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憎しみの虜囚

「貴女を……斃します。その存在を抹消し、あの人の執着を断ち切ってみせます」


亜夢美は、追い詰められた貌をしていた。

何故だろう。優勢なのは、彼女の方なのに。


彼女の三叉槍(トライデント)と、私の二叉の槍(バイデント)が、交差する。

私の槍が、はじき返される。

二つの槍の能力は、遜色ない様に見受けられる。

差は、使用者に因る物だ。私と亜夢美の。私は、亜夢美に及ばない。

……思わず唇を噛む。忸怩(じくじ)たる思いだ。己の不甲斐なさに。


だがそれ以上に、亜夢美は悔しそうな貌をしている。

何故だろう。 『こんな三下に、私が手こずるなんて』、とでも自責しているのだろうか。

彼女は誇り高く、自分に厳しい人だから。


「……とでも思っているみたいな顔ですね、この贅沢ものが! 私の欲しいモノをみんな独占し、なお且つその有難みを自覚せぬ、罰当たりが!」


彼女は、何を言っているのだろう?

富と名誉の申し子で、尊敬と称賛を注がれる彼女が、忌み嫌われ、輪に入れて貰えぬ私の、いったい何を羨むというのだろう?


「有象無象から与えられる好意は、有っても無くても、どっちでもいい。そんな物は、無価値。泥団子をお供えされても、有難くも何ともない!」


亜夢美は叫ぶ、己の欲する物を。

それは悪意を()らぬ、好意を当たり前の物と見做す、恵まれた者の台詞。

刺すような忌み嫌う視線も、汚濁に満ちた侮蔑の言葉も()らぬ者の感性。


私はフッと、苦笑いを浮かべる。


「……何が、おかしいのですか?」


それがお気に召さなかったのか、亜夢美は怒気を孕み、語気を荒げる。


「私と貴女は、解り合えないと思って……。北国の身を切るような、指先の神経が麻痺する寒さを、南国の人間に幾ら説明しても伝わらないみたいに……」


恵まれた者は、他者の痛みは理解出来ても、共感する事は――出来ない。


「それは、貴女も同じ事。……代われるものなら、私は貴方―― “メア“ になりたい。あの人から “名“ を、もらいたい……」


手が、震えていた。魂を振り絞るような声が、亜夢美の長い指を震わせていた。

彼女は顔を隠すように、後ろを向く。


「……貴女には分からないでしょうね、こんな気持ち」


亜夢美の後ろ姿は、ぶるぶると震えていた。声は、涙で掠れていた。悲しみの旋律が、奏でられていた。


「金貨の山は、それで得られぬ大切な物を、残酷なまでにあぶり出す……」


そこには、求めても求めても報われぬ、哀れな女の姿があった。




地獄の業火(インフェルノ)!」


亜夢美は詠唱する。その切っ先から紅蓮の炎が放たれた。

炎の壁が私の周囲に築かれる。

壁は中心の私に向かい、迫り来る。

私は堪らず跳躍し、上空に逃れる。


風の王(エアリエル)!」


亜夢美は再び詠唱する。

不可視の風の刃が、幾刃も襲い掛かる。

走り高跳びの背面跳びの要領で体を捻り、刃と平行となり、それを避ける。

旋回する様に宙を舞い、刃を掻い(くぐ)り、亜夢美へと向かう。


「そんなもので、私は止められない」


亜夢美と私は、指呼の間となる。


「もらった!」


二叉の槍(バイデント)を構え、亜夢美に狙いを定める。

私は、笑った。勝利を確信して。

そして、亜夢美も――笑った。




私の動きが、突然止まる。

(かんぬき)をかけられた様に、羽交い絞めにされていた。

後ろで勇哉がその(かいな)で、私の躰を押えていた。私のとどめの一撃を、阻止していた。


『――なんで!? 貴方は私の味方じゃなかったの?』

その問いは、声にならない。怖くて。否定されたら、生きられない。



「……助けられましたね、勇哉さんに。あのままなら、貴女は首無し騎士(デュラハン)となる所でした」


亜夢美は舌打ちし、悔しそうに言う。

私の喉元に、赤い線が浮んでいた。

そこからポタッポタッと、血の雫が滴り落ちる。

細い鋼線が、食い込んでいた。


「 “火“ や “風の刃“ は、この罠に誘い込む為の “囮“ ……」


全てを悟り、それを口にする。

私は、死の淵に立っていた事を知る。

そしてそこから救ってくれた、 “白馬の騎士“ ――ううん、 “王子様“ を見つめる。


「その傷…………」


彼は躰を、ずたずたに切り刻まれていた。

刃先でえぐられた深い傷もあれば、鋼線で斬られた長い傷もあった。


「心配するな、急所は避けてる。自分から突っ込んだんだ、その位はコントロール出来る」


彼は私を安心させようと、早口で喋る。

だがそれは、私に疑念を起こさせた。


「自分から……突っ込んだ?」


気になるワードを復唱する。

考えてみれば、亜夢美は私に攻撃目標を定め、勇哉に攻撃を加えていない。


「……回避してたら、間に合わなかったからな」


『間に合う』――とは、私の救出の事?

私を助けるために、凶刃に身をさらした?


「私を救うために…………」


熱いものがこみ上げて来た。

感動と居た堪れなささが、入り混じったものが。


「いや…………」


王子さまは、辛そうに答える。


「まだお前を、救えていない……」


どういう意味? 亜夢美の攻撃は、凌いだはず。



「 “不殺生(アヒンサー)“ と云う教義がある……」


『どう言ったらいいのだろう』――そんな戸惑いが滲む話し方だった。


「全ての生きものは、 “苦“ を憎む。憎しみの余り、 “苦“ をもたらす者を消滅しようとする。だがそれをすれば、その憎しみは殺害者に降りかかり、魂は憎しみに囚われる……」


『憎しみを捨てろ』って事? でもこの『亜夢美を滅したい』という気持ちは、抑えようが無い。


「『憎しみの連鎖を 断ち切れ』とかじゃない。『憎しみの牢獄に 幽囚されるな』と言っているんだ。『世のため 人のため』ではなく、『お前のために』、だ。俺にとってお前は、人類より、世界より、守るべきものだ。……分かってくれ。お前を……失いたくない……」


勇哉は、束縛を緩める。

そして私を彼の正面に向け、私の背に腕を回し、強い力で抱きしめた。


トクントクン。勇哉の心臓の鼓動が、私の胸に伝わる。

熱く、激しく、彼の想いが、流れ込む。

『お前を守る。全てのものから、お前自身の闇からも』――そう、叫んでいた。


私は――――馬鹿だ。

なにも――解っていなかった。

目は開けど、映らず。耳は放たれど、響かず。

彼の気持ちを理解していなかった。


あんなに一生懸命、『やめろ』と叫んでくれてたのに。

亜夢美を斃したいという欲求に飲まれ、彼の言葉を “ノイズ“ として捉えていた。

――なぜ?






「おやめなさい。……無駄です」


亜夢美が痛ましそうに、勇哉に呼び掛ける。


「どんなに訴えようと、今のアメリアには届きません」


哀しい声で、語る。


「父・主馬が施した封印とは、アメリアの攻撃性・残虐性を深層意識の奥に沈め、表層意識から分離させる事。……貴方が今まで見ていた “メア” は、 “ 卵の殻” のような物。外界に悪影響を及ばせない様に造られたシールド」


幻影が、現る。

裸身で、膝を抱え、顔を伏せ、縮こまる私。まるで、 “ 卵” のように。感情が、死に失せて。


「その “ 殻” の内側では、熱く(たぎ)る “ 憎しみの(ひな)” が、怨みを糧に育っていった……」


縮こまる、私の躰が透けて行く。

その内部に、あの “蜥蜴“ が見えた。


「二つに分かれた人格の一つ、貴方が “メア” と呼ぶ表層意識は、争いを嫌う穏やかな物となりました。骨肉の争いを求める “殿倉の血“ の結晶たる “雛” から分け隔たれて」


私の視点が、 “蜥蜴“ に近づいて行く。

“蜥蜴“ の姿が、段々と大きくなる。


(うろこ)“ の一枚一枚が、はっきりと見えて来た。

吐き気を催した。それは、積み上げられた、私の、――屍体(したい)だった。

“蜥蜴“ は、私の屍体の集合体だった。

屍体は、憎しみ色に染まっていた。眼は怨嗟に燃え、口からは呪いの言葉が漏れる。

あれも――私だ。


「そして今、 “雛” が(かえ)りました。 “ 卵の殻” を、破り――」


“私の躰“ が、破裂する。肉片が飛び散る。中から、 “蜥蜴“ が現れた。


「悪食の “雛” は、砕けた “ 殻” を(ついば)みます。分かれていた二つの “アメリア“ が、一つとなります。もはや、どうしようもありません」


“蜥蜴“ は、飛び散った “私の肉片“ を喰らう。

私は、 “蜥蜴“ の一部となる。


「何しろこれは、彼女の原型、自然な姿、あるべき姿――統合された存在。貴方の()っていた “メア” はその一部、多重人格の一つでしかありません。本来の “アメリア” に戻った彼女を再分裂させても、同じ “メア” は――生まれません」


“私” とは、 “メア” とは、一体なに?


「貴女が求める “メア” は、私の内にも在ります。先程私が黒鯨(ブラック・ホエール)となり、白鯨(ホワイト・ホエール)となった彼女を喰った時に取り入れた “メア” が!」


亜夢美が言う “メア” とは、勇哉の理想の女の子。

私が一生懸命演じ、近づこうとした理想形。

私とは――違う。


「受け入れて下さい、それを……。多少 “私” と混ざっていますが、 “殺戮の女神(カーリー)” と混ざったアレとて、同じ事でしょう。貴方が()る “メア” は、もう何処にもいないのです……」


亜夢美なら、 “メア” に成れるだろう。

私よりもっと、理想に近い “メア” に。



ああ、ついに、この時が来たのだ。

未来の勇哉のお嫁さんに、彼をお返しする時が。




私の中で、激情が渦巻く。

『幸せになってください』――そう祝福する気持ちが、心の水面(みなも)を流れる。

その下で、『亜夢美を、(ほふ)れ。奪われるな、奪え』――そんな煮え滾る熱い気持ちが、心の表層に突き上げる。


相反する二つの気持ちが、私を硬直させた。




「な~に馬鹿な事言ってんだ」


勇哉の明るい声が、私を呪縛から解放する。


「亜夢美、 “お前” は “お前” 、 “メア” は “メア” 。階段から落ちて入れ替わる映画じゃあるまいし、ひょいひょいと憑依すんじゃねぇ!」


彼は多分、理解している。その上で、敢えてこんな言い方をしている。恐らく、私のために。


「人は誰しも “理想の自分” を目指し、己を変えるもんだろうが。 “素のままの自分” とそれが違うからといって、それが偽物だと、なぜ言える?」


てっきり、『メアに “醜い心” は無い』とでも言うのかと思っていた。

だが、違った。


「どっちも、本物だろうが。社交界で気を張っている “お前” と、部屋でグデーっとだらけてる “お前” が同じように」


彼は全てを受け入れてくれる。こんな私を、醜い私を。


「最初から完璧な人間なんて、いやしない。みんな “理想の自分” を追い求め、変えてゆく」


勇哉、あなたは……。


「その行いは褒められこそすれ、否定される物ではない。そんな事を言う奴は、俺が許さん!」


私の、救いです。





「メアの “負の感情” は、途轍もなく、大きい。おそらく、主馬の力を凌ぐほどに……」


彼の口調が変わる。上擦る声から、静かな落ち着いた声に。


「おかしかねぇか?」


えっ?


「なんで主馬は、メアの “負の感情” を封印出来たんだ? 直接対峙し、絶え間なく力を注いでいるのなら、まだ分かる。要所要所に効果的に行えば、多少の力の差は覆せる。だが据え置き型で、放置しっぱなしの封印では、それも叶わない。それで弱い者が、強い者を抑えられると云うのは、道理が合わない。とっくに解放され、お前を喰らい、世界を蹂躙していた筈だ、だが、そうはならなかった……」


疑念が、積乱雲のように湧き立つ。

我が事ながら、理屈が合わない。


「メア自身の力で、抑え込んでいたんだろう、この悪霊を。一体どれだけ大変で、気の遠くなる行いだったか……」


彼は、私以上に “私” を理解してくれている。


「お前はメアのことを “卵の殻” と言ったが、そうじゃない」


その彼が、否定してくれる。亜夢美の言を。


「あれは、 “ 城壁” だ!」


彼は力強く、主張する。


「外界からの防御と云う意義は、勿論ある。だがもう一つ、『内部の、不安因子を、洩らさない』と云う意味合いがある。あいつは、世界も、護っていた」


勇哉…………。


「何故だか、解るか? 恨みつらみ募る世界を、どうして護ったのか」


彼の中では、私は “ 聖人” だ。


「 “静さん” だ。あいつは自分の母親を、世界に受け入れて欲しかったんだ。その為に……世界を護った」


“お母さん” ――勇哉が現れるまで、 “私の全て” だったもの。


「父を貪り喰う無情な “貴様(亜夢美)” や、父の嘆きを解しない無力な “(勇哉)” とは――違う」


そんな事、言わないで。貴方は気づかなかっただけ。貴方のお父様が、貴方の幸せを願い、隠しただけ。それは、貴方の罪じゃない。

……でも貴方は、赦さないのでしょうね、自分自身を。

そうする事が、貴方の救いになるのでしょう。


「それは崇高で、讃えられるべき行いではないのか?」


そんな事ない。貴方こそが、救いの御子。闇はらう太陽。


「俺は、 “メア” という女神を信奉する。何があろうと。お前みたいな邪神は、お呼びじゃねぇ!」


世界が、光に満ちる。




「負けるな、メア! その昏い欲望を、ねじ伏せろ!」


彼は、エールを送る。心を込めて。


「力が足りなきゃ、俺のを使え。気でも血でも、好きなだけ持って行け!」


彼の全身の傷から吹き出す血が、私の唇を濡らす。


「それを使い、なりたい自分に――なれ!」


彼の澄んだ涙が、私の胸元に落ちる。

聖者が造りたもうた、真珠の首飾りが掛けられた。




彼の深い想いが、言の葉に乗る。

彼の熱い気持ちが、滴る血から伝わる。

彼の強い愛情が、抱きしめる腕の力に顕れる。


私は、幸せに包まれる。




「勇哉、私ね……」


私は涙ぐみ、しゃくり上げる。


「あなたの、―― “女神” になりたい!」


胸の中で何かが膨れ、飛び出して来た。

理想、願望、感動、そして……愛。


「あなたが思い描く “理想のメア” に、私はなりたい……」


勇哉は微笑み、私の頭をポンと叩く。

私は彼の腕を、力強く握る。




言葉だけでは、こんなに激しく震えなかった。

つたう血だけでは、ここまで熱く燃えなかった。

抱きしめる腕の強さだけでは、これほど心を鷲掴みされなかった。


彼の私を想う気持ちが、大軍となって押し寄せる。

参ったな、もう…………。

私の胸は、高鳴る。幸せの、鐘が鳴る。




神は、信ずる者によって創られる。

その “信ずる者” には、 “神” 自身も――含まれる。

彼女は今、 “メア” という女神を創り出そうとしていた。

清濁併せ持ち、それでも “清” の道を歩む。

それが、―― “メア” です。


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