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89話 悪い流れ

 一旦、領都に帰った俺を待ち構えるのは書類の束であった。


 留守の内政官は当然いるが、良く分からないような判断に困る案件は俺が裁可をする必要がある。


「……えーと、なになに……浮浪者が貧民窟を形成……」


 どうやら領都が住み心地が良いと浮浪者が増えてきたらしい。

 それはそれで有り難い話だが、放置しておくと犯罪や疫病の温床になるのは明白だ。


「平民以下は捕まえて鉱山送りにしろ。平民ならベイスンで小作でもさせろ」

「はい、承知しました」


 若い役人が俺の決済した書類を運ぶ。


 清潔で暮らしやすい都市は誘蛾灯のように浮浪者を集めてしまう。


 しかし、税金も払わない奴らを養う必要はこれっぽっちも無い。


 ならば、集まった者を有効に使えば良いのだ。

 人間はそれだけで価値のある資源なのだから……


 働かざる者食うべからず、しっかり働いて労働の喜びを実感してもらおう。


「はい次」


 俺は次の書類を手に取った。


 中には何故これを俺に陳情したのかと聞きたくなるような変な案件も多い。


 次は教会からの陳情だ。

 リオンクールの領民が不徳を働いたので、宗教裁判にかけたいと言う内容である。

 容疑者が平民だったために領主の俺の顔を立て、こちらに確認をしてきたようだ。


「えーと、なになに、ヤギを妻にした男が……何だこりゃ?」


 教会が厳しく戒める獣姦は犯罪である。

 衛生上の問題もあるので宗教裁判にかけて貰った方が良いだろう。


 一応アモロスにも裁判があり、犯罪者は民会や貴族……この場合は聖職者の前で自らの潔白を証明をしなければならない。

 滅茶苦茶雑ではあるが、責任者の俺と証人の同胞団が立ち会えば裁判の体になるので、俺が鞭打ちをするのは一応裁判形式だったりする。


 ……変態の扱いを領主に聞くかね……? まあいいけどさ……


「はい、これは良しと」


 俺は適当に決済を進めた。


 次は騎士同士の決闘の申請である。


「70年前の借金を今さら取り立てられて双方ともに退かず……勝手にやれ、次」


 リオンクール領内は色々あるらしい。



 俺はみっちりとデスクワークをこなし、数時間後に解放された。



「やれやれ、やっと片付いたか」


 俺はぐっと腰を伸ばして呟いた。


 庭を見るとシモンが学友たちと共にエンゾに稽古をつけて貰っている。


 ……む、上手いな……


 俺はシモンの槍さばきに感心した。


 11才になったシモンは体格にも優れており、すでに大人と変わらない身長だ。

 十分に大人の体と言ってもよい。


 ……そう言えば、シモンに「手解てほどき」をする話があったな……母上に相談しよう……


 俺は母の姿を探し、屋敷をうろついた。




………………




「それは済ませました」


 シモンの「手解き」についてリュシエンヌに相談すると、彼女は事も無げに答える。


 リュシエンヌは軽くため息をつき「何を今さら」と言わんばかりの態度で俺を戸惑わせた。


「え、あの……俺はシモンに好みとかお願いされていて……」


 俺がしどろもどろになりながら尋ねるが、リュシエンヌは「問題ありません」と、とりつく島もない。


「その、お相手は……」

「バリアン、それを聞いてどうするのですか? ご婦人の名誉に関わるのですよ」


 リュシエンヌは軽く怒気を見せて俺を(たしな)めた。


「いいことバリアン、奥向きの話は私に任せなさい。シモンの手解きは済ませました……この話を蒸し返すことは許しませんよ」


 リュシエンヌにピシリと言い切られ、俺は何も言えなくなりスゴスゴと引き下がる。


 ……うーむ、母上の言い分はもっともだ……だが、シモンの好みで、身近にいて……


 何か凄い盛り上がってきた。


 俺は庭で子供をあやしながらスミナとお茶していたキアラに抱きつき、無理矢理寝室に連れ込んだ。


 いや、さすがにキアラが「手解き」の相手では無いとは思うのだが、俺の中でそう言う「設定」なのだ。



 そう、日々の営みにはイメージが大切なのだ……それが有るだけで人生は潤いを増すのである。



 終わった後にスミナともそう言う「設定」で遊んだ。

 良く分かってなかったキアラとは違い、スミナはさすがに年の功で合わせてくれて……何か凄い燃えた。


 3人の子を産み、30代に差し掛かったスミナは肉置ししおきは良くなり、みっしりと肥えた……これはこれでポチャポチャしてアリなのだ。


 ……もともとボインだからな、肉が付きやすいのだろう……


 俺は嫌がるスミナの下腹を掴み、妙に癒された。


 リオンクール人女性はある程度の年齢で立派に体型になる者が多い。スミナもその1人なのだろう。


 ちなみにベルは非常にノリが悪いので他の工夫を……ロケーションとか道具とか……

 

 やっぱりレスリングは若さだけじゃない。互いに高めあうマッチアップの妙こそが重要である。





 そう言えば道具で思い出したけど、数年前に北東部で仕入れたモールスの牙は装飾品などに加工されたのだが、一部はアンセルムの手によってジョークグッズとして完成した。

 江戸時代には象牙のソレも有ったそうだし、まぁ、分かる気もする。

 ちなみに物凄い高値で取引されているそうだ……やはり、いつの時代、どの地域でも「その手」の需要はあるらしい。


 俺? 俺はまだ必要じゃないな。一本持ってるけど。




………………




 バシュラールの統治は意外と順調に進んだ。

 これは俺の治世により税金が下がったからである。


 先代のバシュラール子爵は大きな借金があり(33話参照)、かなりの重税が課されていたためである。

 さすがに、一時の8割近い税率よりはマシになったとはいえ、今でも6割を超え7割近い税率だったのだ。


 この借金、支配者が俺に変わりチャラになった。

 税率が凡そ4割までググッと下がったのだ。


 これは人気取りのために安く設定したと言う事情もある。



 当然、庶民は喜んだ。



 しかし、旧支配者層はそうはいかない。


 俺に抵抗した者は代々の土地や既得権を奪われ抵抗組織(レジスタンス)化することとなったのだ。



 つまり、俺が来て得をした者は俺の支持者となり、損をした者は敵となった。


 実に分かりやすい構図だ。



 しかし、分かりやすいことが統治の容易さには繋がらない。

 抵抗勢力は多く、民心が安定するまでは時間が掛かりそうである。


 反乱と呼ぶまでもない規模で混乱が起き、巡回の兵を狙う暴徒や、隊商を狙った5人程度の盗賊が頻出した。


 俺もバシュラールとリオンクールを往き来し、現場の引き締めを行ったが効果は薄い。


 当たり前だ。別に現場がサボってるから住民が反抗的な訳ではないのだ。

 こればかりは住民が新しい支配に馴れるまで長い時間が掛かるだろう。


 それこそ、民衆がバシュラールの記憶を忘れるまで……1~2世代をかけて継続する反抗になるかもしれない。


 こればかりは近道は無いと思う。


 ポンセロやジョゼも無体や悪政を敷いている訳ではないが、外から来た支配者として警戒はされているのだ。


「2人とも良くやってくれている」

「……は」


 俺が2人を労うと、どうも反応が悪い。


「どうした? 何か気がかりでも有るのか?」


 俺の言葉に「あくまでも未確認なのですが」と重々しくジョゼが続く。

 非常に悪いニュースの様だ。


 山に囲まれたリオンクールより、バシュラールの方が情報伝達が早いのは言うまでもない。


「バリアン様、中央で王弟派が勝利したとの報告がありました」

「む、それは……どの程度の勝利か?」


 勝利と言っても局地戦や、地方の砦を奪っただけかも知れないし、敵の大将を捕虜にするような決定的な勝利かも知れない。

 特に今回のような勢力争いは僅かな勝利を針小棒大に喧伝することも多いのだ。


「は、互いの軍を率いた会戦で王弟派が大勝利を納めたと……」

「……しかし、まだ夏だぞ」


 そう、今年の頭から始まった反乱騒ぎだが、これは国を割るような大乱であった。

 まだ軍勢も集結して間もなく、まだまだ決着に時間が掛かるのではと考えていたのだが……


「どうやら、新王陛下のもとには思いの外、兵が集まらなかった様です。特に新王派の主力と目されていたベネトー公爵やディルス子爵が不戦に回ったようです……何か密約が有ったのかも知れません」


 ベネトー公爵は北西の有力者、ディルス子爵は王都に近い土地を持つ諸侯だ。

 彼らもリオンクールと同様にヴァーブル侯爵になにやら工作されていたのかも知れない。


「中央で決着がつけば、こちらに矛先が向くのも時間の問題か……バシュラールの防衛体制を見直す必要があるだろう。西の拠点を要塞化して欲しい」

「は、それにつきましては報告があります」


 ポンセロが地図を広げ何やら説明を始めた。

 すでに着手していたらしい……ポンセロ、できる男だ。


「しかし、新王派は厳しいな……ジャンや父上は無事だろうか」

「こちらに逃れてきた場合の受け入れはお任せください」


 俺が思わず呟くと、生真面目なジョゼが頼もしげに受け入れを請け負ってくれた。


 ……もう負けることが前提だな……


 俺は既に王弟派の勝利を疑わないジョゼに苦笑した。

 だが、悪い事態に備えると言うジョゼの言葉は正しい。


 専制君主には最悪に備えるネガティブな思考が必要なのだ。


「そうか、頼んだぞ」


 俺は改めて2人の頼れる家臣に統治を任せた。




………………




 ただでさえ兵の集まらなかった新王が会戦の敗北を挽回するのは並の事ではない。


 形勢が不利になれば櫛の歯がこぼれるように1人、また1人と味方も減るだろう。

 勢力争いとはそんなモノだ。


新王派で最後まで頑張るより、適当な所で王弟派に鞍替えして自らを守るのが利口と言うものである。

最後まで戦い抜くような義理はない。



 中央での争乱は、俺にとって都合が悪い方向に流れ始めたようだ。


 だが、俺に出来ることは少ない。


 ……父上、ジャン……意地を張らずに適当な所で逃げてくれよ……



 俺は父や親友の身を案じ、珍しく神に祈った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 筆下ろしの真実が気になるところだが、確かにこれは興奮するね
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