亀裂の中から、こんにちは
『何、あれ』
「うわぁ……」
明日香とヴィオレッタ、二人揃って最後の修復場所までやってきて、見上げれば広がるのは言葉で表すならば『虚無』だった。
黒以外、何もない場所。
ずっと覗き込んでいれば、吸い込まれそうになりそうなほどの、真っ暗闇。
「姫君、あまり凝視されませんよう」
「は、い……」
『何か……気持ち悪いね、あれ』
「……ええ、本当に」
どうして亀裂ができるのかも定かではないが、基本的にこういった結界は定期的なメンテナンスが必要なのだろう。
それを担っているのが純血王家の人間だったということがきちんと分かっただけでも、ヴィオレッタにとっては大収穫。自分が不必要な存在ではなかったと理解できて、不安定だった気持ちも落ち着いた。
しかし、今後も同じようになってしまうことだけは避けなければいけない。その思いもヴィオレッタは心の内にあるし、書物、あるいは何かのパフォーマンスとして全体周知をするほかないだろう。
「魔物は……あの亀裂から出てくるんです、よね」
「はい」
「出てくるタイミングとかって……」
「不明です」
『観測器とかないの?』
「…………?」
はて、とレスシュルタインとヴィオレッタが揃って首を傾げている。
まさかこの国、そういう危機に関しての観測機なんかや専門機関がないのか、とぎょっとした。
『待って待って待って! 魔物がいつでるかとか、そういうのってどうやって感知してるの!?』
「ええと……」
「出てから、でしょうかね」
ねー、とレスシュルタインとヴィオレッタが揃って頷き合っている。そこからきちんとセッティングしないといけないのでは!? と焦っている明日香に対し、これまでが『そう』だったから、今後も変わらないであろうと無意識に思い込んでいるらしい二人に、明日香は頭を抱えた。
『いやあのね、結界があるから普段は良いかもしれないけど、こうやって結界が壊れた時のために観測機とか、そういうのも作っておいた方が!』
「必要……でしょうか?」
『だって、万が一に備えないと……』
話している明日香やヴィオレッタには見えていなかったかもしれない。ぬるり、と爪が出てきたことに、レスシュルタインがいち早く気付いた。
「つまり、ああいうことですか?」
『へ?』
「何です?」
レスシュルタインが指さした先を辿る様に明日香とヴィオレッタが視線を上げれば、何かが今まさに出てこようとしている瞬間が目に入った。
『そういうことですーーーー!!』
「え、ええええええ!!」
「普段はああやって出てくることが……」
『んなこと言ってる場合じゃなくて、とりあえず討伐! 倒さないといけなくない!?』
ここで騒いでいても仕方ないのは理解しているが、明日香は何せ早かった。
彼女が入院中読んでいた小説の中には、勿論ともいうべきか、ライトノベルがあった。その中には異世界召還された現代人が不思議な力を手に入れてバトルしていくものもあった。ついでに、こういう結界を修復する展開も知っているし、加えて、結界の修復中に魔物が湧いて出てきているというシチュエーションも見たことがある。
『まさか現実にこんな体験するとは思ってないじゃんかー!!』
「え」
「聖女様の世界ではあれが普通なのですか!?」
『んなわけあるかい! ちょっと物語で読んだだけ! っていうかヴィオちゃん魔法いけるね!?』
「は、はい!」
明日香に言われて背筋をしゃきっと伸ばしたヴィオレッタは、ばっと明日香に手を伸ばして受け入れ態勢に入る。
するりとヴィオレッタと融合した明日香は、攻撃魔法を使えるようにとイメージを構築していく。ヴィオレッタが使いやすいように、イメージを積み上げていけばすぐに理解したらしく、ばっと掌を上に向けた。
「アスカさん、魔物ってまだ手しか見えていないけど……」
『ヴィオちゃん、よーく見てみ』
「え?」
イメージ通りの攻撃魔法、
ちなみに明日香は炎魔法に雷魔法を組み合わせた威力マシマシの代物。それを組み上げていきながら、ヴィオレッタは裂け目を目を凝らして見てみれば、ギロリとこちらを睨んでくる大きな目と、ヴィオレッタの視線がかち合った。
「ひ、っ……!」
『分かった?』
「わわわ、わかりました! とりあえずコレ炸裂させればどうにか!」
『なればいいなぁ、って話!』
明日香の声に、レスシュルタインはふむ、と一つだけ呟いてからすっと掌をヴィオレッタに向けて、そして口を開いた。
「姫様はそのまま魔法の構築を。わたしは威力増幅の魔法を姫様にかけますので遠慮なく」
「は、はい! あの、この魔法で結界って……」
「ちょっと広がるかもしれませんが、修復するのでそのままやっちゃいましょうか」
「過激派ー!!」
結界の内からの力と、外からかかっている力。基本的には結界は内から外に向かって展開しているため、外からかかる力と比較すれば多少馬鹿力で魔法をぶっ放したところで問題はないだろうと推測する。だからこそ、ヴィオレッタに思いきり、遠慮なく魔法をぶちかましてもらわねば、と明日香は判断した。
『ヴィオちゃん、その魔法大きいままじゃなくてぎゅっと圧縮してから放って!』
「あ、圧縮!?」
『そう! あれが炸裂して、落ち着いたら一気に結界の修復に入る!』
「え、ええと……こう、かな」
ヴィオレッタは頭の中で必死にイメージを組み立てていく。
今は掌の前で多きな火球が成長している段階。それを、ぎゅっと掌で包み込んで硬く、しっかりと固めていくようにしてイメージをしていけば、ぐぐっと炎の球は小さくなっていく。更に炎の表面には電撃がばちばちと音を立てながら展開されていった。
『そのまま……ヴィオちゃん集中しててね!』
「はい!」
「それでは失礼いたします」
レスシュルタインの魔法が少し早く完成し、ヴィオレッタの体をふわりと包み込むようにして淡い光が広がった。
これにより、見た目では分からないがヴィオレッタが構築している魔法の威力がぐっと高くなったのだ。
『……ん?』
それに明日香が気付いたものの、ちょっと威力上がるだけだよね~、と考えてヴィオレッタの魔法構築に全力を注ぐ。
そして、魔法が構築完了し、今だ、とヴィオレッタと明日香の意識がこれ以上にないほどシンクロした瞬間に、拳銃から発射された弾丸のように魔法は飛んでいく。
地上から見上げているだけでは距離感はつかめなかったが、結界の位置的にかなりの高さなのだろう。
小さな火球に見えるものの、威力はかなりのもののはず。割れ目に手をかけて今にも出てこようとしているかなりの大きさの魔物に吸い込まれていくようにして、一直線に飛んでいき、じっと見上げていればそれが的確に命中した……のだったが。
『へ』
「え?」
明日香、ヴィオレッタが間抜けな声を出した瞬間、ヴィオレッタの身につけていた腕輪の防御魔法がぱっと作動した。
「ええええええええええ!?」
『何コレ!?』
と、叫んだ瞬間。
文字で例えるとしたら、一体どのような音なのだろうか。
『どごおおおおん』とか、そういう音なのかもしれないけれど、とんでもない轟音が響き渡ったかと思いきや、空気全体がびりびりと震えるような感覚もあり、ヴィオレッタの中にいる明日香も慌てて耳を塞いだ。
防御魔法の中にいたレスシュルタインも、反射的に耳を塞いで、見たことのないようなポカンとした表情で上空を見上げている。
『ねぇ、増幅魔法かけた張本人』
「……はい」
『強くしすぎじゃない?』
「だいぶ……反省しております」
『ちょーーーーっと調整して!』
「いやぁ姫君と聖女様の相性がばっちりすぎて」
『そういう問題じゃなーーーーい』
ぬるっとヴィオレッタから出てきた明日香は、ひしとヴィオレッタを抱き締めてぎゃんぎゃんと騒いでいる。
魔法を放った張本人ともいえるヴィオレッタは、あまりの音の大きさに『はえ……』と呆気にとられたまま、衝撃の大きさに呆然としているのであった。




