閑話 遅すぎる後悔をしたところで
明日香とヴィオレッタの魔法が炸裂した頃、ずん、と一度だけ重たい揺れが王都を襲った。
「……何……?」
「揺れた、な……」
王妃と国王は一旦業務の手を止めて、双方顔を見合わせる。
一体何の揺れなのだ、と慌てて地質学者を呼ぼうと手配していると、近衛騎士団員が慌てて国王の執務室へと駆け込んできた。
「大変です! 結界の割れ目からモンスターが……」
「何だと!」
「……出てこようとしていたのですが……」
「ん?」
あれ、と国王は慌てて立ち上がったものの、中腰の状態で硬直してしまう。
ですが、には一体何が続くのだろうか、と首を傾げていると、何やら紙を差し出してきている。
「これは?」
「一部見えたものの報告と、それがどうなったかの報告なんですが……その」
とても言いにくそうに近衛騎士団員は、ゆっくりと言葉を続けた。
「討伐してくれたのは、ヴィオレッタ殿下、とのことで」
「……え?」
「あの子、が……?」
国王も王妃も、言葉を失った。
まさかあの子が、と王妃は呆然としている。
「だって、あの子は……魔法が……」
「い、いいや……確か城を出る前に使えるようになっていたではないか! ……そうだ、リカルドを呼べ!」
「かしこまりました!」
ヴィオレッタが魔法を使うところを目の当たりにした、第一人者はリカルド。
そう報告を受けているから、国王は慌ててリカルドを呼んできてもらうように告げれば、国王の側近が慌てて駆けていき、個人授業を受けていたリカルドを呼んできた。
「何ですか父上、今僕は授業中で……」
「リカルド、ヴィオレッタが魔法を使うところを見たか!?」
「え? ああ……はい、使ってましたけど」
あっけらかんと答え、頷いたリカルドを見て、王妃はかっとなってしまったのか急ぎ足でリカルドとの距離を詰め、がっちりと両肩を掴んだ。
「は、母上何ですか、痛い!」
「どうしてきちんと報告しないの!」
「どうして、って……」
あの時、リカルドはヴィオレッタの魔法を信じていなかった。
目の前で使う様子を見ていたにもかかわらず、どうして報告しなかったのか、と問われれば『あの時は目の前で起こった出来事を信じたくないと思っていたから』だなんて、どうして言えようか。
いや、そもそも国王夫妻だって目の前で見ていたにも関わらず、どうして見なかったことにしているのかだろうか、とリカルドは己の両親に対してそこそこドン引きしてしまった。
「お二人の前でも、姉さまは……その、魔法を使っていたじゃないですか」
「それは……」
「お二人が、姉さまを認めなかったんじゃないですか……!」
「何を言うのリカルド、そんなわけ」
「ない、ってどうして言えるんです?」
「……最初から、いや、それは僕もですけど半信半疑だったじゃないですか。何なら聖女の力だって決めつけてしまっていた可能性だってあるし」
幼い我が子に指摘されてしまえば、何も言えない。
なお、国王の側近は『いつまでも同じことで責任のなすりつけ合いをぐじぐじと……』と内心思っているが、国王夫妻にはその声は届かないだろう。
ヴィオレッタが覚醒した、と言って魔法を使って見せた時に褒めまくっていたけれど、まさかこんなに魔法を使いこなせるように成長している、だなんて予想していなかったのだろう。
せいぜい、王宮を出る前のあのちょこっとした感じのままで、何も変わっていない、としか思っていなかったんじゃないだろうか。
――実際、当たっているから何とも言えない。
長らく下に見てきた相手が、自分たちより強い、もしくは魔法の才があってはいけないと言わんばかりに、彼らは己の記憶を封印して、自分たちにとって都合の悪いようになりそうなことを見ないように、必死なのだろう。
「……」
「…………」
リカルドも、国王夫妻も、どれだけ後悔しているのだろうか。
ごめんなさい、とヴィオレッタにきちんと謝っていれば、もしかしたら何か変わったかもしれないが、ヴィオレッタが彼らをとっくの昔に見限ってしまっているのだから、結果としては何も変わらなかっただろう。
ついでに、アレクシスがヴィオレッタを追いかけて王都から出ていった、という報告も聞いている。
「……ヘルクヴィスト公爵令息が……ヴィオレッタを追いかけていった……とかいう報告もあがってきている。……関わるな、とあれほど言いつけたにもかかわらず……!」
国王は、がしがしと頭を掻きながら、だん! と机を思いきり殴りつけた。
「今更何をしようというのだ、皆揃いも揃って! ヴィオレッタの願いを、細やかな望みすら、どうして叶えてやれんというのだ!」
「あ、あなた……!」
「ヘルクヴィスト公爵を、呼べ。これ以上、あの子に近づけさせるわけにはいかん」
地の底を這うような低い声で、国王は言う。
王妃も、リカルドも、そんな声聞いたことがなかったから、二人揃って顔色を悪くした。
「……何をしている、行かんか!」
「は、はい!」
慌てて側近が走り、そして早馬で王宮へと駆けつけてきた。
どうやらアレクシスはまだ帰宅していないようで、やってきたのはヘルクヴィスト公爵のみ。
「……公爵、そなた……息子の管理もできんのか」
「へ、陛下……」
「報告が上がっている、そなたの息子がヴィオレッタを追いかけていった、と」
「……っ」
公爵はどうにかして王家と縁を繋げたかったから、ヴィオレッタを追いかけろとけしかけた。いつもならば面倒くさそうにするアレクシスが、その時ばかりは『行ってきます!』と意気揚々と出かけて行ったのだが、まさかここまで国王の怒りを買うだなんて思ってもみなかった。
「へ、陛下、しかし王女殿下の婚約者は……」
「そなたには関係のないことだ。で、いつアレクシスは帰ってくるのだ?」
「それは……その」
アレクシスについている従者からは、『そろそろ帰ります』と連絡が入っている。
だから、近いうちに帰ってくると思うが正確な時間は把握していない。
「恐らく、そろそろ帰ってくるかな、と」
「……追いかけるな、と言っていたのだが……アレクシスは、人の話を聞かないクセでもあるのかね」
それを言われてしまうと、公爵は何も言えなくなってしまう。
これまでは王家との関係性がとても良好だったから、少しばかり無茶をしても問題ないかと高をくくってしまっていた。
今回、それが完全に裏目に出てしまったらしい。
「……そもそも、だ」
国王が、ぽつりと零した。
「婚約の解消を申し出たのはヴィオレッタ自身、だからあの子の願いを……親として叶えてあげたというのに……まさかこんなにもことをややこしくしてしまうとはな」
「大変申し訳ございません! ですが、アレクシスは悪くありません! 欲を出してしまった我が責任でございます!」
勢いよく、ヘルクヴィスト公爵は国王に向けて土下座をした。
国王の側近はぎょっとしていたが、国王は深く深く溜息を吐いていて公爵を見ようともしない。
「アレクシスが戻ったら、謹慎させます! 王女殿下にもこれ以上近づけないように言い聞かせます、だから……!」
「だから、何だ」
「その、息子への処罰、だけは」
がたがたと震えている公爵を見て、国王は再び溜息を吐いた。
「……罰しようにも、ヴィオレッタは既に王族から籍を抜いてしまっているのでな……どうしようもない。そして、仮にヴィオレッタが公爵子息のことを許して、再婚約したとしても……平民となった彼女を公爵家が認めるのかね?」
「……ぁ」
ヴィオレッタが既に王族から除籍されている、だなんて思っていなかった公爵は、体から力が抜けてしまったような感覚に襲われてしまった。
まさか、あの人がこんなにも行動力があるだなんて、と公爵は後に語っていたらしいが、散々傷つけてきたのは自分を含めた周囲の人々だ、ということには、気付いていないようだった。
なお、アレクシスは帰宅早々に謹慎処分が下され、通常業務は全て自宅にて行うべし、という命令までもが下されてしまい、王宮に行って国王に会ってヴィオレッタの件に関しては直訴することも何もできないままに、日々を過ごすこととなってしまったのであるが、ヴィオレッタや明日香には、何の関係もない話なのである。




