正しい知識とお客様と、お出かけの準備
ぱらぱらと、ヴィオレッタは必死に本を捲っていく。
最初、ヴィオレッタは『王女のみ』に純血王家の力が宿ると思い込んでいた。そして、召喚できるのは『聖女のみ』だと思っていた。
だがしかし、蓋を開けてみれば、純血王家には『男性』もいたのだ。更には聖なる力を持った女性だけではなく男性も召喚されていた、という事実まであった。
では、何故そういった過去の正確な状態を分かっていなかったのか?
まず一つ、ヴィオレッタが、中途半端に書かれた書物しか読めていなかったから。
そもそも、王家の人間のみが入れるあの図書館。
あそこの本はとてつもなく厳重に管理されており、なおかつ上層にある書物は飛行魔法が使えなければ読みに行くことができない、という仕様になっている。
仮に頑張って登るなり何なりして書物を取れるとして、わざわざ物理的に頑張ってまで書物を取り、読もうとするものだろうか?
答えは恐らく『否』だろう。
だったら、別に読まなくても問題ないのであれば、読まない。
魔法が使えたところで、上の方にある本で普通に王族として過ごしていれば、『純血王家』のことなど調べようとも思わない。
どういう書物があるのかは背表紙を見ればおおよそ予測が立てられるのだが、見に行った結果関係がなければわざわざ手に取ることもしないのだから。
『純血王家』に関する書物は、重要度の低さから上の方へと追いやられていったため、結果として正しい知識を知らないまま、口伝通りに聖女召喚などを行った上で早々に国から脱出をはかる、あるいは追い出されて結界の修復に向かい、命を落としたのではないかと、推測してみた。
「……そんな……」
『おおまか、当たってるだろうね。ヴィオちゃんや先代様は聖女召喚、もしくは聖人召喚とかをやって、本を見つけて、言い方は悪いけど、うまいことここから逃げた』
ここ、と言いながら明日香は王宮を示すようにして手を動かしてみる。
代々の王家の書物や歴史を遡ってみても、『純血王家』の人が死ぬまでこの王宮にいた、という記録は見つけられなかった。
つまり、王宮で最期を迎えた者はいない。あるいは、いたとしても徹底的に隠されているのではないか。隠すとしたら、こんな出来損ないを歴史の上にとはいえ残したくない、という思いが大きすぎるが故の隠蔽工作だろう。
しかし、純血王家の力があってこそ国は平和を享受できるのだから、処分してしまっては元も子もない、とある時に気づいた。
だから、結界の修復という名目を与えて追い出し、良いように使ってきた、
『……こんなところかなぁ』
明日香がさらさらと書いた内容は、とてつもなく重たいものであったが、理解しかできないし状況とも合致している。
ぐ、とヴィオレッタは難しい顔をして内容を見つめている。
そして、ふとあることに気が付いた。
「アスカさんの書かれた文字、こちらのものとは違うのに……私、読めてます。何か凄いですね」
『ほんと? 知識共有でもされてるのかな。そういうのありそう』
「そうかもしれないですね! アスカさんが好奇心旺盛で、適応能力もとてつもなく高いおかげで、私とっても助かってます……」
『いやいや、こっちも元の世界では体験できないであろうことを、あれこれさせてもらえてるからね。ありがとう、ヴィオちゃん』
よしよし、と頭を撫でてくれる明日香の手が、ヴィオレッタはとても好きだった。
だが、ふと思ってしまう。
――この人は、いずれ帰るんだ、と。
寂しくなるけれど、それは今では無いから大丈夫。
自分に言い聞かせ、撫でられる心地良さにほっと息を吐いた。
今は、ここから出ていくことだけを考えて、正しい歴史を、知識をここに残してから後々の平和な生活への足がかりにしよう。
そう思って、またあれこれ書き記そうとした時、部屋の扉が控えめにノックされた。
「……」
『……』
まさか、と嫌な予感を抱きつつ明日香とヴィオレッタは互いに顔を見合わせた。
とはいえ、アレクシスもリカルドも、国王もこの部屋には入ってこないようにしっかりお願いしておいた。王妃は国王がおさえてくれているはずだから、もしかしたら他の人か……?とも予想してみたが、誰がここにやってくるのかなんて、分からなかった。
『出る?』
「一応……?」
『ヴィオちゃん、何で疑問形なのさ』
「だ、だってまた元婚約者だったら……!」
『名前で呼んであげる選択肢は』
「え、あると思います?」
『うん、ないね。ヴィオちゃんの気持ちを考えてなかった私がお馬鹿でした』
誰に聞かれるでもなく、こそこそと二人で話した結果、明日香はヴィオレッタ以外に見えないように魔力量を調整して、姿を消すことに。ヴィオレッタは嫌々ながらもノックの主を迎え入れることにした。
「はい……」
扉を開けることなく返答すれば、向こうから何やらどよめきが聞こえてきた。
もうこの時点で嫌な予感しかしなかったが、向こうからは感極まったような涙声が聞こえてきてしまったのだ。
「あぁ、っ、ヴィオレッタ!!」
「……」
答えるんじゃなかった……!とヴィオレッタがとんでもなく激しく後悔した顔をしているが、扉の向こうの声の主はそんなことお構いなしだ。
「ヴィオレッタ、お母様に声を聞かせてちょうだい!!お願いよ、ヴィオレッタ!!」
ヴィオレッタの背後から一応見守っていた明日香は、ドアにぐったりともたれかかっているヴィオレッタを見て、ひょいと近くまで飛んでいく。
『ヴィオちゃん、顔』
「まさか王妃様が来るなんて思わないじゃないですか……!どうやって帰ってもらえば……」
『……』
それ聞く?という顔で明日香がじとりとヴィオレッタに視線をやるが、当の本人はとんでもなくめんどくさそうな顔をしている。
「……まぁ、とりあえず行ってきます」
その言葉とほぼ同時に明日香はヴィオレッタ以外に見えないように姿を消し、様子を窺う。
そろりと開かれたドアから見れば、王妃が感動したようにヴィオレッタを見ている。
「……何の用ですか」
「ヴィオレッタ、そんなに冷たくしなくても……」
どこか媚びた様子の声音で話しかけてくる王妃を見ても、ヴィオレッタは嫌悪しか抱けない。
有用だから大切にする、というのは本当に貴族らしくてまぁ良いのかもしれないが、散々蔑ろにされてきたことを無かったことにしかできないから、今更感しかないどころか、うすら寒い家族ごっこなんてしたくないし気持ち悪い。
「……そうさせているのは、あなた方です。元婚約者もそうですが、王子殿下も含め、何を期待しているのか知りませんが、壊れたものを完璧に元に戻せるというのであれば、是非やってみてください」
「え……」
ほんの少しでも、という可能性にかけてやってきた王妃は、ヴィオレッタのあまりに淡々とした様子に、王妃はたじろいだ。
だが、諦めの悪さはさすがとも言うべきなのだろうか。もう少し話したい、と言わんばかりに部屋に入ってこようとするが、ヴィオレッタは躊躇なく結界をはって入ってこれないようにさっさと対処する。
「きゃあ!」
「王妃様!」
「王女殿下、何ということをなさるのですか!?実のお母上ですよ!?」
「だから?」
呆れたようにメイドの言葉を聞いたヴィオレッタは、また淡々と告げる。
「先に家族を放棄したのは、そちらですのであしからず」
んじゃさようなら、とだけ告げてからドアを容赦なく閉め、内鍵をかけ、ついでに結界もはり、すたすたとクローゼットに向かい、何やら着替えを始めた。
今まで着ていたドレスを脱ぎ、ごそごそと着替えてパンツスタイルへと変化し、明日香の隣に腰を下ろした。
『ありゃ、ヴィオちゃん印象変わるね』
「ドアの外で王妃様がうるさいので、出て行くための買い出しでも行こうかな、って思いまして。あとドレスとか絶対に着ないのを売って路銀を稼ごうかな、と」
『それだったら、見た目も変えてみたら?』
「見た目も?」
うん、と明日香は頷いて少しイメージをして自身の見た目を変えてみる。
ロングヘアだった明日香の髪が短くなっただけだが、印象は結構変わったことが分かった。
「あ、本当ですね」
『ばれないようにした方が良いのかな、って思ってさ』
「賛成です! 髪の長さと色で印象って変わりますか?」
『変わる変わる。こういうのって、前の世界で読んだお話の中で幻で己を覆い隠すみたいな魔法なんだけどね』
「幻影魔法ですか?」
『そういう名前なのね、分かった』
うんうん、と頷いてから、ヴィオレッタの見た目が変えられるように、魔法の手伝いにかかった。
なお、この間、外では王妃がどうにかしてヴィオレッタの部屋に入ろうと頑張っていたのだが、今は明日香の力を借りてそう簡単にはこじ開けられないようになっている。
そんなこととはつゆ知らず、王妃は必死に努力しているのだが、その行動そのものが遠ざけられる原因になっているとは、押しかけてきた本人は分からないのであった。




