葉。君の家ってそんなに厳しいの?」

 「ちょっとどやされるぐらいで済むだろうがな」


 学校にも親にも連絡せずにサボったら、そりゃ怒られちゃうよね。きっと彼は今までそんなこと無かっただろうし。


 「お前のところは?」

 「小言は言われちゃうかもだけど、まぁどうにかなるんじゃない?」

 「無理やり連れ出してすまないな」

 「ううん、楽しかったし良いよ」


 私がそう言うと、いつもは仏頂面の彼が、窓の外を向きながら優しく微笑んだように見えた。



 その後も、私は彼と他愛もない話をしながら列車に揺られていたけれど、いつもはバス停で数分ぐらい話をするだけの彼と一日を過ごした私には、まだモヤモヤが残っていた。


 それは、無断で学校をサボってしまったことへの罪悪感とかじゃなくて、今日がこのまま終わってしまうと、また明日から何も変わらない日常が戻ってきてしまうんじゃないかと、私は怖がっていた。


 こうして、ただ彼と一緒に帰るだけじゃ満足できなくて。

 もう少しだけ、彼と一緒にいたいと、私は思った。


 「ね、途中で降りてみない?」


 だから私は、綺麗な海岸の側の駅で、彼を誘ったんだ。

 

 

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