90話 新たな王
説明回です。
秋の訪れる頃には中央での争いは決着が着いたようだ。
俺は新王派に見切りをつけ逃れてきたジャンやアンドレら東北部の連合軍をバシュラール城で迎え入れた。
ジャン、アンドレに加えてドレーヌ子爵、アルボー男爵、ベニュロ男爵で構成された1400人ほどの混成軍だ。
元々は2200人ほどの規模であったと言うから、かなりの被害があったと言える。
だが、敗北した軍を維持してここまでたどり着くのは並みの統率力ではない。
「いやー、負けたぜ」
「申し訳ありません、バリアン様……」
ジャンはあっけらかんと敗北を口にし、アンドレは対照的に今にも首を吊りそうなほど憔悴しきっている。
「バリアン殿の助言通り、纏まった兵力として行動した我らは新王派の中でも重く扱われましたよ……まあ、勝敗に関しては時の運だ」
「うむ、単純に味方が少なかった。リオンクール卿がバシュラール子爵を撃破したのにも関わらずな」
アルボー男爵が武人らしく勝敗は兵家の常だと口にし、ベニュロ男爵は俺に嫌みを言った。
ベニュロ男爵は毒舌家である。
だが、確かに言われても仕方があるまい。
俺が中央の戦いに参加できなかったのは事実なのだから。
「申し訳ありません。これは我が身の不明から出たことです」
俺は素直に頭を下げた。
今回参戦できなかったことは間違いなく俺のせいである。
「いや、これは仕方あるまいよ……だが、バリアン殿が居れば戦局は違っただろうな」
「その通り、バシュラール子爵を撃破した手並みは噂されていましたよ」
ドレーヌ子爵とアルボー男爵が冗談めかせて慰めてくれた。
ベニュロ男爵はしれっとソッポを向いている。
「して、今の状況と……父、リオンクール伯爵は」
「それだがね……リオンクール伯爵は、正直に言えば分からん」
俺の言葉にドレーヌ子爵が答えてくれた。
ドレーヌ子爵は今では東北部のリーダー的な存在である。
40代半ばほどの働き盛り、貫禄も十分だ。
「伯爵は大いに働かれていたよ。軍事に疎い王陛下の帷幄に有って輝いていたな……だが、残念ながら伯爵の意見は陛下が採用されなかった。私は面白いと思ったがね」
聞けばルドルフの献策とは騎兵を用いた機動防御とでも言うべき作戦であった。
王弟派の集結前に騎兵をもって各個撃破を狙う……ハマればデカイが、敵の位置を把握する難しさと主力騎兵が連戦することになる博打のような作戦だ。
……まあ、不採用になっても仕方ないな……だが、父上なら成功しそうではある……
俺はルドルフらしいと苦笑いをした。
騎兵を率いて名を馳せたリオンクールの鷹は未だ健在であったようだ。
「だけど俺たちは会戦で不利になったら、さっさと逃げたからな。そっからは知らねえんだよ」
ジャンはあっけらかんと話すが、機を見て戦線を離脱するのは容易なことでは無い。
部隊を減らしながらも維持して離脱した彼らの判断と統率力は並々ならぬものがある。
「そう、逃げ出してからはここに一目散さ。バリアン殿がバシュラールを押さえていなければ辛いところだった」
アルボー男爵が苦笑する。
その表情から、この撤退が容易ではなかった事が読み取れた。
「先ずはこの城でお休み下さい。また諸侯の動きも教えていただけると……」
これ以後はリオンクールに向かい、花嫁街道を使えば敵に襲われることは無い。
彼ら東北部連合軍は安全地帯に達したと言えるだろう。
連合軍は2日ほど休息をとり、その間に俺は中央の情勢を彼らから学んだ。
ニュースを知ろうと思えば実際に見た人から聞くより他はない……ラジオも新聞も無いのだ。
「カステラ公爵やダルモン伯爵が王軍を支えていたな……やはり南部は王弟派一色だ」
「フーリエ侯爵は、正直分かりませんね……あそこも少し変わってるから」
ドレーヌ子爵とアルボー男爵が地図を眺めながら状勢を教えてくれる。
フーリエ侯爵が『変わってる』と言うのは、元々アモロスの王とフーリエの王は同盟者であったのだ。
それが、アモロスの勢力が大きくなり、いつの間にか家臣として扱われるようになった。
フーリエ侯爵領から南にはリオンクール人と同じく『アニエス人』と呼ばれる異民族が住んでおり、歴代のフーリエ侯爵は歴史的な経緯もありアモロス情勢には積極的に関わろうとしない特徴がある。
そこには「家臣ではなく同盟者だ」「俺たちはアニエスの民である」という矜持があるのだろう。
まとめると
『新王派』
カステラ公爵
ダルモン伯爵
ドレルム騎士家
北東部諸侯
その他
※主力部隊1万人
『王弟派』
ヴァーブル侯爵
ベルジェ伯爵
バシュラール子爵
コクトー男爵
メンゲ男爵
南部諸侯
その他
※主力部隊1万2千人
『不参加』
ベネトー公爵
フーリエ侯爵
リオンクール伯爵
ディルス子爵
その他
正直戦前の話であり、今は大きく姿を変えていることだろう……だが、知らないよりは遥かにマシだ。
こうして見ると、数字上は結構いい勝負だ。
自惚れる訳じゃないけど、俺が遠征軍を2千人ほど率いていればひっくり返せたかも知れない。
……まあ『かも』の話だが……
俺はため息をついた。
恐らくは王位は動き、王弟派は文字通り天下を獲る。
次に来るのが粛清なのは火を見るよりも明らかだ。
王座を巡る動乱で火事場泥棒をした俺が粛清リストの上位ランカーなのは間違いない。
バシュラール子爵が俺の動きを報告し、まず間違いなく討伐軍が来る。
……降参すれば許されるか?
先ず無理だ、と考えた方が良い。
楽観的な予想は禁物だ。
最悪のシナリオを考えた方が良い。
最悪のシナリオ……この場合は俺の首をすげ替えて、王弟派にとって御しやすい新たなリオンクール伯爵が立つ。
家督を継ぐ正統性から見れば恐らくはトリスタンか。
そうなれば領内に粛清の嵐が吹き、俺が残した足跡は善し悪しを考えずに全て破壊される。
当然、家族や小飼の家来は皆殺しだ。
そして多額の賠償金を義務づけられたリオンクールに待つのは猛烈な飢えだ。
リオンクールは第2のバシュラールとなり、賠償金の支払いのために民は重税に喘ぐ未来が待っている。
弱りきったリオンクールが次に狙われたら誰が守るのか?
周囲に睨みを効かす串刺しバリアンは居らず、経験もないトリスタンが痩せた兵を率いて敵を退け得ると考えるほど能天気にはなれない。
……そんなの、許せるかよ……
降参の道が選べないのならば、残りは1つだけだ。
『俺が謀叛人になる』
これしかない。
討伐軍に勝ちまくり、実力で地位を保つしかない。
勝てば家来も文句は言わないし、俺が手強いと知れば敵も手出しを控えるようになる。
そこまで待って和睦をする。
その頃にはシモンもロベールも一人前になっているはずだ。
そこまで粘れれば、和睦の条件に俺の首をつけても良い。
幸いなことに、新たに得たバシュラールの地がある。
本拠地であるリオンクールを戦場にせず防衛できるのは大きい。
バシュラールを戦場にし、リオンクールを後方基地にする。
ここ10年以上かけてリオンクールの生産力を上げてきたのが活きてくるだろう。
俺は十分に『抵抗は可能』と判断して顔を上げた。
「ドレーヌ子爵……私は王弟には屈しません。謀叛人となります」
俺の言葉に皆が少なからず驚いた。
「それは……バシュラール領を諦めて賠償金を払うくらいの落とし所もあるのではないでしょうか? 少し性急過ぎるのでは?」
アルボー男爵が慌てて俺を嗜める。
しかし、俺は静かに首を振った。
「それをすれば最悪の場合、リオンクールが無くなります。それは許せない」
俺は言葉を一旦切り、言葉に力を込めた。
「私を欠いてはリオンクールは守れません。このバリアンならば守り得る……ドレーヌ子爵もご存じの通り、私は17才の折に野戦で5倍の敵を破ったことがある。その私がリオンクール・バシュラールの兵を併せて5000人を率いることになる」
これは少し盛っているが、まあアピールの場だし誤差の範囲内だ。
「お分かりか、私の首が欲しければ1万や2万の兵では足りません」
俺は気を込めて周囲を睨み、笑う。
これから起こるであろう戦を考えると自然に口許が緩んでしまう。
アルボー男爵は気圧されてゴクリと喉を鳴らした。
「諸卿は私に付き合うことは有りません。互いに自領の安泰を図りましょう」
「ふん、良く言うぜ! 敵に回れば一番に攻撃されるのは俺たちじゃねえか。東北部でどうやって2万の兵を集めんだよ」
俺の言葉を聞いたジャンが鼻で笑う。
これは俺の意図を察してくれたのだ。
俺が言った「互いに自領の安泰を図る」とは「敵になるかもしれないぞ」という恫喝を含んでいるからである。
ジャンも形の上ではバシュロ騎士領の共同統治者として俺から独立しているからには、当然進退の自由はあるのだ。
皆が「全くだ」と苦笑いして頷いた。
「我らは王弟派に下り、消極的に王弟派に協力するのが無難だろう。いざとなればバリアン殿の庇護下に入るのも良い」
「のらりくらりと時間稼ぎをしてやろう。我らが矢面に立ってリオンクール王と戦うなど御免被る。命がいくつ有っても足りんよ」
ドレーヌ子爵とベニュロ男爵が強かな現実路線を口にする。
一見すると風見鶏のような卑怯な振る舞いにも思えるが、地方領主としては自家を守るのは当たり前の行動である。
積極的に敵対しないというのは有難い。
しかし、聞き逃せない言葉に俺はピクリと反応した。
「リオンクール王とは?」
「ははっ、上に誰も頂かぬ謀叛人がなにも遠慮する事は無い、リオンクール王バリアン1世を名乗れば良い」
ベニュロ男爵が嫌味たらしく口にすると、皆が笑った。
ここに謀叛への悲壮さは無い。
……ここに至ればやってやる……リオンクール王、上等だ!
俺は皆に合わせて大笑した。
「あっはっは!! それは良い! しかし、勝ってからです! 勝利と共に王を名乗る!! これ以上の痛快事がありましょうか!」
それは決意の笑いであった。
この年の11月、新王派は全面降伏し、新王アンリ2世は廃位、幽閉された。
在位は僅かに1年半。後に彼は『無策王』と呼ばれることとなる。
同時に王弟こと、マティアス・ド・アモロスが13代アモロス国王マティアス1世として即位する。
後に「大胆王」と呼ばれた人物である。
しかし、各地の旧新王派諸侯はこれを僭称として認めず、動乱は静まる気配を見せなかった。
実際の公爵領とかだともっとデカいイメージもありますが、その辺は概念図、ということでお願いします。





