いざ行かん!
ばたばたとヴィオレッタの部屋の外が賑やかになっているが、明日香もヴィオレッタも気にしていない。
どうせここの部屋へ入ろうとしているのだろうが、入れないようにしている。
それに、今展開している結界は時限式のものを展開しているから、時間が経てばいつかは入れるような仕組みだ。
もっとも、無理やり破って入ることだって出来る。
だが、この世界の魔法で一つだけ面白い仕組みを、明日香は知ってしまった。
攻撃魔法はまだ使っていないから分からないが、防御魔法や、今展開している結界魔法について。
……結界魔法も防御魔法だが、一旦分類は置いておく。
拒否する気持ちが強ければ強いほど、魔法の威力が跳ね上がる。
なので、今、ヴィオレッタがとてつもなく王妃を拒否しているから、生半可な方法では破られることのない強度に仕上がっているのだ。
「……どたばたと、賑やかですわね」
『必死なんだよ』
「……今更……」
『そう、今更』
ほんの少しだけ、明日香の纏う雰囲気が変化した。
ヴィオレッタはいち早く気付きはしたものの、何がどう違うのか、について言語化するのが難しく、戸惑いの中にいた。
「アスカ、さん?」
戸惑いがちに、ヴィオレッタが明日香の名前を呼んだ。
明日香は、元の世界で友人に縁を切られたことを思い出していた。
ふわ、と空中で漂いながら、どこか遠い目をして、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
『私ね、元の世界では病院にいるんだ』
「あ……」
しまった!とヴィオレッタは顔色を悪くするが、明日香は気にするな、とでも言わんばかりにひらりと手を振った。
『良いの、大丈夫だよヴィオちゃん』
「で、でも……」
『まぁ聞いてよ。私もこういう感じの、経験しててね』
「え……?」
病気だった、とは聞いたが、ヴィオレッタは明日香のことを『友人の多い人なんだろうな』と想像していた。
それは何となく、ではあったものの、明日香の明るく親しみやすい性格や、話しやすい雰囲気などから予測したものだが、人と縁を切るだなんてあまりイメージできなかったのだ。
『……入院して……学校に行けなくなって、でもさ、友達と会える時は体調の良い日に来てもらってたんだけど、それが良くなくてね』
「……」
『陰で、明日香ちゃんは仮病で入院してるんだ!ずるっ子なんだ、ってわいわいしてるの聞いちゃったんだよねー』
「そんな……!」
ヴィオレッタの聞いたことのない単語だが、仮病が良いイメージではない言葉だというくらいは、すぐに理解出来た。
それを言った子は幼かったのでは、とも推測してみたが、幼いからといって何を言っても許される訳ではない。
許されざる言葉のトゲは存在する。
それが、明日香の心にぐさりと刺さったのだ。
『だからさ、私はそんな人にならないようにしよう、って決めたんだ。嫌な言葉って人に放ったとしても返ってきちゃうからね』
あっはっは、と朗らかに笑っている明日香だが、話している内容は決して明るくなどない。
明るくて、人の気持ちを分かってくれる明日香の過去にそんなことがあったなんて、とヴィオレッタはショックを受けてしまう。
泣いてはいけないと、ぐぐっと唇を噛み締めるが明日香はそれもきちんと見ていたのか、困ったような顔で笑っていた。
『ヴィオちゃん、駄目だよ。ほら、これからは解放されるために、楽しいこと……ばっかりではないけど、でもさ、笑って?』
「でも、っ」
『ヴィオちゃんがそんな顔するってことは、私の気持ちを汲んでくれたからなんだよね。……ありがとう、それできっと、前の私は救われたよ』
「……っ」
そう言って、明日香は何でもないような顔で笑うから。
「わかり、ました……!」
半ば無理やりではあったものの、にこ、と笑うヴィオレッタ。
そうだよ、それでいいんだヴィオちゃん。
明日香は心の中で呟いて、うんうん、と頷く。
婚約者のことで散々嫌な思いもしたし、弟の心無い言葉で起きた早々に傷つけられたりもしたヴィオレッタに、うっかり自分の嫌な過去話を聞かせてしまったけれど、いつかは話そうと思っていたことでもある。
『いやぁごめんね、湿っぽい話聞かせちゃって』
「いいえ」
ぐず、と一度だけ鼻をすすったヴィオレッタだったが、明日香が思っていたものとは真逆の反応だった。
「だから、アスカさんは人に優しくできるんですね!」
『……ん?』
「理解力に優れているだけでなく、私に対してとても優しく……そして、慈しむように寄り添ってくれました。そんな明日香さんが優しくないわけ、ないですもん」
恥ずかしいセリフをさらさらと言って、ヴィオレッタはあまり着用しないドレスを何着か、そして明らかにヴィオレッタの好みとズレまくっているアクセサリーの中でも指輪とイヤリングを数点手に取ってごそごそと袋に詰めた。
「よし、まずはこのくらい」
『ドレスってかさ張るよねぇ』
「好みじゃないので、とりあえず視界にも入らないようにするために売り払います!」
『おー』
それ、誰からもらったの……?とは聞けるはずもなかったが、ヴィオレッタの望むがままに飛行魔法が使えるようにと明日香は準備をした。
とはいえ、街まで思いきり飛んで行けば果てしなく目立ってしまう。
一旦は厩舎まで飛んで、そこから一頭馬を拝借し、ヴィオレッタが使っているという抜け道を通ってから街まで行こうという計画だ。
『ヴィオちゃん、その抜け道って馬も通れる?』
「はい! 結構大きい道なんですけど、多分いけます!」
『ダメなら馬浮かせよう』
「その発想はありませんでした」
バルコニーに出て、躊躇することなく手すりに足をかけ、『とうっ!』と小さくかけ声をかけてからヴィオレッタは跳躍した。
『ほい、魔法展開!』
「わぁっ……!」
先ほどは明日香が表に出ていたからこそ、どこか浮遊感も他人事だったが、今は自分がふわりと浮いている。
この浮遊感は、普通の魔法が使えなかったヴィオレッタが決して味わうことが出来なかったもの。
明日香の力を借りているとはいえ、とても楽しい。
「すごい……! すごいですアスカさん!! 私浮いてますよ!!」
『結界修復終わったらヴィオちゃんもこうなれるんだからね! イメージ、しっかり持っといてー!』
「はい!」
嫌悪感しか抱いていなかった魔法が、とても楽しい。
今は明日香の力を借りて行っているが、結界修復が終わりさえすれば純血王家の力もなくなることで、『普通の』魔法が問題なく使えるようになると、先ほど調べ物をした中にあった。
後々追加で書き記そう、と明日香と話していたあの本の中に、小さな文字で、短文で書かれていたがきっと誰にも読まれることは無かったもの。
「(大丈夫、私は孤独じゃない。……私とアスカさんは、この旅が終わることで、始まるんだ!)」
厩舎が見えたところで、高度を調節し、ふわりとゆっくり着地をする。
『ヴィオちゃん、馬どこ?』
「厩舎内にいますよ。奥にいる、ちょーっと気性の荒い子なんですけど」
『……ん?』
嫌な予感はしながらも、ヴィオレッタは見張りの目をすり抜け、するりと厩舎に入った。
馬連れていくの、眠りの魔法でも見張りにかけるか……と明日香が思っていると不意に暗闇から荒い鼻息を感じた。
『……わぁ』
ぶるる、と言いながら首を振った馬の凶悪な面持ちに明日香はひくりと頬をひきつらせるが、ヴィオレッタは慣れたように馬の首にぎゅうっと抱き着いた。
「おひさしぶりね、キャロット!!」
『名前が安直!!』
「……てへ」
バレた、と誤魔化し笑いをするヴィオレッタに思わず突っ込んだ明日香だったが、出会って何日も経過しているわけではないのに、ここまで親しくなれるなんて、と二人で笑いあった。
次回、街へGO!です




