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88話 まだ見ぬ敵

 獲物を逃がした怒りの治まらぬ俺は主のいないバシュラール城に入城した。



 バシュラール城にはバシュラール子爵領の家臣たちが並んで俺を出迎えた。

 彼らは逃亡したバシュラール子爵を見限り、俺に降参する者たちである。


 これは事前に打ち合わせがあり、バシュラール城で「俺を受け入れる」と言うセレモニーでしかない。

 いわば茶番ではあるが、こういうセレモニーが大切なのも事実なのだ。


 郡臣の中をリオンクール軍は堂々と入城し、広場で整列した。


 すると、バシュラールの騎士であろう体の大きな初老の騎士が前に進み出て俺に(ひざまづ)く。


「我らは新たなバシュラールの主としてバリアン・ド・リオンクール様を受け入れます」


 すると騎士の後ろに控える男たちもザッと一斉に跪いた。

 なかなかの壮観である。


「うん、名を聞こう」

「は、ニコラ・ド・ベリと申します」


 俺は「ん?」と引っ掛かった。

 ベリとは聞いた名だ。


「トゥーサン・ド・ベリは卿の縁者か?」

「は、愚息であります……先だっては閣下に討たれたと聞き及んでおります」


 俺はにこやかに「生きているぞ」と伝えると、ニコラは思わず、と言った風情で顔を上げた。


「息があったので捕虜とした。卿の子息ならば解放しよう。親子が並んでは姓では紛らわしいな……ベリ卿は今後、名を呼ぶことにしよう。ロロ、剣を貸してくれ」


 ニコラが表情を緩めた「親子が並ぶ」とは息子トゥーサンも問題なく俺に仕えることができるという言質に等しい。


 ロロが「は」と短く答え、佩剣を手渡してくれた。

 俺は腰にメイスを着けているので長剣は持っていないのだ。


「古い誓いを捨て、俺に仕えろ。以前の権利は全て安堵する」


 俺は宣言し、剣の腹でパンッとニコラの肩を打った。


 ニコラは「ありがたき幸せ」と短く答えた。


 これは略式のコレーだ。


「諸君らも同様である! この場で俺に従う者には同様の権利を与える! 忠誠を誓うものは前へ進み出よ!!」


 俺がこの場にいるバシュラール子爵の家臣……いや、バシュラール子爵の元家臣たちに呼び掛けると、彼らは順に並び、ベリと同様に俺の剣を受けた。


 少し面倒だが大事なことである。


「バシュラールの旧臣でこの場におらぬ者はどれ程になるんだ?」

「は……6割ないし7割、ほどかと。特にバシュラール子爵……旧バシュラール子爵に強い忠誠を誓う者40人ほどが逐電いたしました。残りは領地で立て籠るか様子見でしょう」


 ニコラが言いずらそうに口にした。

 確かに半数以上がこの場にいないというのは報告し辛い事だろう。


 ……6~7割、ね……


 ニコラの言葉を聞き、俺は「そうか」と頷いた。


 ちなみに城主でこの場にいるのは、ニコラと初めに落とした支城の主のみだ。

 支城の主にも捕虜は返還し、城の領有も認めたのは言うまでも無い。


「ポンセロ、ロジェ、モーリス、それぞれ兵を500人預ける。この場に居らぬ者の領地を確認して叩き潰せ。形ばかりでも交戦したら許すな……ニコラ、案内の者を見繕え」


 俺の命を受け、3人とニコラは「ははっ」と応えてそれぞれ散っていく。


「ピエールくん、ジョゼ、デコスはバシュラールの統治に必要な資料を整理しろ。協力者は適当に見繕え」


 3人は「はい」「お任せあれ」「承知しました」と個性を出した返事をした。

 彼らもすぐに動き出す。


「そして、残りの兵はバシュラール城の警備のみを残して解散とする……ジロー、頼めるか?」

「合点で」


 ジローは頼もしく胸を叩いた。


「ジロー、その……残念だった。息子さん……」


 俺がポツリと声をかけると、ジローは複雑な顔を見せて「まあね」と答えた。


「残念、残念ですがね、ジロー家は戦人の家だ。そこは覚悟の上で……それより、俺にはあと娘しか居ないのが気掛かりでさ、あんなのに婿が来てくれるのかと」


 ジローは不自然に「えへへ」と笑って誤魔化した。

 彼には息子は1人しか居なかった。

 その息子を失ったのだ……口で言うほど軽い問題では無い。


 逆に、気に病む俺を気遣ってくれているのだろう。


「そうか……ジローと、娘さんさえ良ければ俺の弟を貰ってくれるか? もちろん断ってくれてもいい」

「いや、若様、それはいけねえよ。ウチは平民でさ、殿様の息子さんを貰うような家じゃねえってもんで」


 俺の提案にジローがわたわたと狼狽(うろた)えた。


 ルドルフの量産型庶子の中で、ジローの娘と年の合うのを見繕って婿にやるのは悪くないアイデアに思える。


 ちなみに、今ごろ俺の弟たちは将来の戦力と成るべくアルベール流にスパルタ教育が施されている筈である。

 潰れてなければジローの娘にも恥ずかしくない程度にはなるだろう。


「まあ、ジローが嫌なら仕方ないんだけど、身分が気になるならジローを騎士にする。バシュラール内の小領主で俺に逆らうやつは財産を没収するつもりだ……空いた土地に入らないか?」

「いや、弟さんが嫌とかではないんでさ。だけど騎士になるのは勘弁で。ジロー家はリオンクールのジロー家なんでさ……広い土地に植え替えた木が育つとは限らねえ。木も家も根を張れば動かすもんじゃねえんだ」


 ジローは典型的なリオンクール人である。

 頑固で、実りの悪い土地にへばりつくように生きてきた。


 もっと楽で良い目を見せてやりたいが、本人が希望しなければ無理強いは出来ない。


 俺はため息をついた。


「ジローは俺に尽くしてくれるのに、何の見返りも渡せない……息子さんの事もある。俺を恨んでいるだろう?」


 ジローは困ったような顔を見せた後、俺の背中をぽんぽんと叩いた。


「忘れたんですかい? 俺たちは友達でさ。友達を助けて見返りはいらねえ……ロロもそうだろ?」


 ジローが側のロロに声をかける。

 すると、ロロが我が意を得たりと大きく頷いた。


「そうなんです。バリアン様は俺にも土地を押しつけようとして困ってますよ」

「やっぱりか」


 2人は大きく笑った。


 俺だって人の親だ。

 子が死んだ悲しみも知っている。


 この言葉を聞いただけで『そうか、ジローは何とも思ってないんだ』と考えられるほど若くはない。


 側で見ればジローの髪にも大分(だいぶ)と髪に白いものが混ざっていた。

 心労からか、彼は一気に老け込んだようにも見える。


 思えば、ジローの父ヤニックも俺に従い死んだのだ。


 ジロー家にとって、俺と関わったのは不幸だったのかも知れない。


 ……これじゃ、デコスが言いたくなる気持ちも分かるな……まるで俺が死を呼んでるみたいだ……


 考えれば考えるほどに気分が落ち込んでくる。


「ジロー、すまん」


 俺はポツリと呟いた。



『一将功成りて万骨枯る』


 

 一人の立身出世の陰には、無名のままで死んでいく多くの者たちがいる。

 その者たちを、ヤニックやジローの息子たちを忘れてはならない。



 俺はまた、一つ学んだ。




………………




 俺はしばらくバシュラール城に留まり、領域の平定に注力した。


 幸いなことに、三手に別れた平定軍は瞬く間に攻略を進め、俺への反抗勢力は連携をとる間もなく各個撃破されていく。


 降るものには寛容に、抵抗するものは苛烈に対処をし、二月(ふたつき)ほど後には平定作戦は完了した。


 だが、これは抵抗勢力を根絶やしにしたのでは無い。

 土地勘のある彼らはアモロスの深い森に逃げ、俺への根強い反抗を続けることになる。


 正に、リオンクールへの抵抗組織(レジスタンス)としてロビンフッドよろしく陰に潜み、地を這うように戦うのだ。


 むしろ、拠点に縛られないから鎮圧し難い状況に陥ったとも言える。



「バリアン様、領域の平定はほぼ完了しました、ですが1部は未だに潜み、機を伺っているようです」


 ポンセロの言葉に頷き、俺は地図を眺める。


「先ずは上々だ。ポンセロ、ロジェ、モーリス、望みが有れば言え。褒美を与える」


 俺が促すと、ポンセロが「宜しいでしょうか」と顔を上げた。


 これは珍しい。


 独身のポンセロは今まで「継がせる者もいないので」と褒美も欲しがらずに働き続けるワーカホリックであった。

 自宅も持っておらず、兵舎で寝泊まりし、給与の大半は部下にばら蒔いてお仕舞いという徹底ぶりだ。


 そんな彼が望んだ褒美とは意外なものであった。


「その、バリアン様が南の城で妾としたご婦人、サンドラ殿を頂戴したい」


 俺はこの意外な言葉に驚いた。


 サンドラとは先日、無理矢理ものにした南の城主の夫人のことだ。

 30才そこそこで見目が麗しい訳でもないが、俺は何となく抱き心地が気に入り、連れ回していた。

 出産を経験した年増は、それはそれで悪くないものである。


 彼女も俺に抱かれる対価として子供たちの身の安全と領地の安堵を求めてきたので、俺はサンドラの長男への領地の継承を保証し、彼女を意のままにしていたのだ。


「む、それは構わんが……ポンセロはサンドラと接点があったか?」

「いえ、先日少しだけ……」


 ポンセロは顎をポリポリと掻いた。

 顔面に大きな刀痕があり、迫力のある面構えのポンセロが照れると、不気味さが増して少し怖い。


 ……少しだけ惜しいが、まあサンドラも俺に惚れてる訳で無し、ポンセロが欲しいと言うのなら構わないが……


 しかし、この強面と薄幸の騎士夫人の間にどのような交流が有ったのか……気にはなるが、それを尋ねるのも無粋と言うものだろう。


「ポンセロ、知ってるとは思うが俺はサンドラを何度も抱いている。腹に子がいるかも知れんぞ」

「はい、構いません。私には実子もおりませんし、その場合は我が子といたします」


 これも特に問題なしか。


「良し、ならばポンセロには南の城の領地も任せる。サンドラの息子が継ぐ予定の土地だ。サンドラと一緒になって領地を管理しろ」

「ありがたき幸せ」


 ポンセロは1歩下がって跪いた。

 彼に実子ができたら追加で実子の分も領地も与えよう。


 これ以後、ポンセロはセザール・ド・ポンセロと名乗り、バシュラール経営の一翼を担う存在となる。


 サンドラも「ポンセロから特に求められて」と言った事情に満更でもなかったようで、問題なくポンセロとの関係をスタートさせたようだ。

 彼女はすぐに新しい生活に馴染み、バシュラール子爵と逃げた夫の事など忘れたかの様だ……なんとも逞しい話ではある。

 

 戦乱の時代、女性というのはか弱い存在ではあるが、女もそれぞれの武器で逞しく生き抜いているのだ。



 ロジェには領地の加増したが、モーリスは飛び地となる領地の加増は望まなかった。

 確かに飛び地は管理が大変であり、加増を望まないと言うのも1つの考え方ではある。


 そこでモーリスにはバシュラール子爵に置き去りにされた縁者の女と財貨を与えることにした。


 これはバシュラール子爵の縁者をリオンクールで人質とする意味もある。

 まあ、置き去りにされた時点で人質としての価値はお察しではあるが……モーリスは子爵の姪とやらを気に入り2人も連れていった。


 お堅いモーリスは意外とお盛んのようだ。



 負傷していたトゥーサン・ド・ベリも復帰し、親父であるニコラ・ド・ベリと共に俺に仕える事になった。


 聞けばニコラの長男は俺の初陣の戦いで戦死していたようだ。

 俺が殺したかどうかは分からないが、トゥーサンの「兄の仇」と言う言葉にも根拠は有ったのである。


 ちなみにベリ親子は共に巨漢であり、長男も大男だった可能性は高いが……ちょっと記憶に無い。

 分からないものは分からないので、俺は考えるのを止めた。



 そして、俺はベリ親子に今回のバシュラール軍撤退の指揮をとった者の詳細を尋ねた。


 今後、バシュラール軍で警戒すべきは数々の嫌がらせを重ねてきた作戦参謀の存在であるのは間違いない。


「それはバシュラール子爵の兄、ボードワン殿でしょう」

「兄だと? 病弱で廃嫡された次男か?」


 ニコラは「そうです」と頷いた。


「我々もボードワン殿があれほどの知恵者だとは知りませんでした。閣下が彼の予言通りに南へ向かったのには驚きました」

「ええ、出陣前に案山子(かかし)を作り始めた時は物笑いにしたものですが……」


 ニコラの言葉に息子のトゥーサンも加わった。


 ……なるほど、今回の危機で頭角をあらわしたのか……まるで(せい)田単(でんたん)だな……


 田単とは中国の戦国時代、斉の国が滅亡に瀕したときに颯爽と現れて、国を救った英雄だ。

 それまでは全くの無名で、小役人をしていたと言われている。

 中国史上屈指の名将・楽毅(がくき)を退けたことで名高い。


 だが、彼を田単にするわけにはいかない。

 バシュラール子爵家には止めを刺さねばならないのだ。


 ……バリアンを退けた名将だ、などと呼ばせてなるものか……!


 俺は暗い怒りが込み上げてきたのを感じる。


「ニコラ、トゥーサン、バシュラール子爵が接触してきたならば応じるふりをしてボードワンを暗殺しろ。成功すれば加増を約束しよう。しかと命じたぞ」


 俺はベリ親子にボードワン・ド・バシュラールの暗殺を厳命した。


 2人は顔を強ばらせ、俺の言葉を聞いていた。


 彼ら騎士にしてみれば、容易く暗殺を命じる俺に驚いたのだろう。


 若いトゥーサンは何かを言いかけたが、ニコラが制し「承りました」と頭を下げた。


 ……卑怯でも何でも良い。バシュラールを占拠した今、脅威となるものは排除せねばな……



 俺はまだ見ぬボードワンに少なからず脅威を感じていた。




………………




 こうして表面上は平定が成ったバシュラール領だが、反乱の火は燻り、逃げた子爵らが戻ってくることも明白だ。

 下手をすれば中央で勝利した王弟が大軍を付けて送り出すことも考えられる。


 とても油断のできる状況ではない。


 俺はバシュラールに800人の兵を残し、ポンセロをバシュラール城代として、ジョゼを補佐として配置した。


 ポンセロはジョゼとベリ親子と協力して頻発するバシュラールの反乱に対応する事となる。


 兵士をもっと残してやりたいが、常駐となるとあまり数は増やすことが出来ない現実もあり、難しいところだ。


 ……中央の戦いはまだまだ続くだろう、ここで腰を据えて統治をし、安定させれば良い……


 俺はそう考え、一旦兵を連れてリオンクールに帰還した。


 今回の目標はバシュラールの占拠と子爵の近親者を皆殺しにすること……占拠には成功したが、成果は半分……もしくはそれより悪いかもしれない。

 後は中央の争い次第といったところか。



 だが、俺は俺のために死んだ者のために止まるわけにはいかない。



 俺は顔を上げ、近づいてくる領都を眺めた。


 季節は春が終わろうとしている。

 年の明けに始まったアモロスの動乱はまだまだ治まる気配はない。

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