72 猛将復活
侯成があっけなく敗れ、慌てて羊耳が配下を前面に押し出す。しかし顔琉に連戦連敗の彼らは一様に及び腰だ。すると顔琉、進路を大きく変え、羊耳の眼前を横切った。
「見ろ。奴め。突っ込むと見せかけて逃げ出しおったぞ。ええい、貴様ら、何をしておる。さっさと奴を追え。相手は爺い一人だぞ」
そう言って羊耳は側を守らせていた配下を次々繰り出す。羊耳の周りが手薄になったそのときだった。突如、羊耳の側面に額彦命が現れ剣を一閃。羊耳は辛うじて防いだものの、あっけなく馬から転がり落ちた。
「おのれ。夷めが。不意打ちとは卑怯なり」
身勝手な羊耳の目の前に額彦命の剣が突きつけられ、情けない悲鳴を上げて羊耳が後ずさる。配下の動きも止まった。
「顔琉さん、こいつ、どうするね」
「待ってくれ。儂は李典に命令されて仕方なくここに伏せていたんだ。決してお前達を追ってた訳じゃない。これは不幸な偶然なんだ。見逃してくれ。儂に恩を売っておくと、後々きっと役に立つぞ。どうだ。悪い話ではあるまい」
あまりにも都合のいい言い訳に皆が呆れ返った。顔琉は馬を止め、
「ふう、なにも殺すこともあるまい。手下もやる気が失せておるようだし、第一、こんな面白い男、殺すのは勿体ない」
顔琉はそう言うと、審判達が安全な所まで距離をとったのを確認した。
額彦命は無言でその場を離れた。羊耳の手下は次々と道を開け、二人は悠々と審判達の後を追った。
「馬鹿、馬鹿。儂の言葉を額面通りに受け止めて、本当に逃がす奴があるか。ええい、奴らを追うぞ。今から追えばすぐに追いつく筈だ」
羊耳に無茶振りされ、配下達は困惑を隠せない。すると一人の配下が羊耳に声をかけた。
「あのう、侯成殿の様子がおかしいのですが」
「何を言っておる。元々おかしかったではないか。儂が睨んでいたとおり、使えぬ奴であった。あんなポンコツ、もういらぬわ」
するといきなり後ろから胸ぐらを掴まれ、持ち上げられると同時に侯成の顔面が目の前に突きつけられた。再び情けない悲鳴を上げる羊耳に構わず、先刻とは明らかに様子の違う侯成が凄んだ。
「ふうう。思い出したぞ。この感覚。やはり俺は戦ではなく、武に生きる者だったのだ。あの年寄り、まるで呂将軍がそのまま齢を重ねられたかのようだ。あの年寄りを追うぞ。我が生涯の宿敵、ついに見つけたり」
「だからさっきから追うと言っておるではないか。離してくれ、く、苦しい」
手を離され、羊耳が地面に落ちた時には、既に顔琉達の姿は地平の彼方に消えていた。




